好き嫌い

 教室のドアの前で一瞬止まったのは新田の名前が聞こえたからだ。女子が何人かで話している。

「一番苦手なのは新田さんかなー」

「あー、私も」

 ドアは開いているから、廊下まで聞こえている。放課後だから人がいないとはいえ、そういう話はこそこそやれよと思っていたら、

「入らないの?」

「うわ」

 突然後ろから声をかけられて驚いた。新田だ。俺が声を上げたから教室の中の女子たちも気付いたみたいで、話をやめて、反対側のドアから走るようにして出て行った。

「もしかして聞こえてた? さっきの話」

 教室に入りながら、新田に聞く。彼女は黙ってうなずいた。でも、特に傷ついている様子はない。

「何か言えばよかったのに」

「何かって?」

「文句とか。せめて苦手な理由を聞くとかさ」

「嫌われるのは仕方ないから、別にいい」

 そっけなく言って、俺に背を向けて自分の机の方に歩いて行く。その後ろ姿を見つめながら、ふと気づいた。さっきの女子たちの会話、今の新田の態度。傷つけられたのは俺の方かもしれない。

「俺は、新田のこと一番好きなんだけど」

「えっ?」

 新田は勢いよく振り返った。難しい数学の問題を前にしたような険しい表情だ。

「なんで? どこが? 一番って、どういう基準で?」

「えー。嫌われるのに理由はいらないけど、好かれるのには理由が必要なわけ?」

 俺が呆れてそう聞くと、新田は真剣な顔で、

「私が好きなんて、意味が分かんない」

「難しいなー、新田は」

「どういうこと?」

 新田は俺をにらむように見る。告って怒る人がいるとは思ってもみなかった。

「とりあえず駅まで一緒に帰ってよ」



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2011年11月「東京グルタミン」

テーマ「金」

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