第4話 遺志を受け継ぐ
ロネヴェが思う所あるならば、それは一つだけだ。
「……あの女か」
血で赤く染まった悪魔は、へにゃりと表情を崩してアンドロマリウスへ両手を伸ばした。彼の両肩を掴み、力を込める。
「これで、しばらく……あいつに対する、人間の反応は、良くなる……だろ。
シェリルはいい召還術士だ……でも、強がりで、見栄っ張りで……っ放っておけ、ない」
「そもそもお前が原因だろう?
お前が拘らなければ、彼女は狙われず、周りの人間からも疎まれる事はなかった」
とくり、とくり、とアンドロマリウスの手の中にある心臓がロネヴェの命を伝えてくる。その鼓動は、死を目前にしているわりには穏やかだった。
それとは正反対に、アンドロマリウスの両肩を掴む手には骨を砕かんばかりの力が込められていた。
「……親友のお前にしか、頼めない。
シェリルを、頼む」
守る為に死ぬ。それが彼なりの、決断なのだろう。
「その為にわざわざ殺されるような事をしたのか」
「最期の願いなら、聞いてくれるだろ?」
ロネヴェの片目は潰れ、濁っていたが、両目ともしっかりとアンドロマリウスを映していた。
そこに映る黒い悪魔の表情は、これから相手の心臓を握り潰すとは思えない、情けないものだった。
アンドロマリウスは情けない顔をしたまま、ぶっきらぼうに了承するのが精一杯だった。
「いつも面倒ばかりかける奴だ。
仕方がないから、今回もかけられてやる。
あの女は、俺が面倒見てやろう。
……お前の、最期の望みは何だ?」
「……シェリルが、この出来事を……乗り越えて、幸せに、なって……ほしい……っ!」
ロネヴェの激情がアンドロマリウスに流れ込んでくる。
よろけながらも砂をかいて這うようにこちらへ向かっている女への、ロネヴェの熱い情がアンドロマリウスを焼いた。
「俺の……っ、魂の核はお前に……やる、から。
あいつが、幸せに……なる、まで」
「守ればいいのか」
ゆるゆると首を横に振り、ロネヴェは笑顔を見せた。最上級の信頼を寄せた笑顔だった。
ひたすらに、彼女のこれからを心配し、親友が果たせぬ自分の代わりになってくれる事を信じていた。
「支えて、やってほしい」
「分かった」
二人の悪魔は互いの額を合わせ、目を閉じた。そして見つめ合う。
「アンドロマリウス、ロネヴェの願い、しかと引き受ける」
アンドロマリウスが力を込める。びちゃり、と液体が落ちる音がした。アンドロマリウスの両肩を掴む手の力が抜ける。
彼が腕を抜いて少し体を引けば、赤い悪魔はそのまま倒れ込んだ。
砂の上に倒れた彼の瞳に光はなかった。
アンドロマリウスの、血みどろの手の中には、潰れた心臓と宝石のように輝く核があった。もう片方の手でその核だけを取り出す。
「私の、ロネヴェ……っ」
すぐ近くまで来ていたらしい、女の声がアンドロマリウスにも届いた。彼女に見せつけるかのように、その核をゆっくりと口へ運び――飲み込んだ。
もちろんこの核を利用する為ではない。憎まれ役を買って出て、何らかの結びつきをもらう為だ。
最初から好感度は最低だ。ならば、それを利用するしかない。
「……どうせ、人間のお前にはこの核をどうにもできまい。
俺が有効活用してやる」
「……っあぁぁぁぁ……っ!
ゆる、さな……っ」
ロネヴェの核は預かるだけだ。そもそも適応のないアンドロマリウスが利用なんてできる代物ではない。
だが、その言葉は十分シェリルを刺激するには有効だった。彼女の感情に連動するかのように、大気が震えていた。アンドロマリウスにも、ぞわぞわとした不快な感覚が伝わってくる。
砂漠の一歩手前と言っても過言ではないこの土地は、巨大な術を使うにはもってこいの場所だった。
これから大きな術が展開されるのだろう。アンドロマリウスは心の中で、これで良いと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます