▲▲つ11っ! やさしい、らいおんおじさん

 番台さんに礼を言って後にしたなら、帰路につく。

 お風呂に浸かって上機嫌なアビーは、また鼻歌交じりで。

 スキップしながら家に向かっていく。

 「ねぇねぇ!クーンちゃんの毒は抜けた?」

 「!」

 途中振り返って、俺に話を振ってくる。

 「……ええと、どうだろう……。」

 答えには窮してしまう。

 俺の、はっきりしない言葉にアビーは不安そうに首を傾げた。

 「うぅ~。やっぱり濃くしないとダメだったのかなぁ。」

 その原因は、薬湯不足と判断したアビーの呟き。

 「……けど、気持ちはよかったよ。多分久し振り?かもしれないな。」

 薬湯の効果は知らないが、気持ちがよかったことは事実だ、感想を告げた。

 ただ、何だか違和感もある。

 久し振りと言ったが、それは前世の記憶からであり、今は……。

 何だかおかしく思えてきて、つい頬が緩んだ。

 「!よかったぁ!えへへっ。クーンちゃんの毒にやられて、大和ちゃんがダメに、トロトロになったらどうしようと思っていたんだぁ!」

 俺の感想を聞いたなら、またぱぁっとその顔を明るくさせ、喜びの声を上げる。

 また、俺の緩んだ頬を見て、安心したか。

 踵を返して、同じ道を鼻歌交じりに歩き出す。 

 後に続く俺も、歩は軽く。

 胸の苦しさ、クーンによる魅了も、大分緩和されたようで。


 アビーの家に戻ったなら。

 「そうだ!」

 「?」

 アビーが何か思いついたように言葉を紡ぐ。俺は彼女の後姿を見つめる。

 くるりと俺に向き直ったなら、そっと微笑んだ。

 俺は、アビーに見つめられてまた頬を赤くする。

 心音も高まった。

 どうやら俺は、今度はアビーの〝毒〟に当てられたのかもな。

 「明日、薬草採りに行こうっ!」

 それはさておき、告げられたのは、明日の予定。

 「……唐突だね……。」

 それに対することには、俺は唐突だなと思ってしまう。

 はたまたどうして、そう言ったのやら。

 「ええとね、今日行った銭湯の人が言っていたんだけど、薬草が少なくなってきたから、また山に入って薬草を採らないとって言ってたの。それでね、明日、あたしたちが採ってくるって言ったの。お礼じゃないけれど、だから特別に薬湯に入れてくれたんだぁ!」

 「……はぁ……。」

 聞くと、あの番台さんと何か交渉していたようで。

 薬湯に入れるついでに、薬草を採ってきて欲しいとのこと。

 まあ、話は見えてきた。

 「……いいよねっ?」

 「……。」

 と、何か、お願いするような目つきで、首を傾げて言ってくる。

 言葉に困ったものの、しかし、何も分からない俺では、断ることもなく。

 「うん。分かった。一緒に行くよ。」 

 俺は頷いた。


 明日の予定が決まったその日の夜、もちろん俺はアビーと一緒に寝る。

 今日一日を思い返せば、なかなか充実したものだと感じている。

 そっと、隣で寝息を立てるアビーを見たなら、ぽっと頬が赤くなる。

 クーンによっての毒はなくなったものの。

 今度は別の毒に当てられているみたいで。 

 アビーを意識してしまう。 

 そう言えば、と冷静に思う。

 異性なのだ、……当たり前なのかもね。

 きっとこの〝毒〟も、彼女と暮らしていけばその内。

 順応していくのかもしれない。

 そっと床に寝そべり、天井を仰ぎ見たなら、目を瞑り、夢の世界へ……。

 ……素直に行けなかった……。

 アビーに当てられた影響はここに来ても残り。 

 近くにいるがためにはっきり分かる、彼女の香りに俺は。

 脈拍が大きくなって眠れずにいた。

 「……。」

 悪気がするが、眠れなくて仕方がない。

 やむを得ず、俺は彼女の傍を離れ、寒くないよう服を着て。

 バックパックを枕に、別の場所で横になり、目を瞑る。

 今日色々あったことを思い起こしながら、頭を巡らせていたなら。

 その時に、俺は夢の世界へ行った。


 気が付いたなら、もう朝で、告げる小鳥の鳴き声が届いてきた。

 安心して眠れたようで、寝不足はない。

 また、寒さに震えることもない。 

 優しい誰かが、俺をさらに温めてくれたようで。

 ……優しい〝誰か〟……?

 視線を横にずらしたなら。

 いつの間に移動したのか、アビーがいて、俺に毛布を被せ。

 また、自分もその横で寝ていた。

 「……。」

 一瞬の思考停止。

 「~~~~!!」

 からの、声にならない叫びと、激しい紅潮。

 加えて、激しい鼓動。昨日のことを思い起こさせる。

 俺が起きたという気配に気づいたアビーは、目をこすりながら瞳を開き。

 大きく口を開けたなら、欠伸を一つ、猫のように伏せては。

 思いっきり伸ばして、体を馴染ませる。

 そうした後、ちょこんと座って俺を見る。

 「えへへっ!おはよう!大和ちゃんって、結構寝相悪いんだね?温かくしないと風邪、引いちゃうよ?」

 「……。」

 起きた挨拶を俺に。また、一言付け加えて。

 多分、俺が緊張から、別の場所で寝たとは、気づいていない様子。

 一方まだ直らない思考は、彼女への返事を遅らせていた。

 「……あ、ああ。おはよう……。し、心配してくれて、ありがとう……。」 

 遅れながらの挨拶、また、勘違いながら、心配してくれたお礼を添えて。

 「ええと、ほら、体伸ばして。いきなり動いたら、きついよ?」

 アビーが続けることには。

 昨日のように、自分のように体を伸ばして、との提案が。

 「わ、分かった。」

 まだ調子の戻らない自分だが、頷いて彼女のように体を伸ばした。

 顔を洗い、バックパックを背負い支度を済ませたら、アビーは山の方を指さす。

 今日の目的地、薬草採取の場所。

 「ちょっと遠いかもしれないけど、頑張ろうっ!」

 「ああ。」 

 元気いっぱいで気合いっぱいのアビーの一言、俺は頷いた。

 薬草のある場所は、山間のようで、また、道も整備はされていなかった。

 それでも、誰かが通った後があるため、村人がよくここを度々訪れているようだ。

 荒い道だが、この体はよく動くようで、難なくアビーの後をついて行けた。

 「大丈夫?」

 「ああ!」

 先導するアビーは、俺の様子を見るために度々振り返り。

 その度に案ずる声を掛けてくれる。

 俺も、大丈夫だと頷いた。 

 「もう少しもう少しっ!」

 楽じゃない道を通る度に、アビーは励ましてくれる。

 いつもの能天気な雰囲気ではない様子、それが過酷さを物語っていた。 

 「わっ?!」

 「ぐあ?!」

 慣れている彼女でさえ過酷なら、そうでない俺は言わずもがな。

 何度も足を滑られてしまうが。

 この時は思いっきり顔面から倒れこむ形になってしまった。

 耳のいいアビーは、気づいて振り返って俺に手を伸ばすが。

 遅く、俺は倒れそうになってしまった。

 嫌にスローモーションで、眼前に地面が迫るものの、ある一点で制止する。

 「おっと!」

 「?!」

 同時に感じる、誰かの支え、見れば一人の大男だった。

 荷物を俺と同じように背負った大男の目的は、偶然同じ方向だったらしく。

 同じ道にいたようだ。

 バランスを崩した俺の体を、その大きな腕が親切に支えてくれている。

 一瞬のことで頭が回らなかったが、回転しだすとその大男の様子が伺える。

 ライオンの鬣のように見えるぼさぼさの髪。

 ビストの証、獣の耳、先端が丸く、ライオンのようだ。

 その顔は、歴戦の勇者を思わせる風で。

 特に顔についた古傷が、歴史を物語っている。

 服装も、肩出しのベスト状で、肩の動きを阻害しない物。

 そこから見える腕は、丸太のように太く、力強そうだ。

 この腕にも古傷があり、より力強さを感じる。

 俺がポカンとしている様子に、男はにぃっと、鋭い歯を見せるように笑う。

 「がはははっ!坊主、気を付けなっ!」

 「あ、ありがとうございます……。」

 野太い声で笑い、気を付けろと激励が来る。

 俺は、圧倒されながらもお礼を言った。

 「大和ちゃんっ!!……あっ!レオおじさん!!」

 「!」

 一方先にいたアビーは、俺を案じるために戻ってきたら。

 俺を助けてくれた人と顔馴染みのようで。

 案じる言葉を遮り、その人の名前を言う。

 俺は聞き覚えがあると、ピンときた。

 昨日、アビーが言っていた、エルザさんの家の。

 〝ライオンの人〟だ、

 確かにライオンだ。

 「!おぉ!アビー!お前の連れか!」

 レオおじさんはアビーに気づき、声を上げる。

 「うん!ちょっと前からあたしの家で暮らしているの!助けてくれて、ありがとう!」

 軽いステップで俺の場所に戻ってきたら。

 レオおじさんに説明と、俺を助けてくれたお礼を述べる。

 「なぁに!いいってことよ!同じ村に住む者同士、家族のような者だ!がははははっ!」

 言われたレオおじさんは、気を遣わなくていいと、豪快に笑う。

 「!あ、そうだ。おじさんはどうしてここに?」

 「!」

 アビーは、ふと気づき、ここに来たのは何でだろうと聞いてくる。

 「そりゃ決まっているだろう。畑荒らす害獣駆除。俺らみたいな肉食獣の奴は、大体こんなことするだろ?」

 当たり前だと言わんばかりの表情で、ここに来た理由をおじさんは言った。

 「そっか~。おじさん強いもんね!」

 アビーはおじさんのその言葉に、納得して頷く。

 「おうよ!俺は村一番の男だ!!村の連中が困っているなら、助けてやるのが俺の役目よ!がははっ!」

 おだてられて、調子よく笑う。

 見た目とは裏腹に、懐が広い人のようで。

 俺がイメージするライオンの姿とは、全く違っていた。

 「おおそうだっ!」

 その懐の広いエピソードがまだあるみたいで。 

 何か思いついて話を区切って。

 おじさんは自分の背負っているリュックに手を入れ、まさぐりだす。

 取り出した先には、竹か何か、樹皮のような物で包まれた物がその手にはあった。

 「!それは……。」

 俺はピンとくる。その包み、俺は見覚えがある。

 古風だが、風情があるとして、おにぎりを包んでいるものだ。

 「おにぎりだ。こいつをやる。うちの母ちゃんが握ってくれたもんだ。アビーともう一人の子に渡してくれ、だとよ。アビーのことだ、出掛ける先、お昼ご飯なくて、蹲っているかもしれないからな、とも。まあ、その、気をつけてな。」

 やはり。

 おじさんは優しく言い、手渡してくる。

 「あ、ありがとうございます。」

 「レオおじさん、ありがと~!」

 受け取ったなら、お礼を。

 「がははははっ!いいってことよ!それじゃ、俺はこれで!気を付けろよ!」

 聞いたならおじさんはまた豪快に笑い。

 自分の荷物を持ち、手を振りながら山の奥へ歩いて行く。

 俺たちは、その姿が見えなくなるまで手を振った。

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