青い靴

 あたしは今、アボカドだったかアボガドだったか真剣に悩んでいる。

 乗っている電車は駅と駅の中間あたりで停車してしまった。停止信号とアナウンスがあった。原因はわからない。何時までに着かなきゃならないって決まっているわけじゃないから別にいいけど、音楽プレーヤーも文庫本も携帯電話も忘れてしまって暇だったから、アボカドかアボガドかについて考えることにした。記憶を総動員してみたり、想像力を働かせてみたけれど、答えは見つからない。

 ふと視線を下げると、隣の男性の靴が目に付いた。あたしは男の人の靴が好きだ。女物のころんと丸い形もかわいいけれど、男物の薄くて大きい形に憧れる。その靴はエナメルっぽい艶やかな青い色をしていた。珍しい色だ。隣の人ってどんな人だっただろうか。そっと見ると目が合ってしまった。普通の人だった。こげ茶の帽子に小さな青い羽根がついている。

「何?」

 短く聞かれて睨まれた。じろじろ見て失礼だったかもしれない。謝ろうと思ったのに、口から出たのは、

「アボカドとアボガドとどっちが正しいかわかりますか?」

「は?」

 意表をつかれたのか、隣の人はぽかんとした表情になった。怖い人ではないのかもしれない。

「それ何か違うの?」

「カとガ。濁点があるかないか、ですけど?」

 あたしの語尾が疑問形なのは、相手が声をあげて笑っているからだ。そんなにおかしいか。

「あ、悪い」

 あたしがむっとしたのに気付いたのか、笑ったまま彼は謝る。それから、携帯電話を取り出して、

「調べようか?」

「はい、お願いします。あと、その靴どこで売ってるんですか?」

 アナウンスがあって電車が動き出す。今はもう、アボカドでもアボガドでもどっちでもいい。青い靴が輝いている。



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2011年4月 発行「東京グルタミン」

テーマ「ぴかぴか」

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