第11話 ルクスVS蒼炎

「てめぇと、てめぇ。どっちが『末幸 黒天』って野郎だぁ?」

「……っ」

「……悪いけど、答えてあげる義理はないね」


 ルクスと黒天の二人のチームでの世歪生物討伐任務の最中。敵意剥き出しで現れた謎の心歪能力者から黒天の名を聞き、二人は一瞬息を詰まらせて硬直した。その様子を見たタトゥーの男はにんまりと笑みを浮かべる。


「だろうなぁ!だがよぉ。てめぇらの反応を見る限り、どっちかは末幸黒天なんだろぉ?一発目で大当たりとか、俺様超ラッキー!両方ぶっ殺しちまえばいい話だもんなぁ!」


 タトゥーの男は『どっちか』と言いながらも、その視線はルクスに背で庇われている黒天へと向けられている。どちらが黒天なのか半ば確信しながらも、二人纏めて殺すと言っているのだ。


「……それで?そちらはこちらの事をよく知っているようだけど、君はどこの誰なんだい?」

「ハンッ!『名前を聞く時は自分から〜』ってか?くっだらねぇ。んなカビの生えたしがらみを、気にするなんざバカじゃねぇのかぁ?まぁ、今は気分がいいから、名乗りぐらいは上げてやろうかぁ?」


 そこまで喋ったタトゥーの男は、肩に担いでいた青い炎の槍をクルクルと体の周りで回転させると、地面へと勢い良く突き刺した。抵抗もなく地面に刺さった槍だが、穴の周りのアスファルトがゆっくりと溶けていっている事から、槍自体が高温を放っている事は見て取れるものの、ルクス達までは熱が届いていない。心歪能力らしい物理法則から外れた炎である。


「俺様の名前は『蒼炎そうえん』。蒼い炎と書いて蒼炎だぁ。分かりやすいだろぉ?てめぇらには『ハズレモノ』っつった方が分かりやすかったかぁ?」

「ハズレモノ……。公的機関に所属していない、無所属の心歪能力者、か。そのハズレモノが何故僕達に敵対を?」

「理由なんざどうだっていい事だぜぇ。大事なのは、俺様がてめぇらをぶっ潰すって事だろぉ?お喋りはしまいだぁ!そろそろ殺り合おうぜぇ!二人同時に相手してやらぁ!」

「いや、君の相手はこの僕だ。後ろの彼ではなく、僕と戦ってもらう」

「はぁ?何言って……あぁ。そういやぁ、てめぇら仲間割れしてた最中だったなぁ。いいぜ。二対一が無理なら、一対一対一でバトルロイヤルと洒落こもうじゃねぇかぁ!」

「そうではないよ。確かに、僕は後ろの彼を消してしまいたいと思っているけど……それでも、力無き者が理不尽な暴力に晒されているのなら、僕は身を呈してでも守る。それが力ある者の義務だからだ!」


 キリッとした顔でルクスが宣言すると、蒼炎はクルリと後ろを振り返って背後の壁に手をつくと、吐き気に任せて胃の中身を全てぶちまけた。


「おげぇぇぇぇ!な、なに言ってんだコイツ!?頭イってんじゃねぇのかぁ!?力ある者の義務ぅ?てめぇは力を手に入れて貴族にでもなったつもりかよぉ!そいつぁ後ろのアイツも敵対するわなぁ。納得だわぁ」


 そう言って、可哀想な物を見る目で黒天を見る蒼炎。「俺様が同情するなんてよっぽどだぞ、おぃ」と言いながら、鳥肌の立つ二の腕を摩っている。

 その一連の行動は、見るからに隙だらけだったが、ルクスは眉を顰めるだけで先制攻撃を仕掛ける様子は一切ない。一瞬だけ目を細めてルクスの様子を確認した蒼炎は、次の瞬間にはニヤリと口の端を歪めた不敵な表情に戻っていた。


「だからって訳じゃねぇがぁ……お望み通り、てめぇから灰にしてやんよぉ!」

「くっ!」


 一気に駆け出し、地面に刺さったままの槍を引き抜いた蒼炎が、勢いを乗せてルクスの頭上から槍を振り下ろす。

 初めは後ろに下がって避けようとしたルクスだが、思い直したように剣を頭上に構えて防御体勢をとった。

 振り下ろされる蒼炎の槍とルクスの剣が、ルクスの頭上でぶつかり、心歪能力が打ち消し合った時特有の、ガラスが割れたような甲高い音が辺りに響く。

 今もルクスを押し潰さんと圧を強めてくる槍は、最初に蒼炎が振り回していた時よりも明らかに伸びており、もしもルクスが後ろに下がっていたならば、高温の炎で真っ二つになっていた事だろう。


「ほぉ?反応自体は悪くねぇなぁ」

「『美しき光よ!』」

「おっと。あぶねぇあぶねぇ」


 光の剣を作った時にルクスの周囲に集まってきた光の残り。それが、ルクスの声に応じて光の矢となって蒼炎を襲う。

 蒼炎は軽い調子でひょいひょいと後ろに下がって光の矢を躱すと、躱しきれなかった分を短くした槍を回して撃ち落とした。

 その仕草からは余裕が滲み出ており、命を賭けた真剣勝負でありながらゲームでも遊んでいるかのように気負いがない。


「おらおら、ドンドンいくぜぇ!」

「『美しき光の盾を、この手に!』」


 蒼炎は青い炎で作られた槍をクルクル回しながらルクスを攻め立てる。

 槍の形をしているだけの炎には穂先や石突といった概念はなく、どちらかと言えば槍よりも棒である。しかしその殺傷力は高く、両端のどちらが触れたとしても等しく溶解されてしまうだろう。

 その危険な槍を、蒼炎はルクスの全身へとあらゆる方向から叩きつける。片端で顔を狙ったかと思えば、次の瞬間には逆側で足を払い、時には柄で殴ってくる。手数重視の怒涛の連撃でありながらその全てが必殺の一撃であり、一つたりとも当たるわけにはいかない。

 左手に張り付くように小型のバックラーを生み出したルクスは、必死にこの猛攻を捌いていた。


「基礎能力はある。対応力もあるし、能力も悪くねぇ。だが、経験が致命的に足りてねぇなぁ!」

「……ふっ」


 大振りの一撃でルクスの脳天を叩き割るをした蒼炎が、槍が当たる直前で重心を移動させて、ルクスへ蹴りを放つ。

 意識を上段に向けていたルクスは、この蹴りを受ける事も躱すことも間に合わない。しかし、ルクスはこの不意打ちを笑顔で歓迎した。


「その攻撃は『美しくない』よ」

「おぉ?」


 ルクスが否定の言葉を呟くと、蒼炎の蹴りが不自然に停止した。

 不安定な片足立ちで停止した蒼炎を、ルクスは見逃すつもりはない。


「ハァァァァァァ!!」


 大上段で両手に持ち変えた光の剣が、一際強い光を放って両手剣へと変わる。未だ体勢が崩れたままの蒼炎へと、ルクスは全力で剣を振り下ろした。

 なんとか蹴り足を地面につけられた蒼炎は、片手で振るった槍で剣を迎撃しつつ横へと体をズラす。

 槍で迎え撃ったにも関わらず、腰を落として堪えずに剣筋から体を逃がしたのは、ルクスの一撃を防ぎきれないと蒼炎が本能的に察したからだ。その蒼炎の直感は正しく、高温の炎で形成されている筈の槍は、甲高い音を立てながら両断された。


―――ふぅ。


 一瞬。ほんの一瞬だった。立てた策が上手く嵌り、渾身の一撃で相手の得物を破壊できた。槍としてのあり方を破壊された蒼炎の武器は、ルクスに両断された箇所から順番に崩壊していっている。

 それを見てしまったから、ルクスは一瞬だけ気を抜いてしまい……蒼炎の瞳が激しく燃え上がった一瞬に対応しきれなかった。


「そう言うとこだぜぇ?経験が致命的に足りてねぇってのはよぉ!」

「なっ!?がぁ!!」


 体を横へと倒しながらも鋭く左手を伸ばした蒼炎が、ルクスに切り飛ばされて崩壊している最中の槍の切れ端を掴む。

 飛んでいった切れ端を掴んだ左手と、槍の柄を握ったままの右手。両方から同時に青い炎が吹き出し、槍の切れ端は二本の短刀へと変化した。

 倒れかけていた蒼炎の体が、何かに押されたように不自然きルクスの方へと傾く。左右両方から同時に振り下ろされる刃に、渾身の攻撃を終えた直後のルクスでは防ぐ事は出来なかった。

 蒼炎の短刀が振り下ろされると同時に、一際大きな破砕音が響き、胸をX字に切り裂かれたルクスが地面へと倒れ込む。


「ほーん?俺様のやいばが当たる前に、なけなしの能力で身を守ったかぁ……やっぱセンスは悪くねぇよ。おめぇ」

「ぐ……くっ!」


 倒れ込んだルクスが両手を地面について起き上がろうとするが、蒼炎が片足をルクスの背中に乗せるとビクともしなくなった。力で押さえつけている訳ではなく、関節技の様に人体の構造的に押さえられると起き上がれないポイントを的確に踏みつけているのだ。


「『光よ!』」

「甘い。甘いぜぇ!一度見せた手札が通じる訳ねぇだろうがよぉ!」


 ルクスの声に応じて光の矢が蒼炎に殺到するが、両手に持った短刀をクルクルと操り、その全てを撃ち落とした。


「対人戦……いや、対心歪能力者戦の経験がねぇんだなてめぇ。だからそんなにホイホイ手札を晒しやがる。心歪能力者の長所は、見た目から能力が分かんねぇことだぁ。立ち姿を見ても武器を見ても、手札が分からねぇ。油断すると一発逆転もありえる。だからこそ心歪能力者は自分の手札を隠す。ここぞって時にぶちかます為だぁ。てめぇの光の矢。さっきが初見なら俺様を退かせてたかもなぁ?」

「このっ……がぁ!」


 右手に握った光の剣で蒼炎の足を薙ごうとしたルクスだが、蒼炎がルクスの背中を踏んでいるのとは逆の足でルクスの右手首を踏みにじって止めた。

 今度は右手首を砕かんばかりの激しい踏みつけであり、痛みに耐えかねたルクスが剣から手を放すと、手首から足を浮かせた蒼炎が剣を遠くへと蹴り飛ばしてしまった。


「いいから黙って聞けやぁ。手札の大盤振る舞いは長所を潰すだけじゃねぇ。短所を晒す行為でもあるんだぜぇ?何が言いたいかっつーと……」


 ルクスの髪を鷲掴みにした蒼炎が、ルクスの頭を後ろに引っ張り、耳に口を近づけ囁いた。


「無様に負けた相手に這いつくばらされ、泥と屈辱に塗れながら懇切丁寧に何故負けたのか教えられるぅ。今のてめぇは誰がどう見ても―――『美しくねぇ』ぜぇ?」


「やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」


 蒼炎の言葉を強制的に聞かせられたルクスは、体を捩って蒼炎の拘束から逃れようとするが、しっかり抑え込まれていて振りほどく事ができない。


「おいおい。図星突かれて子供みたいに駄々こねるたぁ、ますますもって美しくねぇなぁ!いっそ『醜い』って、ハッキリ言ってやろぉかぁ?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 血を吐くようなルクスの絶叫の直後、バリンと大きなガラスが割れた様な音が響き……ルクスの顔に大きな罅が入った。

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