第3話 世話焼きな悪魔
シェリルが目覚めた時、アンドロマリウスは彼女を見つめていた。彼女はその様子から、アンドロマリウスがずっと面倒を見ていた事を悟ったのだろう。
瞬きをしながら急いで口を開こうとした彼女だったが、出てきたのはかすかすとした声にならない音だった。
「まずは水を飲むと良い」
アンドロマリウスはコップを渡した。
シェリルは不思議そうな表情をしていたが、その水を飲み干す。アンドロマリウスが用意した水は、程良い温度で彼女の喉を潤しただろう。ぬるくはないが冷た過ぎもしない、適温を目指して力を使っておいた。
「ありがとう」
「いや。構わん」
あっという間に空になったコップへ、アンドロマリウスが追加の水を注ぐ。テーブルへとピッチャーを置きながら口を開いた。
「丸一日ろくに食べていないだろう。
リンゴを用意しておいたが、食べるか?」
シェリルが頷くのを見て、テーブルに容器しておいた器を手に取る。それを渡すと、彼女の想像とは違ったリンゴの姿だったのだろう。
見上げるようにして、彼女が見つめてきた。
「……とろとろ?」
シェリルの呟きに、アンドロマリウスが首を傾げる。
「すり下ろしてスープ状にしておいた。
食べやすいし水分補給にも丁度良いだろう」
シェリルは添えられたスプーンを手に取り、掬って口へと運び入れた。口の中で、リンゴのさわやかな甘みとレモンの酸味が広がったのか、シェリルが小さな笑みを浮かべた。
アンドロマリウスが体調の悪いシェリルを気遣っているらしい。そう彼女が感じているのは分かっている。だがアンドロマリウスは、彼女の動きにはそれ以上のぎこちなさがあるように思えた。
もしかしたら、この体調不良の原因に心当たりがあるのかもしれない。それで後ろめたさでも感じているのではないか。
ならば、後でゆっくり話でも聞いてやろう。シェリルが口を開く度に減っていくリンゴを見ながら、そう結論づけた。
アンドロマリウスが用意していたリンゴを完食したシェリルが口を開いた。
「あのね、マリウス」
「ああ、風呂か。すぐに入れるようにしてある」
アンドロマリウスは彼女の言いにくそうな表情を見て頷いた。冷や汗をかきながら、一日中寝込んでいたのだ。アンドロマリウスが清めたとは言え、しっかりと湯に入りたいはずだ。
彼女からリンゴの入っていた器とスプーンを受け取りテーブルへと無造作に置いた。
「運んでやろう」
そう言うなりアンドロマリウスは彼女を横抱きにした。突然の事で驚いたのだろう。
力なく抱きついてきたシェリルに、彼は満足する。戸惑うシェリルを余所に、アンドロマリウスはそのまま浴場へと向かっていった。
脱衣室の椅子にシェリルを座らせると、アンドロマリウスはさっさと準備をし始める。シェリルが戸惑っている間に彼女の髪を軽く結い上げ、肩にバスタオルをかける。
バスタオルの下の衣服へと、アンドロマリウスの手が伸びてきた所でシェリルが我に返った。
「マリウス?」
「ああ、自分で脱げるならそうしたら良い」
シェリルは戸惑いながらも従う様子を見せた。それは体調のせいかもしれないし、後ろめたさのせいかもしれない。
ただ、その従順な様子はアンドロマリウスを穏やかな気分にさせた。子供のようで、可愛らしいとすら思えた。
アンドロマリウスを背にし、シェリルはいそいそと服を脱ぎはじめる。全て脱ぎ去ると、肩に掛かっていたタオルで身体を隠した。そうしてから彼女が振り向けば、アンドロマリウスは両手を差し出した。元から抱き上げて運ぶつもりだったからだ。
一瞬だけシェリルは目を見張ったが、そのまま抱き上げられて移動した。丁寧に世話を焼かれるのに、慣れ始めたのかもしれない。シェリルは脱衣室まで移動する時とは打って変わり、力を抜いて体を預けてきた。
小さな変化ではあるが、その一つ一つがアンドロマリウスを楽しませた。
浴室へ入り、あらかじめ用意していた腰掛けへと彼女を座らせる。シェリルはじっとして、次の指示を待っているように見えた。
アンドロマリウスはその様子を不思議に思いながらも、これからの自分の仕事に備える事にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます