第7話 ルクスとの決闘

「学園内にトレーニング施設まであるのか。すげーな」

「対世歪生物様の秘密基地でもあるからね〜。そりゃぁトレーニング施設ぐらいあるよ!あ、一般の生徒には内緒だからね?」


 金髪碧眼のイケメンルクスに、出会い頭で喧嘩を売られた黒天は、少女三人と共にトレーニング施設のある地下の部屋に来ていた。

 これが問答無用の殴り合いであったり、能力有りの殺し合いであればなりふり構わず全力で逃げていた黒天であったが、安全が担保されたトレーニングの一環と言うことで渋々付き合う事にしたのだ。


「ほら、このゴーグルを付けたまえ。僕としては無くても構わないのだが……」

「ダメです。末幸さんは私達の仲間ですよ。仲間同士で傷つけ合う事は許しません」

「……と、知由さんが言うのだから仕方ない。今回は能力も真剣も無しでやろう」


 知由が弟を叱るように人差し指を立ててお説教をし、ルクスは肩を竦めて目を合わせようとしない。それでも言うことは聞く辺り、反抗的という訳でもなさそうである。


「なんか、VRゲームのゴーグルみたいだな」

「だいたい合ってるよ〜。市販のゲーム機よりも、もっと高性能なやつだけどね!」

「(ちょいちょい)」

「ん?どうした結菜?」


 黒天が渡されたゴーグルを弄り回してると、結菜がしゃがんで欲しいと手で示してきた。

 それに応えてしゃがむと、結菜は黒天にゴーグルを付けてくれるようで、黒天の頭を抱え込むようにして後ろでカチャカチャすると、やがて満足したようにニッコリ笑顔になった。


「ありがとな結菜。……それで?この後はどうすんだ?」

「なに、難しい事はないさ。十分距離を取って起動すれば、お互いが近くに立っていると誤認・・する。その状態で剣を交えるだけだよ」

「ふーん……?」


 既にゴーグルを付け終わったルクスが、黒天に説明をしたのだが、黒天はあまりピンと来ていない。

 黒天としては『VRゲームで対戦しよう!』レベルの緩い勝負を期待していたのだが、どうも違うようである。

 正直黒天には恨みも何もないし、むしろ世歪生物が現れた時は守ってもらうつもり満々なので敵対はしたくないのだが、ファーストコンタクトで喧嘩を売られたのではどうしようもない。

 世歪生物との戦闘を見た感じ、能力無しでも黒天に勝ち目はないので、適当に戦って適度に負けるつもりである。


「準備はいいかい?では始めよう」

「おう。さっさとやろうぜ」

「それでは起動しますね」


 訓練用の木刀を二人が装備すると知由が何か装置を弄り、黒天の視界に映っていたゴーグルを付けたルクスが消えて、五メートル程手前にゴーグルを付けていないルクスが現れた。

 二人の装備が同じ事から、ルクスにも黒天が五メートル手前に見えているはずであり、互いが互いの幻影に対して斬りかかれば実際には五メートルの距離を取りながら剣を振り合うことになるだろう。

 当然そんな状況では切り結ぶ事は出来ず、実戦に沿った訓練が出来るとはとても言えないが、安全面には最大限配慮されていると言えるだろう。なにせ首を斬られようが心臓を貫かれようが、斬られているのは幻影に過ぎないのだから。


「先手は君に譲ろう。どこからでもかかってきたまえ」

「そうか?なら遠慮なくッ!」


 右手に装備した木刀をだらりとぶら下げたままのルクスへ、大上段に木刀を振りかぶった黒天が駆け寄る。

 武術を習った事のない黒天にとって、木刀を握ったのも初めてなら、誰かへと凶器を振り下ろした記憶もない。しかし、手加減をする必要がある相手でも状況でもないため、全力でルクスへと木刀を振り下ろした。


「うおおぉぉお!」

「ふっ……甘いよ」


 裂帛の気合と共に木刀を振り下ろした黒天だが、ルクスは一歩横へズレるだけでこの攻撃を回避し、すれ違いざまに黒天の喉元を斬り裂いて行った。


「これで君は一度死んだ。訓練じゃなかったら首が飛んでいたところだよ」

「ッ!……は、はぁ……」


 全身の引き攣るような痙攣と、暴れる心臓を黒天は必死に抑えていた。

 勿論斬りかかってきたのはルクスの幻影であるから、黒天は死ぬどころかかすり傷一つ負うことはない。それは黒天自身も頭では理解している。

 それでも全身から冷や汗が吹き出し、上手く息を吸うことが出来ないのは、先程の経験が余りにもリアルだったから。

 全力で木刀を振り下ろした直後で、身動きの取れない黒天の喉元へと吸い込まれるルクスの木刀。避ける事も出来ず、目を大きく見開いて凶刃を見つめ続ける事しか出来ない時間は、黒天にとって酷く長く感じられた。


「もう分かっただろう?君では僕達に付いてくることは出来ない。手遅れになる前にこの学園から……」

「うるせェ!」


 振り向きざまに木刀を一閃した黒天だが、ルクスはひょいと半歩後ろに下がるだけで太刀筋を見切って避けた。


「おぉぉらァ!!」

「ふっ」


 先程と違うのは、黒天の攻撃がこれで終わりではないこと。ルクスに避けられたのを見た瞬間。否、避けられる事を見越していた黒天は、木刀に急制動をかけて力任せに連撃へと繋げていく。


「チッ!大人しく当たりやがレ!」

「先程より速くはなっているが……」


 後退し、半身になり、跳躍し、時には前進して。ルクスは黒天の連撃を全て見切って躱していく。死に物狂いで剣を振るう黒天と対照的に、余裕すら感じられるルクスの様子はさながら踊っているようである。


「君の剣は美しくない」

「ぐ、ゥ!」


 黒天の突きを半歩ズレて躱したルクスが、カウンターの突きで黒天の心臓を穿つ。

 何度躱されても連撃を続けていた黒天だが、文字通り心臓が止まるような恐怖を感じて剣が止まってしまう。

 直後に気を取り直して剣を真横に振るうが、その時にはもうルクスは退避した後である。


「君に見せてあげよう。本物の連撃の美しさを、ね」

「ッ!」


 一息つく間に、剣の間合いへとルクスが踏み込んだ。

 掲げられたルクスの木刀が自分の身体を両断する姿を幻視した黒天は必死になって飛び退こうとするが、緩やかに軌道を変えながらルクスの振るう剣は黒天の動きに付いてくる。


「ほらほら、今度は君が踊る番だよ?」

「くっ、そっ、ガァァァァァァ」


 どれだけ避けてもピッタリついてくるルクスの剣は、黒天にとって恐怖でしかなかった。

 両手首を。両足首を。肘を膝を肩を腰を。全身の関節を砕いたら、両目を喉を心臓を脳を。人体の急所を順番に突き壊していく。

 力任せに木刀を振るっていた黒天とは違い、ルクスの剣は止まらずに流れる。型が決まっている舞を踊るように、逃げ場を潰して追い詰めて壊していく。

 軽く振るっている様に見える木刀は、しかし黒天と違いかった。実戦を経験し、命のやり取りを生き残った重みがその剣には宿っていた。


「はぁ、はぁ……。参った。降参だ……」


 とはいえ、トレーニングはトレーニングである。何度も致死の攻撃を受け、それでも無傷である事に慣れてきた黒天は、死の緊張感が次第に薄れていき、プッツリと切れた瞬間にその場に崩れ落ちた。

 途中で熱くなってしまったが、ルクスに負けるのは予定調和である。負けたところで黒天に失う物はないし、黒天をボコボコにしたことで、ルクスの溜飲も多少は下がるだろう。


「やっぱ強えなぁ、お前。最初から分かってた事ではあるが」

「……それで?僕と君の力の差は理解出来ただろう?君にこの学園は相応しくない。今すぐ立ち去るなら……」

「あっ、ごめん。それは無理だわ」


 そもそも黒天が望んでこの学園に来た訳ではなく、時香に半ば無理やり連れて来られたのだが……問題点はそこでは無い。


「俺はもう知ってしまったからな。巨大な《ヤミ》……じゃなくて《世歪生物》か。アレが人を襲うことを。そして、襲われれば俺には対抗する術もなく殺されるしかないことを。死にたくなければこの学園の関係者を頼るしかないだろ?だから、今はここを去る訳にはいかないんだわ」

「そうか……ならば仕方ないね。殺そう」

「は……?」


 あまりにも自然に告げられたその言葉を、黒天は一瞬理解することが出来なかった。

 黒天に出来たことは、地面に座り込こんだまま、ポカンと口を開ける事だけである。


「何を驚くことがあるんだい?僕は最初に言っただろう?『僕の心は君の存在を赦せない』と。それだけで納得は出来ないだろうから、こうして僕らとの違いを教えて、説得もした。それでも君は僕の提案を拒んだ」


 既に木刀からも手を放し、戦う気力が残っていない黒天へとルクスはゆっくり近づいていく。

 ルクスは黒天を見下す様子も嫌っている様子も、未だに一度も見せていない。ほんのりと微笑みを浮かべた貴公子のような美しい表情のまま、言葉を紡いでいく。


「言葉で説得しても、決闘で勝敗をつけても、それでも二人の主張がぶつかるのならば……」


 初めてルクスと向き合った廊下で、黒天はルクスの瞳を『宝石の様に美しい碧色』だと感じた。しかし、今自分を見下ろしているルクスの瞳からは違う印象を受けた。すなわち……。


「もう殺し合うしかないだろう?」


『氷の様に冷たい碧色』だと。


「キヒッ。キハハハハハハハハ!!!」


 目の前で立ち止まったルクスと目があった瞬間。黒天の理性は吹き飛んだ。その目は黒天を見ていながら『黒天』と言う人物を見てはいなかった。まるで、路傍の石か地を這う虫を見るように、『黒天』と言う個人に価値を見出していない目だ。

 何度致命傷を受けても傷つかないと言う、黒天の心を守っていた安全装置は木端微塵に砕け散っていた。

 何故なら、先程まで安全だったのはトレーニングだったからだ。双方の合意の上で怪我をしないようにルールを決めて、それを守っていたからこそ無傷だったのである。片方がルールを破ってしまえば、後は普通の殺し合いだ。


「それが君の心歪能力か。まったく、つくづく期待を裏切らない男だね。君は」

「キハハハハッ!」


 黒天の全身が黒く染まり、目が赤く輝く。

 座り込んでいた体勢から四つん這いとなり、手足から伸びた漆黒の爪が床を強く捉えた。

 暴走した黒天に狙われているルクスは、それでも余裕の態度を崩さない。絵になる姿でやれやれと肩を竦めている程だ。


「キハァッ!」


 四肢に力を込めた黒天は、余裕を見せているルクスの首元へと飛びかかる……をした直後に、ルクスの背後へと回り込んだ。そのままルクスの背後を。幻影ではない、本当のルクスが居るはずの場所を切り裂く為に三本の爪を伸ばし……。


「本当に君は―――『美しくない』ね」

「キ……ハ……?」


 直後『パリン』とガラスが割れるような音が響き、黒く染まっていた黒天の体が元へと戻る。暴走を解除された黒天は、意識を失った状態で頭から床へと激突した。


  ◆◆◆


「それで?報告を聞こうかの」


 せっかく治療室を出た黒天が、直ぐにトンボ帰りする事になった次の日。理事長室内で明らかに大きすぎる椅子に腰掛けた時香が、携帯端末へと声をかけている。


『新たな心歪能力者である『末幸 黒天』ですが、調査したところ、如何なる公的文書にも彼の両親の存在は認められませんでした』

。なるほどの。それで?小僧の能力に関係しそうな情報はあったか?」

『一つだけ。五年前に発生した海難事故。その生存者の中に『末幸 黒天』の名がありました』

「五年前……じゃと?」


 通信相手の女性が語る報告を冷静に聞いていた時香だが、五年前と言う単語に反応して片方の眉を釣り上げる。

 しばし唇に指を当てて何かを思案している時香であったが、理事長室に響いたノックの音で思考を切り上げた。


「小僧の過去はもう少し調べておいてくれ。そうじゃ、追加で三本爪の狼についても調べてくれんか?わしの勘じゃが、何か関係ありそうじゃ」

『三本爪の……?かしこまりました。それでは失礼します』

「アヤツにも一度顔を出すように言っといてくれの。でわの」


 通信を終えた時香は一度咳払いをしてから、扉の向こうの訪問者に「入ってよいぞ」と告げた。理事長室の扉が開くと、額に包帯を巻いた黒天が部屋の中に入ってきた。


「……理事長に一つ頼みがあってきた」

「ほう?金髪の小僧に潰されたと聞いておったから、凹んでおるかと思ったが存外元気じゃのう?」

「そりゃ逆だ。むしろ凹んでる暇も、腐ってる暇もないって教えられたんだ」

「ほぅ……?」


 そこで時香は、初めて黒天の目を正面から見据えた。世歪生物を倒しに行った時には残っていた楽観が完全に消えていた。

 世歪生物やルクスとの戦いを経て、黒天の中で何かが変わった。それを敏感に感じ取った時香は、少しだけ本腰を入れて黒天の『頼み』を聞く事にした。


「このままじゃダメなんだ。今の俺じゃ生き残れない。だから―――俺を鍛えてくれ」


 黒天の心からの願いを受け止めた時香は……ニヤリと口の端を歪めて笑った。

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