第13話 トキカズブートキャンプ

「集中しろ集中しろ集中するんだ……」


 ―――時は少し遡る。


 ルクスと蒼炎が戦っている間、戦闘に参加しなかった黒天は蒼炎の一挙手一投足の全てを脳裏に叩き込んでいた。

 最初こそ隙を見て逃げようともしていたが、一歩でも後退しようとすれば嫌な予感が全身を縛りつけて黒天を逃がさない。

 そのため、逃走を諦めた黒天は蒼炎と戦うための準備として情報収集をしていたのだ。

 当然だが、記憶力が規格外に優れている訳ではない黒天では蒼炎の行動の全てを完璧に記憶することなど出来ない。それでも、少しでも蒼炎の動きを覚える事が後の生存率に影響すると考えている黒天は、全神経を集中させて蒼炎を観察し続ける。

 観察を続けながらも、脳裏を過ぎるのは時香との訓練である。今蒼炎と戦うと言う選択が出来るのも、あの訓練があったからなのだから。


  ◆◆◆


「ふむ。ぬしの能力はだいたい分かったのぅ」

「はぁ……はぁ……」


 時香がそう言ったのは訓練の初日。無理矢理暴走させた黒天を、スタミナ切れでひっくり返るまで小突き回した後だ。


「はぁ……はぁ……。禁忌は……侵さない為に共有するんじゃ……はぁ、なかったのか……はぁ……」

「基本的にはの。じゃが、必要があるのならば仕方あるまい。強くなりたいんじゃろ?それぐらい我慢せい」


 純粋なスタミナ切れで身動きが取れないという、人生で初めての経験をしている黒天が時香に恨めしい視線を送るも、時香には取り合う様子がない。

 用意していたタオルで軽く汗を拭った時香が、水分補給用のペットボトルを黒天の近くへと投げるも、指一本動かすのすら辛い黒天は身悶えするばかりでペットボトルを持ち上げる事も出来ない。

 その様子を見てやれやれと肩を竦めた時香が、黒天の体を起こして口元へと水を持っていった。


「そのままで良いから聞くのじゃ。ぬしは常時心歪能力を使えるタイプではなく、特定条件下でのみ能力が発現するタイプのようじゃな。通常時が無力な代わりに、条件が揃えば強力な能力が使える者が多いタイプじゃ。『変身型』とも言われるの」


 好きな時に能力を発動出来る能力者を『常駐型』。特定条件下でのみ能力が発動する能力者を『変身型』と言う。

 変身型の例としては、誰かがピンチの時だけ強くなるヒーローの様なタイプや、水中にいる間に呼吸が出来ると言う特定環境に対応したもの等様々な種類があるが、能力のON/OFFを自分の意思で切り替えることが難しいと言う欠点もある。


「能力の内容としてはじゃ。身体能力と肉体強度と回復力が向上しておる。これは単純に死ににくくするための能力じゃろう。筋力と素早さと防御力が上がり、自動回復まで付く。これだけでも強力な能力じゃが、それ以外にも二つ強力な能力があるとわしは見ておる」

「ふぅ……二つの、強力な能力?」


 時香に水を飲ませてもらった黒天は、何とか一人で体を起こせる程度には回復した。それを確認した時香は黒天の正面へと移動すると胡座をかいて座り込んだ。


「そうじゃ。とはいえ、それはわしから見た側面の一つでしかない。心歪能力は千差万別。全く同じ心の形をした者が二人としておらぬように、同じ心歪能力を持つものも存在せん。ここでわしがぬしの能力の推測を語ると、無限の可能性を持つぬしの能力を型に嵌めてしまい、成長を阻害することになるやもしれん。じゃから自分の能力は自分で定めよ。訓練の相手はいくらでもしてやるでな」

「ん〜。なんかよく分かんないけど分かったわ。二日連続でボコボコにされたけども、俺的には得るものは特に無かったと……」

「いや?そうでもないぞ。ぬしの場合、戦闘経験が直接戦力に繋がりそうじゃからな。模擬戦じゃろうとなるべく多く戦うのは良い事じゃ。それに、ぬしの能力を見たことで鍛えるべき方針は見えたしの」


 そこまで語った時香は「よっこいせ」と立ち上がると、首にかけていたタオルをクルクル丸めて部屋の隅にシュートし、黒天と向き合った。黒天は未だに床に座り込んだままなので、時香が黒天を見下ろす格好である。


「戦闘力は勝手に上がるじゃろうから良いとして、問題は能力の使い勝手じゃろうな。いつ発動するか制御出来ん上に、発動する度に暴走するようでは話にならん。まずはそこから鍛えるとしようかの」

「確かに能力を制御出来れば助かるが……そんな事できるのか?」

「出来るかどうかではない。やらねば危うすぎて使い物にならんのじゃ。少なくとも暴走だけはせんようになってもらわねばな」


 そう言われると黒天としては頷くしかない。暴走している間の黒天には意識がなく、本能だけで暴れているような状態だ。その暴力が敵にだけ向くのならばよいが、味方にも牙を剥く可能性は否定しきれない。そんな状態で仲間と共に戦うことなどできないだろう。


「で?具体的にはどういう訓練をするんだ?」

「うむ。ぬしは能力の鍵も禁忌も『死』にあるようじゃ。死への恐怖……いや?死にかけていると言う実感かの?具体的には分からぬが、ぬしの心が『死』を感じると能力が発動し、『死』を感じる事で不安定になった心が能力を暴走させておるのじゃ。となると話は簡単じゃ。ぬしの心が『死』をコントロールできる様になれば良い。死にかけている実感を感じるタイミングを操り、死にかけながらも自分を見失わぬ様になれば、万事解決じゃ」

「……それ、言うは易しってやつだよな?」


 それが出来れば苦労しないとも言う。

 自分の心を意識して制御することは存外に難しい。それも、自分の命に直接関わる感情ともなれば難易度は更に上がるだろう。正直に言って黒天には出来る気がまったくしなかった。


「やることはそれほど難しくもない。ぬしに足りないのは経験じゃ。どういう状態が死にかけている状態なのか体に刻み込み、正しく心で理解すれば、今自分がどれだけ死にかけているのか判断できるようになるじゃろう。その延長でいつでも死にかけていると認識できるようになったり、死にかけている状態を解除出来るようになれば完璧じゃ」

「……なんか凄く嫌な予感がしてきたんだが……」

「なに。ぬしは何も心配する必要はないぞ」


 背筋が冷たくなる嫌な予感に、立ち上がれないまでも這いずって時香から距離を取る黒天。その黒天を安心させるように時香はにっこりと柔らかく笑った。


「なにせ、出来るかどうかではなくやらねばならぬし、そのための訓練の相手は惜しまぬと言ったばかりじゃからな。心配しようがしまいがやることは変わらぬのじゃから、心配する必要はないのじゃ」

「今までありがとうございました。それでは失礼します」

「まぁ待て。もう少しゆっくりして行くのじゃ」

「ぐべっ!」


 笑顔のまま鬼の様な事を言う時香に、一瞬前まで立ち上がる事も出来なかった黒天が全速力で地下室から逃げ出そうとするが、走り出した直後に後ろ襟を掴んで引き倒された。

 ひっくり返った黒天が恐る恐る時香を見上げると、楽しげな笑みを浮かべた時香が黒天を見下ろしていた。

 幼い外見も相まって大変可愛らしい無邪気な笑顔に見えるが、黒天には無慈悲に虫を捻り潰す残酷な笑顔に見えた。


「とりあえず百回ほど死にかけてみればなにかきっかけぐらいは掴めるじゃろう。逃げだせる元気があるのじゃ。今すぐ始めても問題あるまい?」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 この日から始まった訓練は今日まで毎日続いている。何百何千と死の淵に追い込まれた経験は確かに黒天の中で力となっているし感謝もしているが、いつか時香に一泡吹かせてやろうと言う思いは更に強くなっていた。


  ◆◆◆


「やべぇ。思い出したら気分悪くなってきた」


 脳内をフラッシュバックする死にかけた記憶に顔を青くした黒天は、若干の能力発現を感じていた。

 これをもっと強力に、瞬時に発現できる様にするのが時香の狙いなのだが、その度に気分が最悪になるのだけは何とかならいかと思う黒天。もちろん死にかけていると錯覚しなければならないのだから、気分良く出来るわけがないのだが。


「ちっ。そろそろ割り込まなきゃダメか……」


 黒天の目の前ではルクスが地面へと倒れ、その背を蒼炎が踏みつけていた。なるべく長く蒼炎の動きを観察していたかったが、ルクスが死んでは勝率が。黒天の生存率が下がる。「死にたくねぇなぁ」とボヤキながら、黒天は近くへと蹴り飛ばされてきたルクスの剣へ足を進めた。

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