第7話 気力のない召喚術士
シェリルにとって、ここが望んだ世界ではない事は確かだ。
恋人は殺された。
恋人の仇は勝手に居座っている。この町の人々は、自由に動く悪魔が居なくなって喜び、更に町を襲おうとしていた―と勝手に思われている―悪魔を封印したとシェリルを崇め始めた。
シェリルはロネヴェと契約した為、人間とは違う時を刻んでいる。基本的に老いる事はないし、よほどの事がなければ死ぬ事もない。
そんな彼女にとって、望んでいない世界ほど不必要な物はなかった。
悪魔を封じるので精一杯だからと、シェリルは町の人との関わりを絶った。閉ざされた空間で、殆ど何もしないで過ごすようになった。
そうしている内に、秋になった。
アンドロマリウスの様子は、あれから見に行っていない。見ていないという事は、あの地下牢で勝手に縛られた状態のままなのだろう。
シェリルの望んでいたであろう姿を自分からやってのけた悪魔に、彼女の興味は一瞬の内になくなった。もう、どうでも良かった。
ハーブなど、育てている植物の面倒だけはみた。ロネヴェがまめに手入れをしてくれていたのを思い出したからだ。その他の事は、疎かになった。
冬になり、髪をまとめる事をやめた。食事は水が中心で、殆ど食べなくなった。居きる気力を失ったも同然の生活は、彼女を一層蝕んでいった。
シェリルは一日中ぼうっと座って過ごす事が多くなった。彼女の瞳には光がなく、ただの人形であるかのようだ。瞬きや胸の動きで生きているのが分かる程度で、殆ど動かない。
そして――召還術士の塔は完全に沈黙した。
シェリルは気が付いたらベッドの中にいた。冷え切っていたはずの部屋は、程良い暖かさになっている。ベッドから起きあがって窓を覗けば、暖かな日差しを感じる。
彼女が町を見渡せば、どうやら春になっていたらしいと分かる。あちこちに春に咲く花々が、民家の屋根の上には春になるとやってくる鳥の姿まである。
いつの間にか季節が変わっていた。何をするでもなしに、しばらくベッドの上でぼうっとしていると扉が開いた。
開いた扉の向こうには、勝手に地下牢で束縛されていたはずの悪魔の姿がある。
「……俺の顔を見たくない程憎んでいるのかと思って放って置いたら、蝋人形の様になっていたから驚いた」
「どうなってようと私の勝手よ」
アンドロマリウスの手には、リンゴの乗った皿があった。リンゴは食べやすい大きさに切られている。彼はその皿をテーブルへ乗せると、部屋を出る。
「お前の勝手なのは分かっているが、俺の親友の大切な人間だ」
振り返ずに、返事がきた。
だがシェリルにとって、その返事は気に食わないものだった。
「――……彼を殺したくせに」
「そうだな、確かに俺があいつを殺した」
平然と答える様子がシェリルを苛つかせる。その様子を感じ取ったのか、アンドロマリウスは彼女の返事を待たずに姿を消した。
シェリルには、アンドロマリウスの行動が全く理解できなかった。理解できないからこそ、余計に気に食わない。
リンゴの乗った皿に手を伸ばし、投げ捨てようとして――やめた。
深呼吸をして、皿をテーブルに戻す。リンゴに罪はない。ただの八つ当たりだ。
八つ当たりをしたら、アンドロマリウスに負けたような気分になる気がした。
自分すら制御できない人間だと、陰で笑われているような気さえし始める。むしゃくしゃする気を紛らわせるかのように、リンゴを頬張るシェリルだった。
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