第3話 人生初のプロポーズ

「ぬしには今日からこの学園に通ってもらうと言ったんじゃ。細かい手続きは後に回すとして、まずはわしの部屋へ向かうぞ。スリッパはあそこじゃ」

「いや、流石にスルーできないと言うか、なんで!?俺が心歪能力者だからか?」

「他にも理由はあるが……一番大きな理由は、そうじゃな。何か不満でもあるのか?」

「不満と言うか……自分が心歪能力者だってことも、イマイチ納得してないんだが……」


 時香が心歪能力者なのは納得できる。明らかに人外のスペックを持っているのだから、凄く分かりやすい。

 だが、それに比べて黒天はどうか。瞬間移動も、大地を割る踏み込みも、手から出る炎も、目からビームも、変身能力も持っていない。分かりやすさで言えば、皆無に等しいだろう。


「自覚が無いのは、なにも珍しい事ではないぞ。心歪能力が発現するほどの心的外傷トラウマなら、その記憶を封印してしまうのはよくある事じゃ。

 それに、能力が発現していても気付かぬ事も多い。例えば、溺れた事が原因で水恐怖症になり、絶対溺れない能力を得た者が居るとしよう。

 この能力の存在を知るのは簡単じゃ。水に潜れば良い。じゃが、水恐怖症の者が進んで水に潜ると思うか?普通は全力で避けるじゃろう。そして、心歪能力者としての自覚なく、変わらぬ日々を過ごすのじゃ。本人に自覚が無い以上、こちらから見つけるのも難しいしのぅ」

「なら、俺はなんで……《ヤミ》が見えるからか」

「昨日ぬしが『落とされ』かけ、わしが倒した奴の事を言うておるなら、それで合っとる。わしらは、アレを《世歪生物よわいせいぶつ》と呼んでおるがの」

「弱い生物?」

「違う違う。界のみが産んだ生物で、《世歪生物》じゃ」


 由来を聞いた後なら、まだ納得できるネーミングだが、黒天は一瞬、(弱い生物にすら負ける俺ってクソザコナメクジなんじゃ……)と、考えていた。直後に、あの巨大饅頭は弱い生物の中でも強い方だったから仕方ないと開き直ったが。


「世界の歪みについては追い追い話すとしてじゃ。わしがぬしに求める仕事は、この世歪生物を駆除するための戦力じゃ」

「戦力?俺が?」


 時香の話を聞いていた黒天は、胡散臭そうな顔を隠しもせずに聞き返していた。

 なにせ、黒天は時香が一撃で倒した相手に、手も足も出なかったばかりである。これで、戦力として求められていると言われても、肉盾ぐらいにしかなりそうにない。どうせ持っていくのなら鉄の盾の方がマシだろう。少なくとも足を引っ張る事はないのだから。


「さっきも言うたが、自覚が無い者も合わせれば心歪能力者は沢山おる。じゃが、その中で《世歪生物》を見ることが出来る者となると、ほんの一握りじゃ。そして、その一握りは強力な能力者である者が多い。故に―――」


 話しながらもずっと進めていた足を止め、時香は真剣な表情で黒天を見上げる。

 幼い外見に似合わない重さ・・を、その表情から感じ取った黒天は、吸い寄せられるように、時香と視線を合わせる。


「―――わしはぬしが欲しい」

「―――っ!」


 それは、黒天が初めて受けたプロポーズであった。

 他の誰かではなく、黒天が欲しい。真摯に真っ直ぐに伝えられたその言葉は、能力を評価されているだけで、恋愛感情を一切含まないと分かっていても、黒天の心を震わせるには十分な威力があった。


「……ふぅ。危ない所だった。俺が幼女好きのロリコンだったら、思わず抱きしめる所だったぜ」

「ぬかせ小僧。その時は返り討ちじゃ」


「試してみるか?」と、小さな拳を握った時香に、肩を竦めることで答える黒天。

 実力差では時香の足元にも及ばないと、黒天はちゃんと理解していた。そして、いつか一泡吹かせてみせるとも、今は思えるようになっていた。


 ジリリリリリリリリッ!


「ちっ。《世歪生物》が出おったな。せっかくわしの部屋の前まで来たと言うのに、間が悪い奴らめ」


 時香が左手に付けていた腕時計型の携帯端末から、突如アラームが鳴り響き、端末の表示を見た時香が嫌そうに顔を顰める。

 時香が端末を操作すると、すぐにアラームが止まったが、不測の自体が起きたことは、説明されるまでもなく、黒天にも分かっていた。


「わしの部屋の前……?」


 しかし黒天は、時香に何らかのリアクションを起こすことをせず、ポカンと目の前の扉を眺めていた。

 廊下の反対側が窓であるから、この扉の向こうが時香の部屋なのだろうが、室名札に書いてある部屋の名前が少々予想外だったからである。


「仕方ない。説明の途中じゃが、先に現場を見に行く事にするぞ。ぬしのクラスメイトも向かっておるでな。見ておいて損はなかろう」


 黒天の様子を一切気にしない時香は、無造作に窓を開けると窓枠の上に飛び乗った。


「手を出せ。わしが運んでやる」

「……いや、ここ三階なんだが」


 階段を二回上ったので、間違いなく三階である。窓の外へ一歩踏み出せば、最悪死ぬだろう。時香は問題無さそうではあるが。


「いいから来るのじゃっ!」

「いやっ!死ぬ!三階は普通に死ぬぅぅぅぅ!!」


 青ざめた顔で逃げたそうとする黒天。しかし、一瞬で距離を詰めた時香に襟首を捕まれ、空いた窓から外へと放り投げられた。


―――あれ、これホントに死ぬやつじゃね?


 命綱もパラシュートも着けずに空を飛ぶ黒天が、死の疑惑を確信に変えるよりも早く、黒天が飛び出した窓から出てきた時香が、窓枠にしがみつきながら窓を閉め、壁を蹴り砕いて黒天へと跳んできた。当然、せっかく閉めた窓ガラスも衝撃で粉々である。


「よっと。捕まえたのじゃ。では、このまま現場まで跳んで向かうぞ」

「いや、死ぬって!これはマジで死ぬって!!」

「アホぉ。そんなヘマをわしがする訳なかろう。むしろ、ぬしが舌を噛むんで死ぬ方が確率は高いと思うぞ?」

「むぐぅ!」


 必死で時香にしがみつきながら、舌を噛まないように歯を食いしばる黒天。

 見るからに無様な有様だが、黒天にとって、プライドよりも命の方が遥かに大切なので仕方がない。


「んー!んんー!!」

「なんじゃ?もっと急げとな?良いじゃろう!ぬしが耐えられるギリギリの速度で向かうとしよう!気絶するなよ?わしから手を離せば真っ逆さまじゃからな!」

「んー!!!」


 楽しげな時香の声と黒天の悲鳴が、尾を引きながら学園から離れていく。

 先程まで黒天達が居た廊下には、時香が踏み切りで蹴り砕いた壁の欠片と割れた窓ガラスが散乱していた。

 その瓦礫の中に、一つだけ文字が書かれているプレートが落ちている。時香が蹴り砕いた壁の欠片が偶然当たって床に落ちた、時香の部屋の名前が書いてある室名札にはこう書かれていた。


―――『理事長室』と。

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