▲▲つ6っ! まふぃんせんせー

 また、山の麓に。

 アビーはまた体をほぐし、いつでも動けるようにしていて。

 俺も倣ってほぐしていた。

 「ようしっ!一気に上がっちゃうぞ!おー!」

 気合を入れて、アビーは駆け出した。

 「?!えっ?!走るのっ?!」

 歩いて上がっていくんじゃないのか、予想外に。俺も仕方なく走り出す。

 山の道は、思ったより急ではない。

 誰かがよく通るからか、うっそうと草が生い茂る状態でもなく。

 一応〝道〟にはなっているようで。

 普通の人とは思えない速度で、二人駆け上がっていく。

 その頂の手前ほど、一気に木々の間が開けたと思うと、大きな屋敷が見えた。

 やや近代的な作りの日本家屋風。また、近くには高い塔が、多分物見台だろう。

 それが備わっている。

 格式高さが、いかにも長の住処であると伝えてくる。その家の前で。

 上がった息を二人整え、そっと姿勢を正す。

 さっきまで見たアビーとは違い、わきまえているのか、凛々しく佇んでいる。

 そっと、玄関近くの、丸い水晶玉。

 ……光り輝いているそれを、撫でるように触ったなら。

 「?」

 甲高いが、柔らかくきれいな、音色のような音が響き渡った。

 「はいは~い……。あら?アビー?」

 戸が開き、出てきたのは昨日俺を診断した、長い髪の子。

 森にいそうな雰囲気の服を纏った、マフィンさんだ。

 また、奥から、しわしわで、水晶玉が埋め込まれた杖を突きながら現れる。

 年老いた、猫耳の女性。

 腰を曲げ、杖を使って移動してくる様相は、〝魔女〟を思わせてしまう。

 「客人かぇ?どぅれ……。」

 「!お婆さま!」

 マフィンさんの隣に進み出ては、じっと俺とアビーを見ては。

 杖を前に出して、掲げて祈りの言葉を呟きだす。

 杖に埋め込まれた水晶玉が輝く。

 様子から、もしかしたら、スフィアなのかもしれない。

 「うむ!邪気はないのぉ!ひっひっひ……。マフィン、案内しておやり。」

 その杖の様子を見て、怪しく笑い、怪しいセリフを残して、奥へと戻って行った。

 俺は、その様子をただ、黙って見るだけで。

 「……ごめんなさいね。私の祖母が、このようなことを。村長である立場で、どうしても見知らぬ誰かが訪ねると、ああしてしまうんです。あれで、邪な存在を払っているんですよ。」 

 奥に引っ込んだのを見て、マフィンが深々と頭を下げる。

 一応、その人なりの出迎えか何か、だろうな。

 また、どうやらアビーが言った村長という人が。

 さっきの怪しげなお婆さんなのかもしれない。

 「折角、こちらにいらしたのですから、どうぞおあがりください。」

 手招くマフィンさん。

 「わぁい!お邪魔しまーす!」

 返答に、アビーは、先ほどの改まりはどこへ行ったやら。

 いつもの調子で言って、家に上がる。

 「……お邪魔します。」

 俺は小さく言って、マフィンさんの家に上がる。

 玄関の中も、古めかしい感じだが、懐かしい匂いのするもので。

 また、置かれている調度品も、歴史を醸してくる。

 そんな廊下を歩き、居間に通される。

 居間は、和風、色々な調度品もあり、丁寧に整理されているものの。

 この村中の尊敬を集めている感じがした。

 マフィンさんに言われて、畳に座る。

 「……さて、大体要件は分かるわ。私たちのこととか、この村とか、他、色々なこととか、聞きたいのでしょ?」

 座ったなら開口一番、こちらが聞きたいことを言ってきた。

 俺は頷き、また、なかなかの洞察、その鋭さに俺は感心する。

 「すっごーい!マフィンちゃん、流石だね!」

 「いつものんびりマイペースなあなたが、私の家を訪ねるなんて、大体このようなことぐらいでしょうし。」

 そのすごさをアビーは精一杯褒めたが。

 マフィンさんにとっては当たり前のようでと、特段胸を張ることはしない。

 「……さて、今ちょっとお昼の準備で忙しいのよね。」

 「!」

 「えー、何々?」

 「教えるついでに、手伝ってくれる?」

 聞きたいことは分かっている。

 教えもするが、対価なく、というわけでもないようで。俺は、固唾を呑む。

 アビーが聞くと、家事で忙しいらしく。

 「分かったぁ!手伝ってあげるよ!」

 「うふふっ。そう。ありがとう。珍しいわね、あなたから積極的に手伝いたいなんていうの。」

 交渉は成立のようで。

 マフィンさんは、何だか棘のある言い方ながら、嬉しそうだ。

 「……ええと、俺も。」

 アビーだけに任せるのも、何だか疎外感がありそうでならない。

 俺も手を挙げて、アビーに追従する。

 「いいえ。それには及びませんもの。あなた……、ええとお名前は……。」

 「『大和』、『大空 大和』、です。」

 「そう、いい名前ね。大和さん、私に聞きたいことがあるのでしょう。それに、よく知らないのに、色々とやらせるのも難ですし。ですから大和さん、私とここでお話ししましょう。大丈夫ですよ。ああ見えて、アビーも家事ぐらいできますから。それに、お婆さまも一緒ですもの。」

 「は、はぁ……。」 

 マフィンさんに諭されて、俺は手伝わなくていいことに。

 代わりに、アビーがやってくれるようで。 

 「よぅし!大和ちゃんの分まで、頑張っちゃうぞ!」

 「ええ、よろしくお願いします。まず、外で食材採り。よく分からないこともあるから、お婆さまが一緒について行ってくれるわよ。」

 「……うっ……。村長さんと……。わ、分かったぁ!」

 俺の分も頑張ってくれるようだ。

 だが、マフィンさんの言葉を聞いて、一瞬その顔が陰ったのを見逃さない。

 何だか、あんまり得意じゃないみたいだ。

 少し渋めな調子で、アビーは立ち上がり、外へ出ていく。

 「マフィンや、客人をきちんとお相手するんじゃよ!わしゃ、おてんば娘の相手をしちゃる。行ってくるわい!」

 「ええ、分かっています。行ってらっしゃい。」

 後に続いて、のそのそとした足音と、マフィンさんへの掛け声。

 挨拶をして送り出したなら、俺とマフィンさん二人だけに。

 俺はちょっと緊張してしまう。

 「楽にしていいのよ。聞きたいことがあるのでしょ?」

 「!は、はい……。」

 緊張を見抜いたか、ほぐしてくれる一言を与えてくれる。 

 俺は頷いて、肩の力を抜くよう努めた。

 「じゃ、聞きたいことは?」

 「……ええと、何点かあって……。まず、アビー含む、〝ビスト〟から。」

 「私たちのことね。いいわ。……こほん。」

 マフィンさんは、咳払い一つすると。

 「私たちビストは、人間……今で言う〝ヒト〟の技術によって生み出された生物らしいの。それぞれの動物の特性を入れ込んでね。もっとも、どんな技術を使って、何て私は知らない。けど、普通のヒトとは異なる能力、いいえ、凌駕する能力を持っている存在。もっとも、このことが原因で対立することにもなったわ。」

 「対立?」

 マフィンさんの解説の最中、遮るように俺は聞く。

 対立とは、また物騒な、そんな気がして。

 「そう、対立、ヒトとヒトとの間でね。」

 遮られたことにむっとはせず、これについても解説をしてくれるようで。

 「だから、この世界の勢力も……。う~ん。これは地図を持ってきて説明した方がよさそうね。」

 広げるために、マフィンさんはちょっと席を外し、何かを取りに奥へ。

 ゴソゴソと漁る音が聞こえ、あったと小さく呟きが。

 素早く戻ってきたなら。

 その手には、地図を丁度丸めたらその形になるような物が抱えられていた。

 ただそれは、相当な経年から、かなり痛んでいる。

 「ごめんなさいね。ここで、こういう風に歴史を解説するなんて、ほとんどないから。こんなにボロボロで……。」

 そのボロボロな物を持ってきて、申し訳なさそうに言ってくる。

 「いえ……そんな。これは、俺が聞きたいって言ったことですし。」 

 心配しないでほしいと、俺は制した。

 「ありがとう。では、広げましょう。」 

 そう言って、地図を広げてくれる。

 「?!」

 その広げられた地図に、俺は目を丸くした。

 その地図に、おそらく世界地図に、見知った地形が描かれていた。

 ほとんどボロボロで、色んな場所がもう見えなくなってしまっている物だが。

 その場所だけははっきりと分かった。そこは、〝日本〟。

 もちろん、その地図での地形は、幾分か変わっているが。

 その国、そのものと言っても、まあおかしくはない。

 しかし。

 どういうことだろう?ここは、異世界……なのか?!

 今この地が、この時代が、何なのか分からなくなってしまう。

 「ええと、今私たちが住んでいるのは、この四方を海で囲まれたここ。」

 言って、また、ポケットから赤ペンを取り出して。

 俺が気になっていた土地、一応仮称で日本に印をする。

 「昔は様々な国があったと聞いていたわ。今は、もう国というよりは、大きな勢力が二つだけ。」

 言葉紡ぐなり、今度は世界地図に長い線を一本書き足す。

 丁度、日本を中心に世界地図が二分されるような形で。

 「私たちを認める融和派と、認めない拒絶派。集合して国というか、共同体を組織。融和派が〝共和連邦〟、拒絶派が〝帝国〟とそれぞれ名乗って、対立しているの。ふぅ、ビストの歴史に加えて、地理も教えることになるってね、あなた、真面目な人ね。」 

 「……?!は、はい……?!」

 俺は聞いて、その情勢を見ていて思考していたなか。

 変な横槍の会話が入り、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 「私も、教えがいがあるわ。」

 「……は、はぁ……。」

 何だか、マフィンさんは嬉しそうに言ってきて。

 俺は、思考停止していてか、上手く返事ができないでいる。

 「まあ、かいつまんでの歴史と地理は話したつもりね。今、この世界では、その二つの勢力が対立して、衝突までしている、という具合ね。次は?」

 俺の思考停止はよそに。

 マフィン〝先生〟によるかいつまんだ歴史と地理の授業が終わり、次に。

 はっとなって俺は、我を取り戻して次の話題を用意しようと思考を回した。

 「じゃあ、〝スフィア〟について。」

 「そう。」

 「?」

 俺が次の話題として、〝スフィア〟を上げたなら。

 何だか嬉しそうな、とにかく目を輝かせている。

 俺はその様子の変化に、首を傾げた。

 「ところで、大和さん、どこまでご存じで?」

 反対に質問がされる。

 「自分で光る水晶玉だとしか。」

 俺の回答は、アビーから教わった数少ないもので。

 彼女の変化に疑問を抱いたまま、はっきりしない口調ながら。

 「……ふふっ。アビーも不勉強ね。」

 誰から教わったか、なんて聞きもせず察し、いたずらに笑う。

 ちょっとだけ、アビーを小ばかにしている気がするが、語りはしない。

 「さて、じゃあ〝スフィア〟について、だけど、ちょっとした神話から始めましょうか。……。」

 それならばと、得意げになり、マフィンさんは話し出すことには。

 「遠い遠い昔の、ある日この星に大きな大きな流れ星が降ったの。それは地上には到達しなかったけれど、沢山の細かい破片になって、空で次々と輝いて消えていった。その日からね、その流れ星のような光を抱いた水晶が産出されるようになっていったの。それが、〝スフィア〟の始まり。」

 まずは、本当に神話から始めて。

 「この水晶は、自立振動をしていて、そこからエネルギーを取り出すことができる、ということが分かったのだけれども、原理が不明のままなの。」

 次には、スフィアについての説明のよう。

 しかし、思い悩むような様子も見せていた。

 「う~ん。よく分からないけれど、エネルギー源、例えば、電気の源にしたり、応用して、レーザー源にしたりしていたわ。そうして、文明は発展していったの。また、そういう物に使われることもあって、資源として争奪戦も行われているわ。それも、現行の対立にも含まれるのよね。」

 そうであっても、便利な物だと続けては。

 おまけに、原因として対立もあったと。

 「まあ、そういうこともあって、同時に〟スフィア〝は取引の材料にもなるから、金融資産にもなる、あるいは、それさえ持っていれば、通貨に換えることができる、ということもあるのよ。」

 

 「他にも、使い方があるわ。見てみたい?」

 「?」

 途中区切り、マフィンさんは俺に聞いてくる。

 何をするのだろうか、少しだけ気になってきた。

 「ええと、何をするんです?」

 「……スフィアを応用するとね、こういうこともできるの。」

 同意に頭を縦に振る。

 マフィンさんは言うなり。

 アビーが持っていた水晶玉と同じ大きさの物を一つ、ポケットから取り出しては。

 握る。

 思いっきり、強い光が溢れたなら。

 それを自分の服の、胸の、丁度谷間の部分に入れる。

 「!!」

 その様子に、顔を赤くし、思わず息を呑んだ。

 「?!」

 が、次の瞬間それは、驚きに変わる。

 彼女を取り囲むように、空気が発光をし始めた。また、圧力も感じはする。

 ……ええと、何をなされているんだ?

 「……何を……?!」

 「普通、ヒトなどは機械等でエネルギーを媒介するけれど、自らの肉体に直結する形にすると、飛躍的に身体能力を向上させることができるの。また、こんなこともできるわ。」

 聞くなり、どうやら身体能力の向上らしく。

 また、別のスフィアを取り出し、同じく発光させたなら、それは空中に浮いた。

 彼女が指さすなら。

 その方向にスフィアがふわふわと、優しく飛びながら向かっていく。

 戻すように動かしたなら、戻っていく。

 ……魔法を見ているようだった。呆然として、俺はその様子を見つめていた。 

 「……とまあ、こんな風に、複数のスフィアを用いて、こんなこともできるのだけども、あんまりやると、疲れるし、また、身体強化もやり過ぎると肉体に負荷がかかり過ぎる。何より、そんなことしたら、この家を破壊しかねないわ、だから、ここまで留めておくわ。あとは、このスフィアにまつわるちょっとした、物語、いや、小話かしら。」

 やや自信満々で、続ける。

 「物語?」

 このスフィアにまつわるもの。スフィアの始まり以外にも、あるのだろうか。

 「私のように扱うのを、まあ〝マスター〟と呼ぶのだけども、私も万能じゃないの。だって、アビーみたいなバカ力はないし、出せないの。ちなみに、そんなバカ力と、私のようにスフィアを扱う〝技〟、これを併せ持つ存在を、いいえ、私たちだけじゃない、ヒトも含めて、〝ウィザード〟というの。私たちの一部は、この存在に憧れて修行する人がいるんだけどもね。なかなか難しいのよ。」

 「……はあ。」

 ここは、多分文化の話なのだろう。

 マフィンさんの解説から、俺はそう感じていた。

 また、マフィンさんの欠点も分かり、アビーの利点も分かった。

 「ん?」

 そこでちょっと、気づいたことが一つ。

 「……アビーを手伝いに行かせたのって、まさか、力があるから?」

 「そうね。それもあるの。あの子、見た目によらず力持ちだから。まあ、それをスフィアで強化すれば、さらに力を出せるみたいだわ。体力もそれなりにあるから、重たい物を持つのに、非常に助かるの。後で、お礼を言っておかないとね。」

 「……そうだな。」

 適材適所か。マフィンさんはなかなか人の扱いが上手いみたいで。

 「さて、スフィアのことはおおよそ分かった?」

 「ん。うん。」

 マフィン〝先生〟は整えるように一息ついて。

 スフィアのこと、文化の授業を終わらせる。俺は頷いた。

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