第2話 一方的な知り合い
面倒な事にはなるべく巻き込まれたくない。それがシェリルの本音だった。ロネヴェにこの街を守って欲しいと願ったシェリルとは別人のようだ。
敢えて試すように、気のない表情を作る。話せと振っておきながら、彼女が態度を翻すのは珍しい事だった。
「あなたの主とは?」
私の冷たい瞳を見ても、エリーの表情は変わらない。主とやらは、余程の大物か恐ろしい人物であるようだ。
「商館の主です。
ご存じでしょう?」
「私は知らないわ」
ロネヴェが商館の主が寄越す使いの対応をしていた。その使いの一人がリサだった。だが、シェリルは商館の主と直接対決した事はない。
そもそも彼女が間接的に知っている商館の主とリサの言っている商館の主は同一人物ではないだろう。
百を越えても生きている普通の人間はいない。だからこそ、シェリルは知らないと答えたのだった。
「知っていると、主は言っていたのですが……」
「え?」
エリーは困ったように答える。その返事にシェリルも戸惑う。シェリルはその動揺をカップを口に寄せる事で隠した。
ちらりとエリーを伺えば、彼女は考えるような素振りを見せていた。
「ロネヴェ候の恋人であったシェリルを呼んでこいと言われました。
だから、主はあなたの事をちゃんとした意味でご存じなのだと思います。
私は、ロネヴェ候という存在を知りませんし、あなたがその方と恋人関係であったという事も知りませんから」
エリーの考えた事は正しいだろう。普通の人間は、シェリルがロネヴェという悪魔と恋仲である事は知らなかった。ロネヴェをシェリルが召還して使役している事だけ知れ渡っていたのだ。
シェリルはテーブルの下で拳を握った。
「確かに、私は知らないけれど。
あなたの主は私の事をよくご存じのようね」
「では」
「――……行くわ」
シェリルは外套を纏い、エリーの後をついて行ったのだった。
エリーに連れられて向かったのは、当然の事ながら商館だった。シェリルは彼女の後ろにつき、初めて商館へと足を踏み入れた。
初めて踏み入れた商館は、外観通りに凝った作りになっていた。一階のホールは商店で賑わいを見せている。
そこから階を上がると、娼館のメインホールになるようで、娼婦や男娼を買うためにやってきた羽振りの良さそうな人間でごった返している。だが、そんな場所ですら、社交場であるかのような気さえさせた。更に上へ向かうと、艶やかな階もあれば、やけに雰囲気のある階もある。
だが、この商館のすごいところは別にあった。
「思ったよりも静かなのね」
「一部屋一部屋、しっかりと防音できるような作りになっておりますの。
やはり、雰囲気は大切ですから」
この商館、工夫の凝らされた建物であるのは間違いない。シェリルは昇降用の箱の中で、目を瞬かせた。
「ここまで高い建物になりますと、やはり階段だけでは過ごせません。
今更の説明になってしまいますが、この箱は精密なからくりでできているそうですよ」
「へえ……」
下を覗いているシェリルはどんどんと上へ昇っていく箱に、内心落ちないだろうなとびくびくしていた。多分、シェリルはこの高さから落ちても簡単には死ねないだろう。
痛いだけだ。
「かなり高いところまで昇り続けているけれど、あなたは怖くないの?」
シェリルは下を覗くのを止めてエリーを見た。エリーは朗らかに笑う。その笑みは大人びて見せていた彼女を年相応の少女に見せた。
今までとは違う表情に、シェリルは答えを聞くまでもなかったと知る。
「私、高い所が好きなんです。
だから、娼婦の中でもトップを狙おうと頑張っている最中です。
娼婦も位が高くなればその分上の階で過ごせますから」
「あ、そう」
娼婦に向いた血筋なのだろう。シェリルは、エリーを変わり者へと分類した。
「着きましたわ」
実りのない会話をしている内に最上階へと登り詰めたようだ。箱から降りて、しっかりとした床へ足を下ろしたシェリルは心底安堵する。
「こちらで少々お待ちを」
「分かったわ」
連れられた部屋へと入り、長椅子に座るよう言われる。エリーはシェリルのその様子を確認すると、すぐに部屋を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます