第3章 悪魔とお茶会

第1話 久々の依頼者

「くつろいでくれて構わないよ、シェリル」

 そう言う金髪の美しい悪魔は、艶やかな笑みを浮かべている。今まで見た誰よりも美しい男の姿をしている。だが、彼からシェリルが感じるものは、恐怖だけだった。

 シェリルは彼に言われるままカップを手に取ったが、カップの中で揺れる液体を眺めるだけで飲もうとはしなかった。

 二人がいるのは、商館の最上階だ。そして、普段とは異なりアンドロマリウスの姿はない。それもそうだ、あの美しい悪魔はシェリルが部屋に入るなり結界を張ったのだ。

 商館の最上階は館長の家として使われている事で有名だった。つまり、シェリルの目の前にいる男は悪魔であるが、この商館を取り仕切る者であるという事だ。


「何も変なものは入れてない」


 シェリルがカップを見つめたままなのが気になったのか、沈黙を破ったのは彼だった。

「そう言う訳じゃ――」

「ああ、考え事?

 考えるだけ無駄だ」

 シェリルはこの長椅子に座らされた時からずっと考えている。どうしてこうなったのか、と。




 シェリルは久々の来訪者にお茶を淹れた。目の前にいるのは、華奢な女だった。シェリルの記憶の中ではまだ成人していない少女だったが、確かに彼女はその少女が成長した姿をしている。

「何年もご無沙汰していました。突然すみません」

 そう言って女はやってきた。

「リサさん?」

「いえ、それは私の祖母です。

 私はエリーです」

 私は彼女を見たとき、リサという女を思い出した。昔やってきていた当時、リサは商館に勤める娼婦見習いだったはずだ。百年も経てば確かに彼女のはずがない。それは分かっていたが、ついその名を口にしていた。


 彼女の孫だというエリーは、既に娼婦としてしっかり働いているのだろう。飾りたてた姿ではないが、シェリルですら感じるほどの色香を持っている。身のこなしも街の人間とは違う。

 どこか、貴族の女でもあるような精錬された動きがある。付け焼き刃ではない、しっかりと身についている様子に、彼女は商館でも高い地位についているらしいと分かる。

 底辺の娼婦は指名などもらえない為、そこらで客引きをしないと生きていけない。地位が高ければ高い程、客も羽振りの良い人間になる。羽振りの良い人間は、行儀の悪い女になど興味がないというのがシェリルの知っている通説だ。

 行儀の良い、きちんとした教養と素養を持った人間でないと高級娼婦にはなれない。エリーは、しっかりと教育を受ける事ができたのだろう。


 商館に引き取られている時点で、中級以上の娼婦になれるのは確約されているようなものだが、高級娼婦になれるかどうかは本人次第だ。確かに、ここにちょこちょこやってきていた彼女の祖母は、まじめで勤勉そうだった。

「昔はよく効く薬をいただいて助かっていたと聞いています」

「いえ、皆の役に立つ事が私の役目ですから」

 エリーはカップに口づけ、小さく喉を動かした。彼女はそれからシェリルへと視線を戻し、しっかりと見つめた。その瞳には、決意のようなものが浮かんでいる。

 シェリルは唐突に現れた彼女が、ただ昔のように薬をもらいにやってきたのではないとは分かっていた。


「それで、私はあなたを助けられそう?」


 さっさと話を聞いて対処してしまおう。ロネヴェが商館とはあまり関わらない方が良いと言って、彼が商館からの依頼を受けていた。ロネヴェはもういないのだ。

 ロネヴェがどうして関わらない方が良いと言ったのかは分からない。だからこそ、アンドロマリウスに任せる理由にはできなかった。

 何でも任せてしまうのは、気が向かない。手抜きしているとは思われたくないし、何よりシェリルは一人でもやっていけるのだ。

「私の主と会っていただきたいんです」

 依頼人は彼女ではないらしい。これはややこしいかもしれないと、シェリルは心の中で愚痴った。

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