花係

 廊下に出ると玄関には息子の隆司だけだった。隆司はチェストの上に飾ったフリージアから、しおれた花だけをひとつひとつ摘み取っている。

「これ、持って行きなさい」

 ビニール袋を手渡すと、隆司は中をちらっとみて、

「たかの屋の大福?」

 大福の箱と袋の底が揃うように箱の向きを整える。

「向こうのお母さん好きだって言ってたでしょ?」

「だけど、動物園で大福はないだろ」

「別にいいじゃない」

 ちょうど階段を下りてきた嫁の美和が私の代わりに反論する。四歳になる孫の佳奈に靴を履くように言ってから、続ける。

「食べなかったらおみやげに持って帰ってもらえばいいんだから」

「そうね、そうしてもらってちょうだい」

 隆司は佳奈が靴を履くのを手伝いながら、

「また二人で結託して。誰が荷物持つと思ってんだよ」

 恨みがましく言う。それから、佳奈のジャンパーのホックが一段ずつずれているのを留め直す。

「やっぱり、お義母さんも一緒に来ませんか?」

 そう言う美和に、私は首を振る。

「私はいいから、皆で楽しんできなさいよ」

 隆司は美和のコートに付いた糸くずを取りながら、

「母さんは一人でゆっくりしたいんだろ。佳奈がいるとうるさいから」

「なぁに?」

 呼ばれたと思ったのか大声で返事する佳奈の頭をなでて寝癖を直して、隆司は、

「ほら、ばあちゃんにいってきますって」

「いってきまぁす!」

「いってらっしゃい」

 私は佳奈に手を振る。美和は隆司が揃えておいた靴を履いて、佳奈の手をつなぐ。

「それじゃあ、お義母さん、いってきます」

「はいはい、楽しんできてね」

 私は三和土に降りて三人を送り出す。

「あ、そうだ。それ、捨てといて」

 出ていく間際に、隆司はチェストの上を指差した。広げたティッシュペーパーの上に、しおれたフリージアと糸くずがのっていた。私なら、フリージアは全体的にしおれたころに一本丸ごと捨てるだろう。隆司の世話好きが自分の大雑把のせいだとは思いたくないけれど、どうしてあんな性格になったのか。そのうちどこかから糠床をもらってくるんじゃないかと私は心配している。



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2012年3月「東京グルタミン」

テーマ「花」

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