第4章 アンドロマリウスの回想

第1話 ロネヴェを育てた責任と覚悟

 アンドロマリウスは目を閉じ、昔を思う。ロネヴェの事は容易く思い出せる。それだけ大切な存在だった。

 生まれたての、小さな名もない存在だった時からずっと、アンドロマリウスが手をかけて育ててきたのだ。天も魔も関係なく、己の知識を与えた。

 純粋な悪魔として発生した存にも関わらず、悪魔としては少し変わった価値観に育ったのはアンドロマリウスのせいだった。

 変わった価値観故かは分からないが、ロネヴェの核に選ばれた。あの悪魔がロネヴェの核に選ばれた時、素直には喜べなかった。


 ロネヴェから向こう側に好きな人間が居ると言われた瞬間、アンドロマリウスは己のしなければいけない事を悟った。明日かもしれないし、何十年も後かもしれない。それでも行き着く先は一つだという事を知っていた。

 ロネヴェという核を持つ存在は、いつも短命だった。今回は違うと思いたかった。アンドロマリウスは、ただ一言「そうか」としかロネヴェに言えなかった。

 昔からこうなる事は分かっていたのだ。だが、アンドロマリウスは止めなかった。あの時に覚悟は決めていた。後悔していない訳ではないが、ロネヴェの思う通りにさせてやりたいと思った己の選んだ道だと思っている。

 それだけは確かだった。




 ロネヴェが人間と共に過ごしている間、何度か連れ戻すようにと上から声をかけられる事もあった。だが、アンドロマリウスやロネヴェの親友達は、のらりくらりとその声をかわしていた。

 そんなある日の事だ。噂ではあったが、ロネヴェが同胞を殺したという話が耳に入った。

「本当の事だった」

 親友のプロケルからそう直接言われるまで、彼は噂に対して否定的な態度を取っていた。

「私が、わざわざ天界で確認したんだから、本当だよ」

 アンドレアルフスとは違った美しさを持つ、猫目の悪魔が屋敷に現れた。まっすぐと伸びた色素の薄い髪を緩く編んでいる。

 アンドレアルフスが華やかな美しさと例えれば、こちらは淑やかな美しさと言えるだろう。


 この悪魔、天使プロケルと悪魔プロケルの両方の核を持つ者だ。両方の立場を使える事から、魔界では重宝がられていると同時に、恐れられている。

 基本的には彼自身が悪魔でいる事を好んでいる為、天界の味方として活動する事はない。だが、天界の核を持っている限り、周りからの恐れは変わらないだろう。

「面倒だったよ。

 早く悪魔の核を捨ててこちらに戻ってきなさい、とか……

 悪魔が伝染りそうだから近寄らないで欲しいとか……」

 天界の者等は、意外にも選民意識の強い者が多い。プロケルはいつもそれを疎ましがっていた。一通りの愚痴を吐き出させてから、アンドロマリウスは口を開いた。


「それで?」

「――分かっているのだろう?」


 プロケルの言う通り、アンドロマリウスは分かっていた。同族殺しをロネヴェが犯した、という意味を。

「俺が行くしかないだろう」

「そうだね。

 私は行きたくないし、私以外の適任は」

 彼はそこまで言ってから、少しだけ考える素振りを見せた。

「――私が、思う限りは君しかいない」

 きりきりと、心臓を絞られているような痛みが広がる。アンドロマリウスは俯いた。プロケルの顔が見られない。いや、プロケルに顔が見せられなかった。

 アンドロマリウスは今まで、誰にも弱っている姿を見せようとした事はなかった。これからもそのつもりだった。だからこそ、今酷い顔をしているだろう己のものを見せたくなかった。

「俺が行かないと、ロネヴェの核はどこかに隠れるだろうな」

 アンドロマリウスは、深く息を吐いた。

「あの子の”お願い”を叶えてあげられるのは、君しかいないと思うよ」

 プロケルの声に、はっと顔を上げる。口元に笑みを作っているものの、彼の表情には悲しみに満ちていた。

「分かっている」

「私は、何も育てた経験がないのだけれど。

 責任は取らなければ。

 辛くても、悲しくても……例え、納得がいかなくても」

 弟ができたみたいだと、プロケルが笑っていた事を思い出す。彼もまた、ロネヴェのした後始末について心を痛めているのだった。


「ああ」

 アンドロマリウスは同意すると、使い魔の鳥に、ロネヴェの処罰を実行する旨の伝言を託した。その鳥が羽ばたくのを見送り、プロケルは立ち上がった。

「魔界の色々は私が対応できる限り、してあげよう。

 だから……こっちは気にしないで大丈夫だよ」

 白銀の髪を揺らし、優雅に去っていった。アンドロマリウスが魔界を出て以来、彼とは会っていない。

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