第8話 特訓開始
「俺を鍛えてくれ」
少しでも思いが伝わるように、時香を真っ直ぐに見つめながら黒天は告げる。
黒天が知る限り最強の人物が時香だ。その上、時香は黒天に対して好意的であるし、受けてくれる可能性も高い。仮に断られたとしても、なんとか頼み込んで……。
「うむ。よいぞ」
「って、軽っ!」
覚悟を決めて頼み込んだのに、二つ返事で答えられてずっこける黒天。
確かに受け入れてくれる可能性が高いとは考えていたが、一応理事長なんだよな?仕事を抱えてるはずなんだが……もしかして、仕事してないのか?暇なの?干されてるの?可哀想に……。と、憐憫を瞳に載せて黒天は時香を見る。
「なにやら不愉快な視線を感じるが……わしがぬしを鍛えるのは何もおかしくはなかろう?前も言うたが、わしはぬしに戦力になって欲しい。そこに、ぬしから鍛えてくれと頼まれたのじゃ。断わる理由がどこにある?」
「それはそうなんだが……説得のセリフを色々考えてたのが全部無駄になったと言うか……」
「なんじゃ。頑張って考えてきたから、聞いて欲しいのか?案外かわいいところがあるのぅ」
「うっせぇ。そんなんじゃねーよ」
いっそ、小馬鹿にされればまだマシだったのかもしれないが、時香は本気で年下の子供を慈しむような表情をしており、見た目幼女な時香にそんな表情を向けられた黒天は、異様に恥ずかしくなってしまった。
「ほれ、聞いてやるから言うてみい。ほれほれ」
「……こほん。どういう能力なのかは、まだよくわかってないが、俺にも心歪能力があることは分かったし、世歪生物相手なら今でも能力が発動したら勝てそうだとは思う。でも、俺達の敵は世歪生物だけじゃないんだろ?」
「ほう?面白い推察じゃな。何故そう思うんじゃ?」
「鍵は昨日のトレーニングルームだ。アレはどう見ても対人戦用の訓練施設だった。敵が世歪生物だけならあんな設備は必要ない。違うか?」
「かかか。確かにそうじゃのう。良いぞ。後で説明しようと思っとったが、先に説明してやろう。ワシらの敵対勢力は、大まかに四つある」
「四つもあるのか!?」
ある程度は予測していた黒天だが、文字通り四面楚歌な現状に腰が引け始めていた。
このまま学園に残って力を付けるのが最善だと考えていたが、学園にいた方が危険なのではなかろうか?最低限実力を付けたら逃げだす為の算段を立てなければ。と、半ば本気で考えていた。
「一つは『世歪生物』これはぬしも知っておるな?分類するならモンスターじゃ。
二つは『ハズレモノ』わしらの様に公的機関に所属していない心歪能力者の総称じゃ。己の欲望を満たすためだけに心歪能力を振るう、言わば無法者じゃな。
三つは『過激派』正式名称はもっと長いんじゃが、わしらはそう呼んどる。倫理的な弊害の一切を無視し、心歪能力で得られる利益だけを追求するマッドサイエンティストの集団じゃ。極端な実利主義者とも言えるな。
四つは『否定派』様々な理由で心歪能力者を恨む者が集まり、『正しい世界』とやらを取り戻す為に、心歪能力者と敵対しておる。はっきり言うなら狂信者じゃ」
「待って待って。情報が多い!」
「かかっ。今は全てを理解する必要はない。そう言う敵がおる、とだけ覚えておけ。ついでに言えばわしらは『融和派』じゃ。心歪能力者を保護し、対価を払って『世歪生物』と戦って貰おうと言う組織じゃな。残念ながらこの国では少数派じゃ」
そもそも、協調性がある心歪能力者と言うのは希少だ。全員が心に何かしらの障害を抱えているのだから当然ではあるが。融和派はその希少な心歪能力者を町中でスカウトして戦力としているのだから、規模が小さいのは仕方がない。
「さて、そろそろ行くかの。着いてこい」
「行く?どこに?」
「どこって……なんじゃもう忘れたのか?」
大きな椅子から「よいしょ」っと、飛び降りた時香が、扉へと手をかけながら黒天に呆れた視線を向ける。
「鍛えて欲しいんじゃろ?訓練所へ行くぞ」
そう言って時香は扉を開けた。
◆◆◆
「ここなら良いじゃろう。ほれ、何処からでもかかってこい」
黒天が時香に連れてこられたのは、昨日ルクスにボコボコにされたのとは別の地下室だった。
前回の部屋にあったゴーグルや木刀などの訓練道具は何もなく、ただひたすらにだだっ広い大部屋だ。
「いや、かかってこいと言われても、武器も何も持ってないんだが……」
「なんじゃ。ぬしは武器が欲しいのか?なんのために?」
「なんのためって……」
黒天が思い描く、強くなるためのトレーニングは、木刀を降ったり打ち合ったりするものだったが、どうやら時香がしようとするトレーニングは違うものらしい。
時香も黒天との間に認識のズレがあることを察し、一度構えを解いた。
「幸いにもぬしの能力は攻撃系じゃ。伸ばした三本爪で引き裂けば、世歪生物も人間も関係無く引き裂けるし、牙で噛み付けば食いちぎる事もできよう。武器を持たずとも十分な殺傷力があるのに武器は必要あるまい?」
「言われてみれば確かに……?」
「それに、現代社会で武器なんざ持ち歩ける物でもあるまい。あの金髪の小僧は剣を使うが、アレは能力で剣を作れるからじゃ。敵が現れた時に「武器を取ってくるから待ってくれ」と言って、待ってくれる敵はそうはおらんぞ。時々はおるが」
「時々居る方が驚きだわ」
確かに銃刀法が健在なこの国では、剣を振り回して戦うのは制約が多そうである。無手で戦えるのであればそれに越したことはのいだろう。
「本当は基礎から叩き込みたい所じゃが、短期間で強くなるのが望みのようじゃからな。心歪能力を中心に鍛えるぞ」
「ふんふん。だから「かかってこい」って、言ったわけか。実戦形式で鍛えるわけだな?」
「そうじゃな。一回目は見てなかったが、昨日の暴走は金髪の小僧に負けた後に起きたんじゃろ?なら、まずはそれを再現しようと思っての」
「なるほど。それは効率的……ん?」
「じゃから、構えろ。なに安心するがよい。これは訓練じゃ。……死ぬ一歩手前で許してやるから、の!」
「ッ!?!?」
気づいた時には小さな握りこぶしが眼前にあり、遅れて叩きつけられた拳圧で、黒天は真後ろへと吹き飛ばされた。
「おっと危ない。壁にぶつかると頭が弾けるぞ?」
「がはっ!」
首が引きちぎれるかと思う程の加速で吹き飛んでいた黒天が、急に失速して地面に立たされる。立たせたのは勿論時香で、吹き飛ぶ黒天を追い越して背後から受け止めていた。
「ほれ、ドンドンいくぞ?能力が発動するまで続けるからの!」
「ヒィッ!」
(殺される!)と、黒天が思ったのも仕方がないだろう。確かに時香は手加減をしているし、黒天が死なない様に気を配ってもいるのだろうが、時香がついうっかりしたら黒天がミンチになるのは避けられない。
頭から壁に激突して潰れたトマトになった自分の姿が、脳裏にハッキリと浮かんだ瞬間。黒天の意識は暗転した。
「キハハハハハハハハハ!!」
「うむ。やはり、小僧の禁忌は『恐怖』か『死』。あるいは、それに近しいものじゃな。戦力として使いこなすには手間がかかる系統じゃが……」
「キハァ!」
「おっと」
全身が漆黒に染った黒天が、時香を切り裂こうと伸ばした爪を振り下ろすもスルリと避けられて横を取られる。
「ほれ、ちょっと遊ぼうかの?」
「キハ!?」
横腹をサッカーボールの様に蹴り飛ばされた黒天が、真横に吹っ飛んで壁へと埋まる。
今度は助けに入らなかった時香は、飛んでいった黒天をじっくり観察していた。
「身体能力に、肉体強度に、回復力。およそ全てのパラメーターが強化されるのは良いが、理性無き獣では話にならん。
理性が飛ぶのは恐怖を感じないためか?いや、理性を飛ばして恐怖が消えたなら肉体を強化する必要がない。理性が飛んだ時点で恐怖からの逃避は完了するからの。やはり、特訓の
「キハ、キハハ」
時香が考察を纏めている間に、黒天が壁の穴から這い出てきた。
なんとか立ち上がった黒天は、フラフラとしていて爪も消えてしまっている。
「ん?ぬし……その姿は」
「キハハハハハハハハハ!」
ふらついている黒天を見た時香は、初めはダメージが抜けきっていないからだと考えていた。しかし、すぐにそれが間違いであったことに気づく。黒天は立ち上がっていたのだ。さっきまでは四足で獣の様に戦っていたのに、二足で立ち上がり時香を見据えている。
その手からは、三本ずつ生えていた爪は消え失せているが、代わりに一本の長い棒。まるで木刀の様な形をした漆黒の塊を握りこんでいた。
「その立ち姿……金髪の小僧か?」
「キハァ!」
一息に時香に肉薄した黒天が、漆黒の木刀を振り下ろす。その一撃はいっそ芸術的なまでに美しい一撃だった。
「ふむ。やはりその一撃。アヤツの剣じゃな」
「キハハハハァ!」
黒天が流れる様な連撃を時香に降らせ続けるも、時香は片手だけでその全てを捌いていてく。
一方的でつまらない攻防にも見えるが、時香の顔には楽しげな笑顔が浮かんでいた。もっとも……。
「これは、ちょっとばかし面白くなってきたのぅ」
楽しげな笑顔と言うには少々邪悪な色合いが濃いかもしれないが。
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