第12話 ルクスの禁忌

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 血を吐くような絶叫の直後、バリンと大きなガラスが割れた様な音が響き、ルクスの顔に大きな罅が入った。

 仮面が割れた様に顔を左右に分ける大きな亀裂は、生身の人間にはありえない無機質な割れ方をしていた。亀裂を抑える様に両手で顔を隠すルクスだが、両手の隙間から少しすつ亀裂は広がっている。


「ククク……ハァーハッハッハッ!こいつぁ傑作だぁ!『禁忌トラウマ』を抉られて、イケメン野郎の仮面が剥がれやがったぁ!おかしいとは思ってたんだよぁ。美しさにトラウマのある奴が、んな綺麗な顔してる訳ねぇもんなぁ!てめぇのその顔、作りもんなんだろぉ?」


 心底楽しそうにお腹を抱えて大爆笑していた蒼炎が、顔を隠して蹲るルクスを蹴りあげて上を向かせると、顔を隠す手を踏みつけて至近距離からルクスの目を覗き込んだ。


「いい事を教えてやろぉかぁ?美しさに拘るてめぇがぁ。心歪能力を使ってぇ。自分の素顔を偽ってたって事はだぁ。てめぇは本心ではぁ。仮面を被せて偽らなければならないほどぉ。自分の事をどうしようもなくぅ」

「……」


 一言一言噛み締める様に囁く蒼炎に、逃れる術のないルクスは蛇に睨まれたカエルの様にガタガタ震えることしか出来ない。

 ニンマリと嗜虐的な笑みを浮かべた蒼炎が、致命的な一言を言うべく口を開いた。


「―――『みにく」

「だぁらっしゃぁぁぁぁ!!」


 しかし、トドメの一言は言いきられる事はなかった。

 蒼炎が蹴り飛ばしたルクスの剣を拾った黒天が、蒼炎に斬りかかって退かせたからである。


「おっとっと。危ねぇじゃねぇか。『人に刃物を向けてはいけません』って、ママに習わなかったのかぁ?」

「生憎だが、両親は居なくてな。だが、この前読んだ本だと『光の剣を拾ったら悪党を斬るように』って書いてあったぞ?」

「カカカ。勇者様に斬られるたぁ、悪党冥利に尽きるってもんだなぁ!ま、斬れるならばの話だがなぁ!」


 蒼炎は、ルクスの剣を持った黒天からまったく驚異を感じていなかった。

 心歪能力で作った武器は他人が振るったところで能力の殆どを発揮できない代物であるし、そもそも剣を構える黒天の立ち姿が丸っきりの素人で隙だらけであったからだ。

 それでも、蓋を開けねば何が起こるか分からないのが心歪能力者との戦いである。黒天を下に見て侮りながらも、油断だけはせずに観察と分析を行っていた。


「君は……逃げるんだ……君が叶う相手じゃ……」

「黙ってろよイケメン野郎。元々俺を狙ってきてんだ。逃げたところで逃げ切れるもんでもねーだろうよ」


 未だに地面に伏したままのルクスが、黒天に逃げるように言うも、逃げたところで無駄なことを悟っている黒天は、ルクスを庇うように蒼炎に向き合ったまま動く様子はない。


「美しき仲間との友情〜ってか?ハッ!くだらな過ぎて背中が痒くなるぜぇ!」

「まったく同感だな。このイケメン野郎との友情ごっこなんざ反吐が出る。俺がコイツを庇うのは徹頭徹尾自分のためだ」

「ほぉ……?」


 逃走することが出来ない以上、ルクスにトドメを刺される前に庇ったほうが見殺しにするよりも結果的に生存確率が高くなると黒天は踏んでいた。

 故に蒼炎の前に立ち塞がる選択をしたが、逃げても良いのならば真っ先に逃げていただろう。殺されるかもしれない相手にわざわざ喧嘩を売るのはバカのやることだと黒天は確信している。目の前の蒼炎もそのバカの一人だろうが、ルクスとのやり取りから一概に頭が悪いとも思えなかった。


「だってそうだろ?イケメン野郎と戦いながらも、あんたは俺に意識の一部を向け続けていた。逃げれば捕まって殺されたろうし、イケメン野郎が死んでも次は俺が殺される番だ。なら、こいつが死ぬ前に助けに入って、二人でお前を倒すのが唯一俺が生き残る為に出来る事だ。違うか?」

「ハッハッハァ!違わねぇ!違わねぇさぁ!俺はてめぇを殺す。燃やし尽くして灰にしてやるぅ!てめぇに出来る事は―――」

「つまり、俺は今『死にかけてる』訳だ」

「―――あ゛?てめぇ何言ってやがる?」


 ルクスに向けていたのと同じ、獲物をいたぶる肉食動物の様な笑みで黒天に挑発を返そうとした蒼炎が、急に真顔になって黒天を睨みつける。

 今まで心歪能力者と戦ってきた経験が、蒼炎に失言をした事を警告する。何かは分からない。だが、何か相手の利となる失言を引き出されたと蒼炎の勘は訴えていた。


「だってそうだろ?逃げても死ぬ。何もしなくても死ぬ。戦っても死ぬ。何をしても死ぬ。俺は今、死ぬ一歩手前にいるんだ。これは、誰がなんと言おうと『死にかけてる』だろう。だから―――」

「お喋りはしまいだぁ!てめぇのその口、塞いでやんよぉ!」


 力関係は何も変わっていない。黒天は相変わらずザコにしか見えないし、蒼炎が弱くなった訳でもない。だが、何かマズイ事態が進行していることを感じ取った蒼炎は、両手に短刀を握りしめて黒天へと飛び掛る。

 ―――だが、黒天を切り裂くには一歩遅かった。


「―――『ここを死地と定める』!」

「チッ!クソがぁ!」


 黒天がルクスの剣を地面に突き刺しながら高らかに宣言すると、黒天の足元から漆黒の波動が吹き出して蒼炎を吹き飛ばした。

 足元から溢れた漆黒の波動は黒天の体を侵食していき、黒天の全身を飲み込む……かに思われたが、侵食の最中に何かに誘導されるように漆黒は黒天の両手へと集まってゆき、瞬く間に全ての漆黒は黒天の両手を覆う様に纒わりついた。


 ―――ガキン!


 と、硬質な物体同士がぶつかりあった音が辺りに響く。音の発生源は黒天の両手だ。黒天の両手に纏わりついていた漆黒は、一対のガントレットへとその姿を変え、漆黒の光沢を怪しく放っている。


「こっちは準備オーケーだぜ、襲撃者。さぁ、殺り合おうか?」


 蒼炎を睨みつける黒天の瞳は、真紅に染まっていた。

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