▲▲つ10っ! いっしょにはいろっ

 「……。」

 アビーが先導して入った銭湯は、古風な雰囲気のそれで。

 俺は別世界というのに全くの実感を覚えないでいる。

 というか、どこも知ったる田舎の雰囲気そのままのため。

 ここだけの問題でもないが……。

 アビーは銭湯の人に聞きに行っているようで。 

 残された俺は、沈黙したまま、周辺を見渡している。

 さっき言った通り、古風。

 木でできた靴棚に、すのこを敷いた玄関。

 入浴の入り口には、冷蔵庫、中には冷やされたコーヒー牛乳とか。

 「えっ!薬草が少ないの?解毒できないかもしれないって?……うぅ~。」

 「……。」

 遠く、番台の方から、アビーの困った声が聞こえてくる。

 不安そうに、視線を下に向け、微かに、どうしよう、と口を動かしていた。

 「えっ?どんな毒だって?ええとね、クーンちゃんが使ったの。」

 参考までに、どんな毒、と聞かれていて、アビーは真面目に答えた。

 番台さんは、蛇か蜂かと思っていたようだが。

 クーンという答えに、一瞬ぎょっとし、次には爆笑していた。

 確かにおかしいよ。知らないのは、多分アビーだけのようだから。

 「う~!!あたし、真剣なんだよ!!」

 アビーは怒っていた。それほど、心配してくれている。

 「……え?!」

 が、番台さんがある方法を耳打ちしているみたいで。

 アビーは、怒りを静めて真剣に聞き入っていた。

 「分かった!あたし、ちゃんとやるっ!」

 顔をぱぁっと明るくして、決心した。

 両手で拳を作り、気合を入れて、高らかに手を突き出した。


 「と、言うわけで、一緒に入ろっ!」

 「……はっ?!」

 会話が終わったようで、意気揚々と俺の所に駆け戻ってきては。

 いきなりそのことを口に出す。

 この場所の古風さに見入っていた俺は。

 突然のそれに変な声を出し、目を丸くする。 

 「……な、何で?!」

 どうしてそのようになったの、俺は経緯を聞いてみると。

 「ええとね、使える薬草が少ないから、薬湯の濃度は低いけど、あたしと一緒に入って、抱き合いっこしたら、効果が倍増するからって!ねっ、いいよね?」

 「……。」

 その説明に、真剣さとときめきの両方をアビーが示し。

 だが、俺は言葉が出ず、頷けないでいる。 

 また、想像して顔を真っ赤にした。

 「だからね……。」

 「ま、待て待て待て!……き、気持ちだけでいいから……。」

 「ふぇ……?」

 このまま続けようとするアビーを宥め、俺は制止する。

 このままだと、色々とすごいことになりそうだ、ほどほどに、と。

 その制止に、ポカンとした表情でいた。

 「……一緒に入ることは嫌ではないが、……まだ、そんな仲でもないぞ。き、気持ちだけ、気持ちだけ受け取っておく。……ど、毒っていっても大したことじゃない。や、薬湯があるなら、一人で入ってみるから。な、な?」

 アビーを制しながらの言葉、それでも俺は動揺を隠せないでいて。

 また、反対にこれは、自分にも言い聞かせているようにも感じて。

 「え……。う、わ、分かったぁ……。」

 俺の必死の訴えに、我を忘れていてもアビーは、たどたどしくも頷く。

 俺は、理解してくれたようだと、胸を撫で下ろした。


 それぞれに分かれて、脱衣所に入ったなら、やはり古風な脱衣所で。

 また、耳を澄ましてみても、アビーの足音か、番台さんの動きしか感じられない。

 つまりは、まだ、ここにお客がいないみたいだ。 

 時間を見ればまだ早い、ゆっくりしていけるかもな。

 自分の服を脱ぎ、いかにもなロッカーに放り込んで、浴場へ歩を進めたなら。

 飛び込んでくるのは湯気に隠された浴場の光景で、らしいものだった。

 その湯気に当てられた様相の時には、俺の鼓動も元に戻っていたようで。

 やれやれ、あのまま一緒に入っていたら、心臓が破裂しかねない。

 やっとここで、安堵の息が漏れた。

 シャワーを浴び、体をゴシゴシと洗い、思いっきり全身にお湯を浴びせ。

 洗剤ごと汚れも洗い流す。

 「……ふぅうぅ……。」

 ほっとした声が思いっきり漏れたなら。

 もうすっかり、クーンに受けた、魅了の技は取れたようで。

 また、そっと笑みも漏れる。本気で俺を心配してくれたんだな、と。

 そっと壁を、それも男女の浴場を隔てるものを見て。

 向こう側にいるアビーに想う。

 「ええと、大丈夫?」

 「ああ。大丈夫。」

 アビーの心配する声が届く。俺は、大丈夫だとの返事を届ける。

 「……それとね、大浴場の奥に扉があってね、その中に、薬湯があるって。その、よかったら、そこにも入ってみて……。」

 アビーの案じる声はまだ続く。提案が与えられた。

 「……ああ。そうだな。……興味もある。行ってみるよ。ありがとう。」

 俺はその提案に乗る。頷いては、周囲を見渡し、その場所を探した。

 「……あそこか。」

 割とすぐ見つかる。

 大浴場の湯煙の中に見え隠れする、年季の入った木の扉、らしいなと感じた。

 そっと、タオルを巻き、その場所へ。

 年季の入った木の扉に手を掛け、ゆっくりと開けたなら、溢れる湯煙。

 合わせて鼻腔に入ってくる、高らかに香る薬のような匂い。

 ハーブとか、それ系統の匂いに近いか、決して悪い感じはしない。

 嗅いだ傍から、俺の脳髄がクリアになっていく感覚を得た。

 その湯煙掻き分け、湯舟を探したなら、ふと誰かの足音を耳にする。

 気配を探すため、耳を澄ましたなら。

 「と、言うわけで、一緒に入ろっ!」

 「……ひっ?!」

 朧げなシルエットと、……聞き覚えのある声で、俺に提案を勧めてきた。

 ……アビーだ。

 これ、本日二回目。

 その登場にまた、俺の拍動が早まるのを耳にする。

 脈打つ度に、湯煙が引き、それは、彼女を隠すカーテンを解くかのようで。

 段々彼女の姿がはっきりとするようになる。

 どうしてここにという、疑問が上がる前に。

 アビーの後ろに見えた、もう一つの扉が答える。

 そこから先が、女湯なのだと。ここは、男女の湯とも繋がっている場所のようで。

 「えへへっ……。びっくりした?……でも、湯煙で見えないや。」

 「……。」

 晴れる中、色っぽい声でセリフを呟き。

 また、そのためか、そっと自分の髪をいじり。

 そういう、艶やかささえあるような振舞いを、影ながら見せつけてくる。

 俺は、混乱していた。

 愕然とし。

 また、驚きもあり、先のクリアな思考はいずこへやら消えてしまっていた。

 もっと別の、煽情的なものも思い描いている。

 アビーが、ほとんど一糸纏わぬ姿であったなら、俺は……。

 ……野獣になりそうで……。

 しかし、杞憂に終わる。

 はっきりと見える状態になったなら、その肢体は大きなタオルで隠されていて。

 俺は少し安堵する。

 野獣が完全に解放されなくてよかった。

 俺を見たなら、にっこりといつもの笑顔を向ける。

 「ここが、銭湯の名物、薬湯、だよ!ここ、男の子のお風呂と、女の子のお風呂とそれぞれで繋がっているんだぁ!」

 「あ、ああ……。そうだね……。」

 笑顔で丁寧に説明してくれた。俺は、慌てていたのが隠せずに。

 震えながら返事をするしかなく。

 それは、そう、完全に自身の野獣が鎮まってはいないからで。

 「一緒に入ろ?」

 その俺の気持ちを知ってか知らずか。

 そっと、出入り口とは別の。

 丁度この湯煙の部屋中央を指さしては、優しくリードしてくる。

 そのタイミングで晴れる湯煙と、現れる湯舟。

 板を何枚も張り合わせて作られた、大きな桶状のそれで。

 上から良い香りのする湯がとめどなく流れ。

 また、その湯舟直下には、見たことのある輝きがあった。

 スフィアだ。

 力強い激しい発光ではなく、優しく包み込むような輝きであり。

 湯煙と合わさり、反射したなら。

 空間を、今まで見たことのない幻想的なものに変えていた。

 「あ、ああ……。」 

 その光景と、彼女の登場に思考停止のぼんやりな返答で。

 俺は彼女のリードに乗って、一緒の湯舟へと赴く。

 「あわわわわわ……。」

 リラックスしそうな香りながら、俺は気が気じゃないでいる。

 緊張過多で、制止の命令を聞かない口から、音が漏れてしまう。

 隣にアビーがいて。

 その肌が触れ合うその度に、俺の心臓は甲高く鼓動を打っていた。

 一方のアビーは、大変気持ちがいいようで。

 「ふぃ~……。今日は楽しかったねぇ~……。」  

 のんびりとした溜息と共に、今日の思い出を楽しむみたいな言葉を出した。

 「!!」

 と、湯舟の中で指と指が触れ合う。俺はまた、ぎょっとしてしまった。

 アビーも気づいているようで、俺に顔を向けたなら、そっと微笑みを漏らす。

 「ねぇ。」

 囁くような始まりを。

 「?」

 「また、一緒にお風呂に入ろうねっ!」

 締め括りに、次の約束を言って。

 「あ、ああ……。」

 さっきと同じような感じで、俺は返答をした。


 「……。」 

 その湯舟から上がり、脱衣所で俺は軽く項垂れるような姿勢でいた。

 湯当たりともとれるが、それだけじゃない。

 アビーと肌を触れ合わせたその感触が、余計熱くさせた。

 また、おそらくあの薬湯の効能もあるのだろう。合わさって体が熱い。

 そうであっても、冷めたら体調を崩すかもしれない。

 俺は熱冷めぬこの状態の体であっても、致し方なく服を着せる。

 バックパックを背負ったなら、脱衣所を後にした。

 

 脱衣所を出てすぐ、俺より一足早く着替えたアビーがいて。

 番台さんの立っている台付近の。

 冷蔵庫から牛乳など取り出して、腰に手を当て、一気に飲んでいた。

 銭湯でよく見られるそれに、俺は……やっぱり違和感だ。

 別世界にも関わらず。

 この光景も、俺の生きていた時代には度々見られたものだったからで。

 「!大和ちゃん!」

 「!」

 俺が出てきたことに気づいたアビーは、もう一本取り出しては。

 俺に駆け寄り手渡してきた。

 近づいて分かった、俺同様、彼女の体も、熱を帯びているように赤い。

 が、多分それは薬湯の効能だろう、俺みたいな緊張は感じられない。

 「あ、ありがとう。」 

 方や緊張がまだ解けない俺は、彼女を見てまた赤くなり。

 視線を逸らしながら小さくお礼を言って、手渡された牛乳を手にする。

 手渡されたそれを、アビーと同じように一気に飲み干し。

 近くのビン回収箱の中に入れた。 

 「ねぇ、美味しいよね?」

 そっと、俺の横からアビーが顔を出して、にっこりと笑顔で言ってきたなら。

 俺はまた顔を赤くさせてしまう。

 「そ、そうだな……。」

 そんな顔を見られるのが嫌で、少し素っ気ないが、そんな返事をした。

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