第2話 苛つく悪魔と吹っ切れている悪魔

 久々に会ったロネヴェはあっけらかんとしていた。

 そんな態度にアンドロマリウスが苛つかない訳がなかった。

 アンドロマリウスは魔界からここに来るのに、いくつかの面倒な事をこなしていた。正規ルートというものは、どの世界でも共通して面倒な手続きが必要なものである。

 移動手段としては、召還されるのが一番容易い手段だ。だが、今回アンドロマリウスは部下も連れて行かなければならなかった。団体で召還されるのは不可能だ。そもそも、それほどの力を持つ人間がいない。

 いたとしても、生け贄が大量に必要となるだろう。召還されるのを待ち続ける訳にもいかない。召還術士と何らかの契約も結ばなければならなくなる。

 移動はしやすいが、面倒な事もそれなりにあるのだった。

 そういう理由から、彼はこの世界を運営している存在に処罰しなければならない同胞がいる旨を報告し、処罰の為に入る許可をもらわなければならなかった。

 実際、ロネヴェが同胞を殺してから数ヶ月の時が経っていたのも諸手続が多いせいだった。

 色々な面倒事をこなして、さすがのアンドロマリウスも疲れていない訳はなかったが、許可を得たからにはすぐに行動しなければならない。

 「しなければならない」事ばかりだが、彼は仕方がない事と割り切っていた。これも責任者の運命なのだ。




 ――にも関わらず。

「そろそろお前が来ると思ってたよ!」

 よう、久しぶり。と軽く挨拶をしてきた赤髪の悪魔に、じろりと鋭い視線を送った。久々に会ったロネヴェの態度に、アンドロマリウスが苛立ちを隠せないのも仕方のない事だった。

「人間に執心するのまでは許せるが、同胞殺しはだめだ。

 それは分かっていただろう」

 部下達は遠くに控えている。アンドロマリウスが、ロネヴェを処罰した事を知らしめる為だけに連れてきただけだったからだ。十分な距離がある為、二人は自由に会話もできる。


「シェリルの為なんだ。

 あいつを守る為にはこうするしかなかった。

 例え、お前がこうして尻拭いにやって来ると分かっててもな」

 ロネヴェの愛した人間は、シェリルと言うらしい。シェリルという女は、ロネヴェの結界の中にいた。乱入して巻き込まれるのを防ぐ為だろう。彼女の表情を見たアンドロマリウスは小さく俯いた。

 この状態に納得しているのかと、誰もが疑問を示すだろう表情の彼女を見れば、彼らが相思相愛であろう事は十分に察せる。

 アンドロマリウスは、これからその絆を破壊するのだ。その覚悟はできていた。二人は示し合わせたかのように、攻撃を繰り出した。


 二人が手合わせするのは久しぶりだった。戦い方を教えたのもアンドロマリウスだ。互いに、懐かしい気分にもなりながら、体術のみの応酬を繰り返す。

 この世界を著しく変化させる許可は得ていない。アンドロマリウスは、ロネヴェを一撃で倒せるような大きな術が使えなかった。そして、もう一つ。

 核を確実に回収する為には、本人の了承を得るのが一番だからだ。相手との対話も必要だった。欲を言えば、知りたい事が聞き出せるかもしれないとの思いもあった。


 ロネヴェの腕が繰り出されれば、それを流しながらアンドロマリウスが反撃する。

「マリウス、面倒かけてごめん!」

 声を掛けてきたのは、ロネヴェの方からだった。彼もアンドロマリウスと会話をしたかったようだ。

 だが、あまりにも軽い。

 思い残す事など、一つもないのだろうか。アンドロマリウスがそう思うほど、ロネヴェは普通だった。

「でも、俺は本当にシェリルを愛してるんだ」

「はっ」

 ロネヴェの告白にアンドロマリウスは鼻で笑った。何が、愛してる、だ。アンドロマリウスには理解できなかった。


「愛しているなら、何故一緒にいてやらぬ」


 彼の言葉に、一瞬きょとんとしてからロネヴェは答えた。

「一緒にいるのが不可能だからさ!」

「不可能だという理由は何だ」

 アンドロマリウスはロネヴェの回し蹴りをかわしながら、問いを続ける。体制を整える為に距離を空けると、また返事が返ってくる。

「シェリルは召還術士としてこの街を守り続ける事がアイデンティティだから、それを俺は崩せない」

「何故、それを崩せない」

 アンドロマリウスは、納得のいく答えが知りたかった。この悪魔を殺し、あの女を生かすだけの理由が欲しかった。

 一瞬の内に爪を尖らせて薙いだ。ロネヴェは俊敏に避けようとしたが、アンドロマリウスの爪は彼の胸元を軽く抉った。

「自己犠牲が強い、そんな彼女を愛しているんだ」

 垂れる血を手のひらで腹部に擦り付けながら、赤い悪魔は笑った。


「だからさ、そのアイデンティティを崩したら俺の好みじゃなくなるだろ?」

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