第2章 魔界からの迎え

第1話 真夜中の訪問者

 しばらくすると、シェリルは人間らしい生活を心がけるようになる。それは、数日おきに様子を見に来るアンドロマリウス対策でもあった。

 何かしらを手にして部屋へ訪れる彼は、ある意味シェリルにとって地獄からの使者だ。

 彼女は、惰性で生き続けている事を馬鹿にする為に彼が訪問しているのだと考えた。ロネヴェの死で絶望した様子を見て、楽しんでいるのだろうと思った。

 アンドロマリウスが食べ物を持って現れるのは、「こんな簡単な事すらできないようだから、用意してやったのだ」と言われているようで。そんな風に馬鹿にされ、あざ笑われるのは耐えられない。




 そうして、シェリルは普通の人間と同様の生活を心がけるようになったのであった。




 シェリルがちゃんとした生活を送るようになってきて、いくつか分かった事がある。

 それは、姿を現さなくなった彼女に貢ぎ物をする町の人間がいるという事。

 その貢ぎ物をアンドロマリウスが彼女へ与えていた事。意外な事に、アンドロマリウスがシェリルの付き人のような扱いとして、町の人間に受け入れられていた事である。

 一つ目の事はシェリルを報われた気分にさせたが、残りの二つは彼女を微妙な気分にさせた。

 アンドロマリウスが関わっていたからだ。だが、彼女が表立って活動している時に、アンドロマリウスが現れる事は滅多にない。基本的にシェリルが普通に生活している時は、地下牢に繋がれているらしいという事に気が付いた。


 アンドロマリウスという悪魔が何を望み、何を企んでいるのか。シェリルには、彼を封じてからおおよそ一年経つ今でも分からなかった。

 そもそも、殆ど会話をしていなかった。シェリルとアンドロマリウスの接触は、数回しかない。


 それも、シェリルからではなくアンドロマリウスからの接触ばかりであった。

 人間と同じ生活を心がけようと決意したシェリルではあったが、町の人間との付き合いが面倒になって引きこもろうとした事が何回かあった。

 そんな時にふらっとアンドロマリウスが現れるのである。気の緩んだ瞬間を狙ったかのように現れる彼と、シェリルはうまく会話をする事などできなかった。




 そんなある日、シェリルがちゃんと生活しているのにも関わらず、アンドロマリウスが現れた。心当たりのない彼女は、アンドロマリウスの登場に面倒そうな表情が顔に現れるのを隠さなかった。

「……この町に悪魔が現れた。

 今日はこの塔から出るな」

「あなたの指図は受けない」

 彼女は即答した。

 シェリルに捕らわれてから無感情そのものといった様子を見せてきた彼の眉間に、珍しく皺が寄った。

 心なしか、部屋の温度が下がったかのような気さえしてくる。だが、彼女は気にしなかった。


「最近召還術士として仕事をしていないから、誰かが勝手に喚んだんだと思うわ。

 力に見合わないのを喚んだなら大変な事になる」

 溜息を吐きながらそう言うと、シェリルは彼に背を向けた。出かける支度を始める彼女を咎めるように、彼の声が大きくなる。

「お前が行けば、むしろ大惨事になる」

 その声に、振り返って文句を言おうとした所、玄関に取り付けたベルが鳴らされた。早歩きで玄関の扉を開ければ、顔色の悪い人間が立っている。

 その表情は恐怖で支配されており、異常な事が起きたのだと知らせていた。男は、口をわなわなと震わせているが、言葉になっていなかった。

 この町の夜は冷える。砂漠が近いからか、夜になると冷たい風が吹くのだ。

 ひときわ強い風が吹いた。シェリルの長い髪の毛が舞う。髪を抑えようと彼女が腕を上げた時。


 彼女の視界の端で、男の腕が動くのが見えた。

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