第3話 父に抱かれて死ぬ
どうしようもない理由だった。くだらない、とさえアンドロマリウスには感じられた。彼の双眸に、怒りの火が灯る。
「随分と一方的な愛だな!」
「そう!
これは、俺の愛とエゴだ!」
ロネヴェが一気に距離を詰め、アンドロマリウスの背後に回っていた。一瞬だけ反応が遅れ、漆黒の翼から羽が毟られる。
ぶちぶちという音と共に、じんわりとした痛みが彼を襲う。その痛みを歯を食いしばる事でやり過ごしながら、毟られるままに身体を回転させてロネヴェの翼を狙った。
「ちっ」
「そんな理由じゃ、納得できん」
ロネヴェの翼は、意外に脆い。少し爪がかすっただけだったが、大きな抵抗もなく裂けた。
「お前も、アンドレと同じ事言うのな!」
「そんな事知るか」
アンドレアルフスと思考が似てしまうのは仕方がない事だ。アンドロマリウスは彼と共に過ごした時間が長いのだから。
だが、今はそんな事は関係ない。
翼が裂けたせいで、調子が狂うのだろう。ロネヴェの動きが悪くなっていく。アンドロマリウスは不自然に開閉を繰り返す翼を容赦なく狙った。
ロネヴェも避けようとするが、避け切れずに翼は傷つけられていく。
「とにかく俺はここで、死ぬんだ」
「当たり前だ」
狙われ続けた翼がとうとう折れた。これでもう、片翼は使い物にならない。
「俺がこれから殺す予定だからな」
アンドロマリウスの言葉に、ロネヴェが心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。アンドロマリウスが目を見開いている間に、彼は一気に遠くへ下がった。そして、ぶら下がっているだけの翼に手を伸ばして引き千切る。
ぶちぶちと、嫌な音が響いた。
引き千切った翼を投げ捨てた彼は、背後を振り返る。その先には、女がいた。
ロネヴェが隙を作っていたが、アンドロマリウスにはその隙に攻撃する気にはなれなかった。これは、ロネヴェにとって愛した女への最期の挨拶になるかもしれない。そう思ったからだった。
バランスの悪い状態で、長く戦える訳がない。片翼を失うという事は、片腕を失うという事とほぼ同意だ。勝敗は決まったも同然だった。
ロネヴェが改めてアンドロマリウスと向き合った。そしてまた加速をつけながら片翼の悪魔は黒翼の悪魔へと突っ込んでいった。
小手先の攻防が繰り返される。大きな動きを取らないのは、バランスの崩れたロネヴェにとって不利となるからだった。ロネヴェは動きが制限されるような攻防で、その不利を補おうとしていた。
心臓めがけて突き出された右手をロネヴェは防ぎ、その腕を捻り取ろうとした。捻ろうと力を加えた時、半歩ずれたアンドロマリウスが左腕を突き出した。
鋭く尖った爪が、ロネヴェの左目を潰した。ぐちゅ、と濁った音がした。ロネヴェはすぐに彼の腕から手を離して再び距離を取った。咄嗟の動きで、身体がうまくついていかなかったらしく、そのまま仰向けに倒れていった。
転がるように体制を整えると、潰された目を確かめるように左手を押しつける。
顔から手を離した彼は、笑っていた。
「父であり、親友であるアンドロマリウス。
俺はお前に感謝しきれないんだ」
シェリルの叫びが聞こえてきたのと、ほぼ同時だった。
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
ロネヴェの左手がアンドロマリウスのわき腹をかすった。アンドロマリウスが避けた訳ではない。彼は腕を突き出しただけだ。その拳には脈動する物が握れていた。
ロネヴェの心臓だ。
アンドロマリウスがロネヴェの身体を貫通させた腕を抜けば、もたれ掛かるようにして彼が倒れ込んでくる。空いている手を貸すと、彼は地面に膝をついた。
その悪魔と同じ視線の高さになるように、アンドロマリウスは座った。戦闘に巻き込まれないように張られていた結界は解けていた。
そこからシェリルがよろけながらも駆け寄ろうとしているのが見える。それを一瞥すると、アンドロマリウスはロネヴェへと視線を戻した。
「マリウス、最期の我が儘、聞いてくれないか」
アンドロマリウスだけでなく、アンドレアルフスやプロケルも想定していた、ロネヴェの“お願い”だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます