第10話 炎の男
「なーんで、よりにもよってイケメン野郎と二人っきりのチームになるかねぇ。理事長の決定だからしゃーないけどさ」
「……」
同時に二箇所での強力な世歪生物の発生。この事態に、時香達はチームを二つに分けて対応することにした。
チームの内訳は、陽彩と知由と結菜の女子チームと、黒天とルクスの男子チームだ。もちろん性別で分けた訳ではなく、実力で分けた結果性別で分かれただけだが。
まず、陽彩とルクスは共に前衛であるから分け、知由と結菜はセットで運用した方がよく、陽彩は味方が多い方が良い。
この事から、陽彩と知由と結菜を一つのチームに。余った黒天はルクスのチームに入れられた訳だ。
「なぁ、おい。返事ぐらいしてもくれてもいいんじゃないか?俺がずっと独り言言ってるヤベー奴になってんだけど」
「……」
検知した世歪生物の出現ポイントに到着したが、世歪生物の姿が見えないため、現在二人は裏路地を捜索中である。
出発直前に時香に渡された腕時計型携帯端末を黒天が見ると、確かに反応はこの辺りから出ている。
この端末は、融和派のメンバーとメッセージや通話が出来る他、一定以上の力を持つ世歪生物を探すレーダーにもなり、目的地へのナビゲートもしてくれる。
他にも機能はあるらしいが、今使うのはこれぐらいだろう。ただ、この端末はセキュリティの観点からネットに接続する事が出来ず、融和派以外に連絡を取ることも出来ない。あくまでも仕事用の端末と言うことである。
「はぁ……お前が俺の事を嫌いなのは分かってるが、二人だけのチームなんだぞ?互いに無視し続ける訳にもいかねえだろ?今だけでも協力しないか?な?」
「……っ!君は!本当に愚かだな!」
初日にやりあって以降、一度も黒天に反応を返さなかったルクスが、初めて黒天を真正面から見た。
黒天を見据える瞳は、あのトレーニングルームで見た黒天に価値を見出していない氷の様な瞳とは違い、濁流の様な激情に支配されていた。
今にも感情に任せて斬りかかってきそうなルクスの雰囲気に、若干の恐怖を覚える黒天だが、時香との訓練に比べればこの程度は取り乱す程ではない。
「君は!僕の事!僕の心を!何も分かっていない!何も分かろうとしていない!」
「いや、俺を無視し続けたのはそっちじゃねーか。俺は何度か話しかけたぞ?」
「既に言葉は尽くした。僕と君の道は交わる事はないんだ。何故それが理解できない!」
肩を怒らせて黒天に詰め寄ったルクスが、黒天の胸倉を掴みあげる。
端正に整った顔を歪めたルクスが至近距離で黒天を怒鳴りつけるも、黒天の心にはさほど響いていない。初日の感情を感じさせない表情の方が余程恐ろしく思えていた。
「何度か君に言っただろう?『僕の心は君の存在を赦せない』と。それは今だって変わっていないんだ。君と言う存在を認める事は、僕が僕である限りありえない。本当は直ぐにでも消してしまいたかったんだけど、それはあの子が望まないから……だから僕は、君の存在を無かった事にした。それがお互いのためだからだ」
「互いのためって……それでこんだけストレス貯めてんなら、そりゃ悪手だろうが」
力が入り過ぎて小さく震えているルクスの手を、上から包み込むように握った黒天の手が胸倉から離した。
ルクスは、放置していてもいつか爆発した事だろう。それがたまたま今だっただけだ。このまま、なあなあで流したとしても、それはいつ爆発するか分からない時限爆弾を抱え続ける事になる。今回は真正面から向かってきてくれたが、突然キレて背中を刺されてはたまらない。
そこまで考えた黒天は、ルクスから数歩距離を取ると、拳を握って構えた。
「……なんのつもりだい?」
「ごちゃごちゃ理屈を捏ねるのは性に合わねえんでな。それに、お前も聞く耳は持ってねぇんだろ?」
「……」
「さっさと構えろよイケメン野郎。一度その澄ました顔をぶん殴ってみたかったんだ」
半身に構えたまま左手の指をクイクイと曲げて挑発する黒天に、ルクスも応じて構えを取る。
ルクスの心で澱んでいた行き場のない感情が、目的を与えられた事で消化され、思考は目の前の戦闘だけへと純化していく。
「ふっ。もう忘れたのかい?君は数日前に僕に潰されたばかりだろう?」
「はんっ。俺をその頃と同じだと思うなよ?こちとら毎日死ぬ気で訓練してんだ。いやマジで」
ルクスの瞳に宿った熱量は変わらぬままだが、不穏な色は鳴りを潜めていた。
『死なない程度に殴り合ってガス抜きをする』それが、黒天の考えた結果的に一番安全な方法だ。
またボコボコに、今度は物理的にされるかもしれないが死ぬよりは安い。それに、今回は黒天も黙ってボコられるつもりはなかった。それなりに勝算があったこらこそ、ルクスに勝負を挑んだのだ。
「行くぞイケメン野郎!」
「来なよ。また地面と熱い抱擁をさせてあげよう!」
黒天が一歩を踏み出し、ルクスが応じる構えを取る。
これから始まるのは子供の喧嘩だ。相手が気に入らないからぶん殴る。至極明解で分かりやすい殴り合いが始まる。
「あ゛あ゛?融和派の連中は仲良しこよしの集団ってぇ、聞いてたんだかなぁ?仲間割れかぁ?それともアレかぁ?喧嘩して仲直りして青春ってかぁ?くだらねぇ。実にくだらねぇなぁおい!」
かに思われたが、黒天の拳が振るわれる直前に横槍が入った。
黒天達の傍に上から落ちてきたその男は、腹筋が六つに割れた裸の上半身に、直で黒のレザージャケットを着た凶悪そうな顔の男だ。
前開きのジャケットに隠しきれていない部分から、心臓を中心に刻まれた炎のタトゥーが見えているのも凶悪な印象に拍車をかけている。
だが、黒天達の視線はそんな目立つタトゥーの男よりも、その隣に落ちてきた物へと向けられていた。
そこに居たのは巨大な人型の世歪生物だ。三メートルはありそうな巨体の世歪生物が、タトゥーの男に顔面を青く光る槍で貫かれた状態で地面へと押さえつけられていた。
「ともあれ、獲物が釣れたんならコイツはもう要らねぇなぁ。爆ぜろやぁ!」
「ギァァァァァァァァ!!」
黒天達がタトゥーの男への対応を決めあぐねている間に、タトゥーの男が青く光る槍を捻りながら押し込み、深々と槍を体内に押し込まれた世歪生物が、内側から青い炎を吹き出して爆発した。
「脆い!脆いなぁ。世歪生物はよぉ!こんなん燃やしてもちっとも滾らねぇぜぇ。やっぱ燃やすなら人間に限るよなぁ?テメェらもそう思うだろぉ?なぁ?」
「……君は下がってろ。ここは僕が引き受ける」
「は?何言ってやがる。アイツ見るからにヤベぇじゃねぇか。俺も手を貸すぞ」
タトゥーの男へと向き直ったルクスの横へ、黒天が並ぼうとしたが、ルクスが黒天を手で制して止めさせた。
黒天が足を止めてる間に、ルクスは黒天を背に庇う様に一歩前へと踏み出した。そしてそのまま構えを取る。今度は先程とは違って剣の構えだ。
「けっ。俺様の話はまるっと無視しってかぁ?つれねぇじゃねぇかよぉ。えぇ?」
「―――『美しき光よ。僕に力を貸しておくれ』」
タトゥーの男の戯れ言には耳を貸さず、ルクスが呟くように言葉を紡ぐと、キラキラと美しく輝く光がルクスの周囲へと集まり、そのうちの幾らかがルクスの手の中へと収まり、光の剣を形作った。
「僕らに刃を向けるというのなら、僕が相手になろう!戦う気がないのであれば、今すぐ武器を下ろして欲しい。こちらに交戦の意思はない!」
「おーおー。そっちのパツキンの兄ちゃんはやる気満々だなぁ。喧嘩売りに来た身としちゃぁ、話が早くて助かるぜぇ。……だがな、やり合う前に一つだけ教えてくれねぇか?」
「……なにをだい?」
「てめぇと、てめぇ。どっちが―――」
答える気は無いが敵の目的が分かるのならと、質問を許したルクスに、ルクスの内心はお見通しだと言わんばかりにニヤリと嫌らしく笑ったタトゥーの男は、青い炎で作られた槍の穂先でルクスと黒天を順番に指して、質問を口にした。
「―――『末幸 黒天』って野郎だぁ?」
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