メキシコの羊
交差点で信号待ちをしていたら、羊がやってきた。彼(あるいは彼女)も信号待ちをしているようだ。まっすぐに信号機を見つめて立っている。作り物かと思うくらい全く動かない。
私は羊を横目で観察した。毛はふわふわしていて柔らかそうだ。ただ少し汚い。枯草のようなゴミがたくさんくっついていた。そっと手を伸ばしてそのゴミをひとつつまみ取る。羊は無反応だった。
触れたのがわからなかったのかもしれないと思って、今度は手のひら全体でそっと毛の表面をなでてみた。砂がついているのかざらざらしている。やっぱり羊は無反応だった。まばたきもしない。口を動かすこともない。
本当に作り物なのかもしれない。私はもっと力を込めて、羊をなでようとした。手を押し付けるとどんどん毛の中に入っていく。思ったよりも厚みがあるようだ。手首まで毛に埋まった。中はふんわりしている。
そのとき、信号が青に変わった。羊は歩き出す。私の手は羊の毛から抜けない。引きずられるようにして羊の後を追いかけながら、必死で手を引っ張ったけれど、指や手首に毛が絡み付いて、引っ張れば引っ張るほどきつく締まる。
横断歩道を渡ったところで羊が走り出した。思わず私は羊にしがみつく。そうしたらもう片方の手も毛に埋まってしまった。そのままずぶずぶと沈んで、顔も肩も羊に取り込まれる。中は柔らかく温かい。抱きしめると程よい振動が体を伝う。あくびが出た。寝て起きたら羊から解放されているいいなと思いながら、私は目を閉じた。
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2011年8月 発行「東京グルタミン」
テーマ「お昼寝」
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