▲▲つ14っ! そうだ、こうざんにいこうっ

 翌朝。

 「?」

 ゴソゴソと物音で目を覚ましたら、軋む天井がまず目についた。

 何だろうかと周りを見渡すと、アビーがいないことに気づく。

 この家にある跳ね階段が下りている。

 どうやら、アビーが上にいて、何か探しているようで。

 俺は起き上がったなら、猫のように伸びをして、そっと近寄って。

 見れば、その通りであり、アビーの後ろ姿が見えた。

 「おはようアビー。」

 俺は朝の挨拶を一つ、彼女の背に向かって掛けた。

 「!あ、大和ちゃん、おはよう!!」

 俺の方に振り返ったなら、元気いっぱいの笑顔を向けて、返してきた。

 「……朝から何してるの?」

 今気になったことを聞いてみる。

 「んとね、準備。今日行く所で必要だから。」

 「準備?」

 「そう。準備。腰に付けるポシェットだっけ?とか、あと、保護具とか。」

 「……?」

 聞くと、何やら物騒な予感がしてきた。最後、保護具とか言ってたよね?

 「ええと、どこへ行くの?」

 続けることには。

 「〝鉱山〟だよ。ほら、色々な石とか採る所。」

 アビーの回答。

 「はぁ……。」

 場所は分かったが、何だか釈然としない。

 なぜ、鉱山に行く?

 なぜ、唐突に?

 「なぜ?」

 「スフィアの原石を採るのっ!」

 「……?」

 アビーは目的を言ったが、しかし、腑に落ちない。

 「ほらっ!マフィンちゃんに言われたこと。」

 「あ~……。」

 続けられたことに、やっとピンときた。

 マフィンに言われたこと、それは、俺のために作ってくれた服のために。

 彼女にスフィアを、あるいはその原石を持ってくることだ。

 対価ほどではないが、頼み事。

 「……確かに。だが、急だな。」

 目的は分かったが、急すぎないだろうか、また疑問だ。

 「う~ん。そうなんだけどね、今の内に体を慣らしておこうかなって。」 

 「……慣らす?」

 「そう。もし、スフィア狩りに行ったら、素早く動けるように。」

 「へぇ……。」

 その理由、肩慣らしのようで。彼女らしからぬ、緊張した顔だ。

 昨日言っていた、スフィア狩りのこと、思い返す。

 そこには、放火飛び交う戦場が付いて回るのだ。

 「……慣らさないといけないほど、なんだ……。」 

 こちらも、その凄惨たる光景を想像し、緊張気味にぽつりと呟いた。

 「うん。……怪我しちゃう子もいたり、……危険なんだ……。」

 合わせて続けるアビー、らしくないほど、緊張していた。

 だが。

 「……ううん。緊張しているだけじゃだめだね。よぅし、頑張るぞー!」

 最後は明るいアビーに戻って、らしく、元気を込めて拳を握った。


 俺も服を整えて、バックパックを背負ったら、出掛ける準備が完了する。

 今日は鉱山だ。 

 戸を開けたなら、外の世界へ。

 景色はしかし、アビーが緊張しているのとは裏腹の、麗らかで長閑な風景。

 この間と、何一つ変わらない。

 ……昨日聞いた話から。

 山を越えた遥か先で、戦があるなんて思いもしない、感じさせない。

 「……。」

 アビーが飛び跳ねながら、先導する。いつもの様子。

 「っと!今日は長いかもしれない!」

 「?」

 ふと立ち止まったなら、振り返る。何か思いついたような顔をしていた。

 俺は何を思いついたのか、首を傾げて伺う。

 「お昼、持って行こうかな!鉱山だと、食べられる物がないから。」

 「へぇ。……で、宛てはあるの?エルザおばさんに頼む?」

 「ん~ん。別の場所。パン屋さん。」

 途中、何か買って行こうという算段のようで。聞くに、どうやらパン屋らしい。

 流石に、何度もエルザおばさんに頼むのも、何だか気が引けてきそうだ。

 その代わりとして、どうやらパン屋があるようで。

 「パン屋?」

 聞いてみた。

 「うん。町の方から来ているヒトみたいで、ここまで移動販売しに来ているんだって。ちなみに、動物が好きみたいで、だから、ここまで、長い道でもくるんだよ。」

 「へぇ。……ん、ヒト?」

 「うん。ヒト。〝普通の人〟。ちょっとややこしいけど、ええと、他に動物の特性を入れていない人って言えば分かる?」

 「……何となくは。」

 その人は、ただの人らしく。

 つまり、アビーみたいに他の動物の耳を生やしていない、存在?らしい。

 ……というか。

 俺の前世がまさしくそういう姿だったのだから、違和感があるわけがない。

 また、どうやらその人は、動物好きな様子で。

 どんな人なのかという、興味も湧いてきた。

 「今日もいるかなぁ……。村の入り口まで行ってみよう!」

 「ああ。」 

 目的地は元より、まずはそこへ向かう。

 アビーはウキウキとした様子で言ってきた。

 俺は頷き、彼女の後をついて行く。


 村の入り口まで来たら、大きなワゴンタイプの車が停まっていて。

 折り畳み式のテーブルを傍に付けて、小さな露店を開いていた。

 「あったー!来てたー!」

 アビーの喜びようから、ここ、この車の露店らしい。

 方や俺は、その車をまじまじと見つめていた。

 きちんとしたゴムのタイヤ。

 アルミフレームの上から、膜を張るように塗装された車体。

 間違いない、俺が知ったる、〝車〟だ。

 この長閑な村には不釣り合いだが。

 何だかようやく、文明の利器という物に出会え、変な安心感が出てきた。

 「くーださーいなっ!」

 スキップしながらアビーは、その車に近づいていく。

 「!いらっしゃい!」

 気づいた誰かが、ぬっと車の中から顔を出し、挨拶をする。

 壮年の男の人のようだ。

 アビーの言った通り、〝普通の人〟だ。

 他の動物の耳を生やしておらず、普通の人間の耳が、その頭の左右に生えていた。

 ここ数日?そのような人間を見ていなかったために、新鮮さも感じる。

 「どれにするかい?お嬢ちゃん。」

 「ええと、これとこれと、これとこれ!」 

 「はいよっ!お代は……。」

 「これでいい?お釣りはいらないから。」

 「!」

 つい見とれていたら、アビーは買い物を進めていて。

 ウキウキした気分で買い物していて、最後。

 スフィアをスカートのポケットから出したなら、お代として渡した。

 気付いた俺は、ぎょっとする。

 スフィアと言えば、大変大切な物のはずなのに。

 それを何の躊躇いなく取り出して、渡したその行動は、俺を驚かせた。

 「いいのかい?!これ一つで、結構買えるぞ?!」

 「いいのっ?!」

 つい出た言葉は、店主の人と被ってしまう。

 「いいのっ!おじさん、いつも大変でしょ?だからっ!」

 「……まあ、そりゃぁ、嬉しいけどな……。」

 アビーは気前よく言い放った。

 言われた店主のおじさんは、複雑そうな顔をしている。

 俺はまだ、その意図が分からないままであり。

 店主と俺の顔は晴れないまま、アビーは手渡される沢山のパンを抱えて。 

 「えへへ~。いただきます!」

 「あ、ありがとうよ!お嬢ちゃん!」

 「ええと、ありがとうございます。」

 にっこりと微笑み、小さく手を振った。

 店主は驚きを隠せないままでも、応じて手を振って、お礼を述べる。

 俺もまた、同じように頭を下げた。

 アビーは、来た時と同じテンションで、店を後にし俺も追従する。

 その道中で俺は、聞いてみた。

 「いいのか?スフィアって大事な物だろう?」

 と。

 「ん?いいの。使い込んだ物じゃなくて、余っている物だから。そうしたら、その人も幸せになれるかなって。」

 「……はぁ。」

 回答として、余っているスフィアを渡したらしい。

 つまり、この前見せた、彼女のスフィアではない。

 だが、だからと言って、気軽に渡していい物かと思ってしまう。

 「気軽に渡していたけど、その、大丈夫なの?何か、色々、例えば、何か他の支払いとかに使う予定だったとか何とか。」

 その疑問、続ける。

 脳裏には、他に支払うべきものがあったら。

 何だかそう、お金の支払に滞りそうな気がして。

 「ん~。そういうのじゃないなぁ。だって今日、鉱山に行くんだったら、それだけで十分だし。」

 「……なるほど……か?」

 失っても困らないその理由、それは今日鉱山に行くから。

 スフィアの原石が手に入るから、であると。

 考え込むような姿をしながら彼女は答える。

 聞いていた俺は、引っ掛かる感じはするものの。

 納得はしたが、曖昧と複雑に首を傾げる。


 アビーと歩いていく内に、山を越えて。

 クレーター状の谷が見下せる場所に着いた。

 「……?」

 その不思議な地形に、興味を抱いていたら、アビーが立ち止まり。

 体を伸ばし始める。さながら、ここで何かするかのような、準備運動のようで。

 「よぅし!鉱山に行く前に、軽い準備運動だー!」 

 「?」

 その通りであり、アビーは気合を入れていた。

 置いてきぼりの俺は、ただ首を傾げるだけで。

 準備運動し終えたアビーは、シャドーボクシングをし始める。

 慣れているようで、空を切る音は鋭い。

 「むふふっ!今日も絶好調っ!」

 一人で満足そうに言っては、いつもの笑顔で笑った。

 「ええと、じょ、上手だね……。」

 俺は、呆然としつつも、褒めてみる。

 ただ、あまり格闘技への造詣がない俺が、評価しようにも難がある……。

 「ふふんっ!これはまだまだだよ。これからが、すごいんだよっ!」

 「……へぇ……。」 

 まだ何かあるらしい。

 続けたならアビーは、ポケットからスフィアを取り出して、輝かせる。

 それを自分の胸の谷間に入れたなら、彼女自身も輝いて見えるようになる。

 一昨日に見せたものだ。気が集中して、風まで彼女を中心にして巻き上がる。

 「これが、すごいんだよっ!えいっ!」

 言ったなら、地面を蹴って跳躍する。

 「!」

 その跳躍は、人間のそれを遥かに超えているものだった。俺は思わず息を呑む。

 落下しながら、アビーは両腕を広げ。

 その両手を、丁度猫の手が、爪を立てるように構えたなら。

 「うにゃにゃにゃにゃー!」

 変な掛け声と共に、両腕を振り下ろした。

 「わっ!」 

 強靭な風が起こり、途端地面を鋭く切り裂いた。

 跡は凄まじく。

 爪痕のような三本線が交差した形は非常に大きいことから。

 相当な威力と窺い知れる。

 巻き起こる砂塵に、俺は思わず目を瞑ってしまった。

 「よっと!」

 俺が目を開けたなら、空中でくるくると回転して。

 上手に地面に着地してくるアビーの姿が見えた。

 一呼吸おいて、何事もなかったかのように立ち上がる。

 「す、すげぇ……。」

 俺は思わず驚嘆の声を漏らした。

 「ふっふ~ん!」

 一仕事終えたとばかりにアビーは、胸を張って誇らしげだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る