▲▲つ9っ! くりーにんぐとせんとう

 マフィンの家へ続く山を下り、麓へ。 

 「♪~!♪~!」

 アビーはさっき入れた気合のまま、鼻歌交じりに歩いていく。

 俺は、付き従って行くだけで。

 「あ、そう言えば。アビーの服、きれいにして返さないと。」

 思いついたことを俺は言った。

 「!え~。いいのに。……でもありがとう!……きれいにする、だったら、村の、〝アライハウス〟に行こうかな。」

 アビーは、そんなことしなくてもいいのにと、遠慮を。

 また、するんだったら、と何か単語を言った。

 「〝アライハウス〟?何だ、それ。」

 続けると。

 「〝アライハウス〟は、洗い物をしてくれる人のお店だよ。〝メインクーン〟の、〝クーン〟ちゃんと、〝アライグマの人〟の〝ラク〟さんがやっているの。」

 「ほぅ。」

 聞くに、クリーニング屋のようだ。俺は頷く。

 「!あ、アライハウスに行くなら、ついでに〝銭湯〟にも寄って行こうかな、お風呂に入ろうよ!」

 「へぇ。銭湯もあるんだ。」

 聞けば聞くほど、色々と分かってくる。

 この村には、他にも俺が知っているようなものも存在しているんだなと。

 懐かしいやらと、感嘆の息が漏れた。

 アビーは提案したなら、何だか嬉しそうにステップを踏んでいた。


 銭湯、及びクリーニング屋は、アビーの家の道中、村の中央付近にあった。

 クリーニング屋は、よく分からないものの、銭湯は分かる。

 その屋根に、天を突かんと伸びる煙突が、その証拠だ。

 また、立ち上る白い煙と、漂う独特の香りが、心地よささえ覚えそうで。

 「こっちこっち~!」

 アビーが指さす。

 と、その銭湯の隣に、小さく〝アライハウス〟と看板があった。

 建物もやや小さい。店内の様子が透けて伺えるガラス戸。

 その向こうにあった物は、様々な服が掛けられているもので。

 ここが、いわゆるクリーニング屋と言わしめている。

 「お久~!こんにちは~!」

 先導するアビー、戸を開け入り、元気よく挨拶したなら。

 「んっ?アビー。また服をドロドロに汚したの?」

 店の奥から、のそっと顔を覗かせる、長い髪の、猫耳の女性?

 野性味溢れる色合いで、その猫耳の先端には、長い毛が見えた。

 瞳は鋭く、それぞれ色が違い、強い印象を感じ取れる。

 店員用のエプロンを付けて、俺たちを応対する雰囲気だ。

 出てきたなら、アビーを見て、少し悪そうに笑う。

 「違うよー。今日は、この子、大和ちゃんの洗い物なんだぁ!」

 「へぇー。いつもドロドロにしているアビーが、珍しい。服のことじゃなくて、〝恋人〟を紹介しに来るなんてねー。」

 「?!こ、恋人?!」 

 いつもの他愛ない会話のようだが、俺はある単語にどきっとする。

 その上で、顔を赤くする。〝恋人〟……。俺とアビーは、そう見られているのか。

 言われてしまうと、アビーをつい意識してしまう。

 「違うよー。あたしの同居人。今日は大和ちゃんの服の洗濯、だよ。」

 「ふーん……。」

 そうじゃないと、否定し、要件を。その言葉に、俺は少し落胆した。

 聞いていた店員さんは、意地悪くにんまり笑い、詮索するような視線を送る。

 「!」

 その対象は、アビーだけじゃない、俺にも。

 また、俺を見た瞬間に、瞳がきらりと輝いた。

 俺は気づいて、何かされそうと後退る。

 「!!」

 が、相手はそれを見逃さない。

 残像を残すような素早さを見せつけ、レジ台を飛び越え。

 俺の後ろに回り、俺を拘束する。思わぬ動きに思考が間に合わない。

 俺は目を丸くした。

 「……恋人じゃないんだ……。ふふっ。じゃあ、お姉さんが貰おうかなぁ。」

 「?!」

 吐息が掛かる距離に顔を近づけ、アビーを軽く挑発するように言ってくる。

 俺は、掛かる息に、背筋をこわばらせてしまった。

 「わぁ?!」

 アビーはその素早い動きに目を奪われてしまっているようで。

 挑発がまだ頭に届いていない様子。

 「ふふっ。よく見たら、ええと、大和……ちゃん?あなた、なかなかいい匂いをしてるじゃない。これは、強そうな血統の匂いだわ。アビーがまだ、気が付かない内に、このままお姉さんと気持ちのいいことしちゃわないかしら?ぺろっ!」

 「~~~~?!」

 その隙に、……オスを横取りしそうな勢いで、店員さんは言ってくる。

 挙句、俺の首筋を舌で舐めてきた。

 その行為に、俺の顔は、沸騰しそうなほど真っ赤になってしまう。

 「!むぅぅ!〝はぐはぐ〟も、〝大好き舐め〟も、あたしがするのにぃ!」

 アビーは、あまり怒った様子ではなく、……すごく気になることを言ってきた。

 ……アビーも俺にそうしたかったんだ。これも俺を緊張させてしまう。

 「ふふっ。分かっているわ。……冗談よ冗談。……本気にした?なら、ごめんなさいね。」

 店員さんは、からかっていたようで、俺の拘束を解いたなら。

 面白そうに笑って、また、頭を下げた。 

 「ずるいずるい!」

 アビーは、俺の拘束が解かれても、まだ不満なようで。

 その店員さんに食って掛かっていた。 

 「!」 

 その際二人並んだなら、格好もよく分かる。

 アビーよりその店員さんは背が高く、成熟した女性らしい雰囲気を持っていた。

 「はいはいよしよし!」

 「むぅ……。〝クーン〟ちゃんずるいぃ~。」

 なお、羨ましそうなアビーを、頭を撫で、宥める言葉を言って。

 簡単におとなしくさせてしまった。

 微かな不満をアビーは口にするも、それ以上できないでいる。

 「……さて、気を取り直して。」

 「……ほっ。」

 アビーを宥めて、俺に向き直ったなら、話題が変わる。

 視線は普通であり、その状態に俺は、ほっと胸を撫で下ろした。

 「私は、〝メインクーン〟の〝クーン〟。クーンでいいわ、あ、お姉ちゃんでもいいわよ。ここで、洗濯業を営んでいるの。もう一人、奥には〝ラク〟さんこと、〝アライグマの人〟がいるの。重ねてよろしく。」

 自分に胸を当て、丁寧に自己紹介をしてくる。

 「!あ、俺は、大和。……ええと、〝トラネコ〟?の大和です。よ、よろしくお願いします。」 

 こちらも丁寧な自己紹介を返す。

 深々と頭を下げて、また、アビーや他の人がするような感じで。 

 「ふぅん……。」

 「?!」

 俺の自己紹介を聞いた途端、目つきが変わる。

 ……その、艶めかしい、というべきか、そのような感じになり。

 視線を送りつける。

 挙句、そっと指を自分の口に持って行ったなら、ぺろりと舌なめずりだ。

 それだけで俺は、別の意味で緊張してしまう。

 いいや、脈拍が突然唸り、思わず胸を押さえてしまうほど。

 何かの攻撃か?!

 「!!」

 いや、唐突に理解した。

 これは、〝オスを射止める視線〟だ。

 やられたか、妙な胸の苦しさに、思考も何もかも蕩けそうになってしまう。

 熱を帯びてくる頬と、胸。このまま、全て蕩けてしまうかもしれない。

 「!!だ、だめっ!」

 「!!」

 止めたのは、アビー。クーンの視線を遮るように躍り出たなら。

 そのまま俺を抱き締める。その行為は、余計こちらの心音を高めてしまう。

 俺は沸騰しそうになってしまった。 

 視線は、何かを察知して心配している。

 それはきっと、女の子には分かる何か、なのだろう。

 「うん!効果覿面!」

 クーンは言って嫌に笑顔で、その〝熱視線〟を止めた。

 「クーンちゃんもダメ!〝毒〟を使っちゃ……!」

 アビーは、クーンのそれを強く咎める。  

 「ふふっ。ほんのついでよ。〝本気〟じゃないわ。気にしないきにしない。」

 「うぅ~……。」 

 クーンにはあまり効果がないようで、さらりと受け流された。

 アビーは、不満そうに声を漏らすものの、それ以上はできないでいる。

 悪気があまり感じられないがために。

 「それはさておいて。さっ、洗い物出して。」

 「!!」

 変わり身が早く、本来の目的に戻される。

 先の素早い拘束もさることながら。

 これほどの変わり身の速さに、俺は目を丸くした。

 しかし、本来の目的は、俺が借りたアビーの服の洗濯なため。

 俺は、背中に背負っているバックパックから。

 畳んで丸めて入れていたアビーの服を取り出す。

 「……って、結局アビーの服じゃない。」

 呆れた口調で、品物を手に取り言う。よく、ご存知なようで。

 「!ううん、違うよ。これ、大和ちゃんが着ていたの。」

 ちゃんとアビーがフォローを入れてくれた。

 いつもの調子に戻って、明るい口調で。

 「!……ふぅん……。」

 ……それを聞いたなら、妙な返事を一つ。

 また、みるみるあの〝熱視線〟に切り替わっていく。

 「!」

 見逃さなかった俺は、さっと視線をずらす。

 「分かった。まあ、そんなに汚れてはいないけど、やっておくわ。」

 だが何事もなく、了解の返事だけが届く。

 「わーい。よかったね!それじゃあ、クーンちゃん、よろしくね。」

 アビーは無邪気な顔で、頭を下げた。

 「ええと、ありがとうございます。」

 強い鼓動を感じながらも、俺は頭を下げる。

 なお、なるべくクーンを見ないようにしながらだったから、変な形だったかも。

 「ええ。それじゃあ。」 

 クーンは服を持ったまま、そっと微笑みながら手を振り、見送る。

 アビーと俺は任せて、その店を後にしようとした。

 「!あ、大和ちゃん!」

 「?」

 ふと、クーンに呼び止められる。俺は振り返ったなら。

 「……。」

 クーンは、しかし無言で。だが、エプロンをずらし。

 胸元を、谷間を見せつけていた。からかうような笑みも、その状況に添えて。

 「~~~!!」

 また俺は、顔を異常に紅潮させてしまった。


 ……その、異性の挑発を尻目に、銭湯へ向かう。

 「……ねぇねぇ、大丈夫?」

 「……あ、ああ。」

 銭湯も目前、アビーは心配そうに言って、顔を覗き込んでくる。

 俺は、返事を返すものの、その声は何か熱に当てられたようで。

 あまり元気がなかった。

 「……元気ない……。やっぱり、クーンちゃんの〝毒〟に当てられたんだ。」

 「……〝毒〟?」

 やっぱり俺が元気がないことに気が付き、また、思い当たることもあるようで。

 不安そうに言っては、少し考え込む。

 俺は、続きを聞いてみたくなる。

 「うん。〝毒〟。それも、オスにしか効果がないもの。何でも、クーンちゃんの毒は、当てられると次第に動けなくなって、蕩ける様な顔になって、最後、食べられちゃうんだよ……。それで、天国に行ってしまうって……。もし、大和ちゃんがそうなっちゃったら……。」

 「……。」 

 不安そうに、それを口元に手を当てながら隠すも、恐ろしいことを口にしている。

 が、俺の方は何か違うと思ってしまう。

 これは魅了だろう。

 オスを射止めるためのもので。

 これを喰らったらどんな大男もイチコロ、というわけだ。

 ある意味、危険性はあるが、命に係わるものじゃない。

 もしかしたらアビーは、知らないのかもしれない。純粋な娘だ。

 「……うぅ~!不安で不安でしょうがないよぉ!こうなったら、あたしが大和ちゃんを助けるんだ!銭湯の人に頼んで、〝薬湯〟を用意してもらうんだ!」 

 決意の言葉を述べ、拳を強く握り、天まで伸ばす。

 解決策を見つけてくれたようだが、……正直心配することじゃないんだけども。

 健気な様子、それに水を差すのもどうかとも思えた。

 「……ありがとう。」

 わざわざ俺のために用意するその健気さに、俺はお礼を言った。

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