第6話 クラスメイト
「知らない天井だ……」
目を覚ました時、黒天は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
ベッドから身を起こすと病院の様に真っ白なカーテンで仕切られた個室のようで、カーテンの外の様子は黒天には分からない。
「お、俺の鞄じゃん」
ベッドの脇に置かれていた椅子の上には黒天が学園へと持ってきた鞄が置いてあった。時香に窓の外へとぶん投げられて以降行方知らずになっていたのだが、無事に発見されたようである。
また、ベッドから降りた黒天は服を着替えさせられている事に気がついた。
どこかで見たことがあるような服……『ピカピカ光っとる奴』が着ていたのと同じ制服だ。
「っ!頭が……」
元々着ていた服はどうなったのかを思い出そうとした黒天の脳裏に、暴走してからの記憶が一気に流れ込んできた。
心歪能力に飲み込まれて理性を失った黒天が、捨て身の攻撃で《獣形》を退け、時香に潰されるまでの記憶だ。
時香が止めてくれた事から、現在地は学園のどこか。恐らく保健室の様な場所だろうと黒天は推測した。
「気が付かれましたか?」
黒天が現状の整理をしていると、カーテンが開いて一人の少女が入ってきた。
少女は制服の上から羽織るように前を開けて白衣を着ており、銀の髪を腰まで流している。白衣を着ているので医者の様に見えるが、見方によってはシスターにも見えるのは、少女が聖母の様な慈愛に満ちた表情をしており、先程祈りを捧げていた姿を見ていたためであろう。
「でっか……」
「?」
「あ、いえ、なんでもないです」
……黒天は少女の服装にも表情にも注目していなかったようだが。
驚きの吸引力で黒天の視線を吸い寄せた少女の胸部は、制服を大きく変形させるほどたわわに実っており、少女が白衣の前を閉めていない理由が、胸が大きすぎるからでは無いかと邪推してしまうほどである。
「お、目が覚めたんだ〜。よかったよかった!」
「……(コクコク)」
黒天が一人で気まずい思いをしていると、開いたカーテンから更に二人の少女が顔を覗かせた。赤髪でスカーフをしている少女と、青髪で兎のぬいぐるみを抱えている小柄な少女である。
「いや〜。『ちゆっち』は大丈夫って言ってたけど、死んだように眠ってるからさ〜。もしかしたら目を覚まさないかも!?って、心配してたんだよ〜。ちゃんと起きれてよかったよかった」
「こーら。『
「(コクコク)」
「あはは〜。ごめんごめん。気を悪くしないでね?別に死んで欲しかった訳じゃなくて、ちゃんと心配してたんだよ〜」
「あ、うん。それは別にいいんだが……」
『起きなければよかったのに』と言う皮肉を遠回りに言った訳ではないと主張する赤髪の少女だが、そもそも黒天は少女の発言が皮肉にも取れる事に気付いていなかったので、サッパリ気にしていなかった。
そんなことよりも黒天は、少女が二人増えた事で一気に賑やかになった病室の空気に付いていけず、目をパチクリさせていた。
女三人寄れば姦しいとは言うが、三人の内一人が無口でも成り立つようである。一人で二人分喋ってる少女がいるので、バランスが取れてると言う見方も出来るが。
「あ、ごめんね〜。私達ばっかり話しちゃって。まだ自己紹介もしてなかったよね?私の名前は『
「お、おぅ……よろしく」
「よろしくねっ!」と、一方的に黒天の手を握ってブンブン振る、赤髪スカーフの少女、改め陽彩。
陽彩は袖を捲り上げていてスカートも短く、肌の露出が多い格好をしているが、扇情的ではなく健康的なイメージを相手に与えるのは、陽彩の明るい性格のおかげだろう。
トレードマークの赤いスカーフは相当使い込まれているようで、あちこちに傷がついており、破れてしまっている箇所もある。それでも使い続けている辺り、相当思い入れのある品なのであろう。
すごい勢いで距離を詰めてくる陽彩に困惑を隠せない黒天だが、嫌と言う程ではないため好きにさせていると、すぐに手を離した陽彩が、今度は青髪の少女を黒天の前へと連れてきた。
「この子は『ゆいゆい』!私の友達で、ぬいぐるみが大好きなんだよ!無口な子だけど、人見知りな訳じゃないから仲良くしてあげてね?」
「もぅ。蒲澄さん?ゆいゆいじゃ誰のことか分かりませんよ?ちゃんと『
「(ペコリ)」
「これはどうもご丁寧に」
二人に紹介された結菜は、黒天にお辞儀をした後興味深そうに黒天の表情を見つめてニコニコしている。
結菜は陽彩とは対照的に、露出が極端に少ない服装をしている。小柄な体にワンサイズ大きな服を着ており、上着の袖は指の先まですっぽりと覆うほど長く、チラリと見えた手にも手袋をしている。スカートも膝よりもだいぶ長く、肌が透けないストッキングを履いていて、首から下は一切肌が露出していない。
無口な子は内向的であったり人見知りである事が多いが、結菜には当てはまらないようで、初対面の黒天にも恥ずかしがることなく接している。ともすれば、人懐っこい性格にも感じられる程である。
しかし、事前に時香からコミュニケーションを焦るなとアドバイスされていた黒天は、自分から近づく事は控えようとは思っている。
「次は私ですね。私の名前は『
「ん?あー。その時はよろしく頼むわ……」
一瞬『なんでも』と言う発言に食いつきかけた黒天だが、聖女の様に柔らかく微笑む知由にその先を言うのは、はばかられた。
それに、冗談で流してくれればいいが、仮に本気で肯定されたら反応に困るし、他二人の少女からの好感度は激減するだろう。そして、その確率はそこそこ高そうに見えた。
「最後は俺だな。俺の名前は『
そう言って、ベットに座ったまま頭を下げる黒天。
少女達は黒天と同年代に見えるが、心歪能力者としては先輩であるし、丁寧さを心がけて挨拶をした。第一印象はコミュニケーションをとる上で重要である。……第一印象は、時香にノされて伸びている時だったので、既に手遅れな感はあるが。
「はい。これからよろしくお願いしますね。末幸さん」
「(コクコク)」
「『こくっち』……『てんてん』……んー。とりあえず『こーくん』って呼ぼうかな。私の事は陽彩って呼んでね!敬語も要らないから、仲良くしよ!」
「りょーかい。こっちこそ頼むわ、陽彩」
「(クイックイッ)」
「ん?薫衣さん?どうかした?」
「(フルフル)」
唐突に結菜に袖を引っ張られた黒天が、何かあったのかと尋ねるも、結菜は左右に首を降った後にじっと黒天を見つめるばかりで、イマイチ意図が伝わらない。
困った黒天が残りの二人へと視線を向けると、早速頼られて嬉しそうな知由が口を開いた。
「薫衣さんは何かが不満みたいですわね。可愛らしくほっぺたが膨れてますわ」
「(コクコク)」
そう言われた黒天がよくよく見てみたら、確かに頬が微妙に膨れていて、唇が不満げに突き出されている。どちらかと言えば、可愛らしさやあざとさが目立つ仕草だが、本人は真面目に不満を表現しようとしているところが微笑ましい。
結菜も肯定しているし、何かしら黒天に不満を持っているのは確かなようだが、黒天には思い当たる事が何もなかった。
「たぶんアレだよね〜。こーくんの喋り方が不満なんだと思うよ?ちゆっちは敬語がデフォルトだからいいけど、こーくんはそうじゃなさそうだもん」
「(コクコク!)」
「ほらね〜。とりあえず『薫衣さん』は固いからなし!『結菜』って呼ぼう!後は敬語もなしね。私達は、みんな仲良くがもっとーのクラスだから!」
「あらあら。そういう事なら、私の事も『知由』って呼んでくださいね。仲間はずれは寂しいですから」
「結菜と知由ね。分かった。そう呼ばせてもらうわ」
「(ニコニコ)」
同年代の女子三人を初対面で名前呼びするのは。黒天には少々難易度が高かったが、向こうからお願いされては仕方がない。黒天としても、四人しかいないクラスメイトと仲良くなるのは良いことであるし、それを抜きにしても三人とも系統は違うが美少女と呼んで過言ではない優れた容姿をしており、彼女らと親しくできるのは個人的にも嬉しい黒天である。
「『とっきー』に聞いたんだけど、こーくんは今日から学園に通うんだよね?後で学園の設備を案内してあげるね〜。もうすっごいのが色々あるんだから!」
「ちなみに、とっきーと言うのは『
「あー。あの人か。そうそう。あの人にほぼ強制的にこの学園に入らされたんだよね。それも昨日の事だから、俺は学園の事も心歪能力の事も殆ど何も知らないんだよね」
思い返してみれば、状況に流され続けてこの場まで来た黒天は、時香に伝えられた断片的な情報を知っているだけで、自分の知識として情報を飲み込んだり、納得したりを殆ど出来ていない。昨日までの日常とは比べ物にならないほどのペースで状況が動き続けているので、仕方なくはあるが。
「あっちゃ〜。とっきーはマイペースだからな〜。しかも、結末ありきで話をするから、最後まで聞かないと訳わかんないんだよね〜。こっちの話もあんまり聞かないし……いや、凄い人ではあるんだけどね?」
「(コクコク)」
「あらまぁ……本当に昨日の今日で、ここに連れてこられたんですか?ご両親や学校の方は大丈夫なのかしら……」
「いや、俺は元々高校には行ってないし、両親も居なくて一人暮らしだから、その辺は何とでもなるんだけど……」
(あ、やべっ)と、黒天が思った時には既に遅く、先程までテンションが高かった陽彩までが、落ち込んだ様子でテンションを落としてしまった。黒天としては、両親が亡くなったのは昔のことなので、もう折り合いがついているものの、初対面の相手にする類の話ではなかったと反省するばかりである。どうも、思ったよりも自分が歓迎されていたおかげで気が緩んでいたようだ。
「いや、事故があったのも五年以上前だし、もう気にしてないって言うか……」
「それは違います!」
「えぇ……」
お通夜空気を払拭しようと、軽い調子でフォローを入れた黒天だが、知由に力強く否定されてしまった。
「例えどれだけ時間が経とうと、心に負った傷は消えはしません。他ならぬ私達だけは、その事をよく分かっています」
「(ギュッ)」
「お、おう。そうだな……」
黒天としては本気で過去の出来事として心の整理はついているのだが、知由に力説されて結菜に手を握って励まされては否定するのも難しい。これ以上否定しても謙遜と思われそうだし、黒天はスッパリと話題を変える事にした。
「ところで、クラスメイトはもう一人居たよな?金髪の男子。アイツにも挨拶しときたいんだけど……」
「あぁ、『るっくん』なら廊下で待ってるって言ってたよ?」
「『ルクス』さん。でしょ?挨拶は確かに大切ですが……気を付けてくださいね?」
「ん?よくわかんないけど、りょうかーい。ちょっと行ってくるわ」
知由が気になる事を言っていたが、この場の居心地が悪かった黒天は、ベッドを降りて部屋の外に出た。
「来たね……」
そして探し人は容易に見つかった。廊下の反対側で壁にもたれかかって居た輝く金髪の少年は、黒天が廊下へと出てくると宝石の様に美しい
アニメでしか見たことがないような、本物の金髪碧眼のイケメンである。絵に書いた様に整った容姿の少年に、黒天は感動して少年の顔を見つめた。ここまで飛び抜けてイケメンだと、嫉妬すらしないんだなぁと、黒天は呑気に構えている。
「僕。『ルクス・クレマチス』は、君に決闘を申し込む」
「はぁ……?」
そして、唐突に宣戦布告をされた。黒天は、状況の処理が追いつかずにポカンとしながらルクスを見つめることしか出来ない。
「君に恨みがある訳ではないが……僕の心は君の存在を赦せないんだ。すまないね」
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