▲▲つ5っ! がーいどっ!

 「が~いど!が~いど!!」

 下りながら、また、鼻歌みたいに口にしながら俺を連れ添っていく。

 案内されて、田舎の風景を下る。 

 「あ~……。ちょっと留守かぁ……。」

 「……。」

 道中、所々家を訪ねては、挨拶を、と顔を覗かせるものの、見当たらない。

 残念そうな表情に、合わせて耳も垂れた。

 「ここは、どんな人が住んでいるんだ?」

 「ん?ここは、〝馬の人〟、クサバさんのお家。畑を作ったり、荷物を持ったりしているんだ。多分、〝町〟かなぁ。」

 「ふぅん……。」

 残念そうな彼女に掛ける、質問に、彼女からの答え。

 〝馬の人〟。

 ということから、動物の馬から連想される特徴を持つ人、なのかもしれないな。

 また、気になる単語、〝町〟。

 「〝町〟っていうと、どこらへんだ?どういう感じなんだ?」

 聞いてみる。

 想像なら、前の時代、俺の前世?のイメージなら、この田舎の原風景から。

 発展して、車やコンクリート製、あるいは木製など。

 色々な様式で形作られた建物が、より多い場所だと思うのだが。

 「ええと、〝町〟は、ここから、お山を二つ超えた先かな。すっごーいんだよ、色々な建物があって、丸いもので転がり、色々載せたりできるもの……。」

 「車とか?」

 「うん!そうそう。で、馬のいない、いらない馬車が走っていたりとか、それがもっと長くなって、蛇みたいに繋がったものとか……。」 

 「……。」 

 聞かれて、悩みながらも、たどたどしくも説明してくれた。

 聞くに、言葉足らずだが、何だか随分と近代的だなと感じる。

 俺に合わせて、適切?な言葉をチョイスしたつもりのようだが。

 それが舌足らずのようであり、何とも言えなくなる。

 「そうだ!今度行く時、そっちも案内するね!今日は、マフィンちゃんの所だから!」

 「ああ。」

 俺が興味を持っていると感じたなら、今度連れて行くよと約束を。

 期待を込めた明るい表情で、アビーは。俺は、約束に頷く。

 「あ、今度は〝ライオンの人〟のお家!見て!沢山の洗濯物!」

 次に視線を移したら、やたら大きい土地と家、指さしてアビーが言う。

 言った通り、かなりの量の洗濯物が干してあった。

 その光景に、圧倒され、言葉を失いそうになる。

 「ここはね、この村でも有名な大家族なんだよ!レオおじさんに、沢山の奥さんがいて、それで、沢山の子供たちがいる、すごいよね!」

 「それはまた、すごいな。」

 解説にまた、圧倒される。

 一夫多妻の大家族、日本では全く聞いたことのないものだ。

 さすが、別の国、別の世界だ、これもありなのだろう。

 「!おーい!エルザおばさん!」

 と、その家の庭に人影が。洗濯物を新たに追加で干していて。

 アビーは知っているようで、気軽に挨拶を、腕を見えるように思いっきり振る。

 その声と手振りに、気づいたその人が、手を止めてこちらを見る。

 その人、ライオンの耳をした女性で、気のいいおばさんに感じる人だ。

 いわゆる〝肝っ玉母ちゃん〟なんて感じがする。

 おまけに、身に着けているエプロンが、ある意味歴戦の勇者のように誇らしく。

 風に揺れる。 

 「おや、アビーちゃんかいっ!」

 低く、ハスキーな声だが明瞭で、こちらに返事をした。

 「昨日!おっきなおっきなおにぎり、ありがとー!!」

 アビーはまた、よく通る声でお礼を述べた。

 どうやら、昨日のあの大きなおにぎりは、この人が作ってくれたのか。

 気づいた俺は、アビーと同じように手を振って応える。

 「……あ、ありがとう……。」

 気恥ずかしさもあることもあり、通るような声が出せないでいるものの。

 精一杯感謝を述べる。 

 「いいっていいって!あたしにとっちゃ、アビーちゃんも娘のようなものさね、隣の男の子も、息子みたいなもんだよ!なはははっ!!」

 「は、はぁ……。」

 豪快な方のようで。俺は返事に窮した。

 「他のみんなはー?」

 アビーが聞く。

 「町に買い物さね。夕方には帰ってくるよ!旦那も駆り出してやったさね、家でゴロゴロだらだらするより、無駄に筋力があるんだ、働かせてやったわよ!」

 エルザおばさんの返答。やっぱり豪快で。

 旦那さん、アビーが言っていた、レオおじさん。

 何だか気の毒に感じてしょうがない。

 「分かったぁー!じゃあ、マフィンちゃんの所に行ってくるねっ!」

 締め括りに、アビーは言って、手を振って先を行く。

 エルザおばさんも、優しく手を振って俺たちを見送ってくれた。

 その人に俺もまた、小さく手を振って別れる。

 「……何か、豪快な人だよね……。」

 アビーについて行って、離れ、見えなくなってぽつりと呟く。

 「そうだよ!すごいんだよ!エルザおばさん。レオおじさんを叱ったりしてるんだ!レオおじさんも、エルザおばさんに頭が上がらないって。」

 「はは……。レオおじさん、大変そうだ……。」

 応じてくれたアビーは、自分のことのように自慢げで。

 俺は、尻に敷かれているんだな、とその人の苦労が見えそうで仕方がない。

 道案内されて、小高い山を望める麓に辿り着いたなら、アビーが足を止める。

 俺も習って足を止めた。

 道に迷った、というものではない、現にまだ道があるみたいで。

 「ふいー!ちょっとここで休憩!」

 アビーが言って、近くの大きな木の下にダイブする。

 ちらりとこちらを見てくる。

 「ねぇ。疲れてない?ここからね、軽く山登りだから、休んでいこっ。」

 「ああ。」

 こっちに来て、と言わんばかりの目配せ、気遣い。

 俺は頷いて、そっと彼女の隣に、腰掛けた。

 呼吸を整える音が聞こえて、アビーはまた、ごろんと仰向けになる。

 ふっと、息を切ったような音が漏れたなら。

 そのままがばっと勢いよく起き上がる。

 「よいしょっ!いいこと思いついた!」

 「?」

 何かアイデアを思い付いたようで。俺は首を傾げる。 

 「木登り、しよう!この木に、登ってみようよ。」

 「……へっ?!」

 そのアイデアとは、この今いる木に登る、というものだった。

 指をさして、そう宣言する。俺は、突然のそれに思考が停止する。

 自信満々に、アビーはその木に爪を立て、登り始める。

 「にゃ、にゃ、にゃ、にゃあ!」

 躊躇いなく、慣れた手つきだ、簡単に登っていく。

 残された俺、と、思考が戻り、なぜそんなことを、と聞きたくもなる。

 余計、疲れるんじゃないか?あと、俺はあんまり木登りが得意じゃない。

 昔、仕事柄そのようなこともしたが、好んでやりたいとは思っていなかった。

 まして運動靴でもない、草履。

 やったこともないし、正直落ちるんじゃないかと怖くもある。

 それは、躊躇へ昇華した。

 「……あの~、え~と、登ってこないとまずい?」

 「えへへっ。いい眺めだと思うよ!高い所から見るのも、きっと面白いんじゃないかなぁ?」

 「……。」

 怖さもあり、躊躇いを口にしてみたなら、誘いの言葉が返ってくる。

 無垢な感じに笑うこともあり。

 邪険に、我儘言って反発するのも野暮に感じてくる。

 少し口を閉ざし、深呼吸をして躊躇いを払拭したなら。

 その木の幹に、猫のように爪を立てる。

 「!」

 人の爪とは違い、そう動かしたなら不思議と力と共に突き刺さってくる。

 体の違いをここでも感じた。

 「……。」

 そっと、上に視線を向け、登ろうとしたなら、誘いの手招き。

 俺は猫のように登っていく。

 「?!うわぁ?!」

 が、上手くない。

 慣れない動きもあって、上る途中、爪が引っ掛かる前に手を滑らせてしまった。

 「!」

 その手を、アビーが掴む。

 「頑張った頑張った!偉い偉い!えへへっ。」 

 その本人の顔は、幼い笑顔ながら、慈しむそれであり。

 励ましの言葉に俺は、安心感も抱いた。

 俺は、アビーに持ち上げられて、高い所に招かれる。

 太い木の枝に二人座ったなら、先の小高い山が近い位置に。

 また、高くなったことによって、村が軽く一望できる感じにもなった。

 視界の違いに感嘆の息が漏れる。

 アビーは多分、この景色を見せたかったのかもしれない。

 だから、一緒に登ったんだ。

 「ね!いいよね!こうして、高い所からの景色を眺めるのも!休憩に、もってこいだねっ!」

 傍らのアビーが、代弁してくれた。

 「……だな。だが、一人じゃ登れなかったかもな。ありがとう。」

 一人じゃ、落ちていたかもしれない。俺は、アビーにお礼を。

 「いいよいいよ!誰だって、得意なことも苦手なこともあるし。」


 「それに、同じ猫さんなんだもん、あたしみたいに上手く登れるようになるよ、きっと。あ、こんな諺があるんだった。〝猫は猫になるべくして生まる〟って言葉があってね、皆それぞれに、色んな特性があって、ちゃんとそうなるように生まれてくるから、頑張ればそうなるって意味。だから、頑張ろう!」


 「……。ありがとう。」

 不思議な諺ながら、俺を励ましてくれた。

 ガッツポーズをとり、一緒に頑張ってくれそうな雰囲気で。

 俺は、ぽつりとお礼を言う。


 しばらくそうして眺めたなら、アビーが山の上を指さす。

 「あそこ!あそこの上が、マフィンちゃんの家!そろそろ行こっ!」

 そこが目的地と説明。

 そうしたなら、木の枝に立ち、体を伸ばし、ひょいっと軽々飛び上がった。

 その状態で、空中でくるりと回転しながら。

 衝撃を感じさせないよう、軽々と着地する。

 振り返り、俺に向いたなら、両手を振って合図をしてくる。

 どうやら、飛び降りてみて、とのことだ。

 「……マジで……?」  

 その合図に、冷や汗をかき、思わず漏れる言葉。

 木登りもさることながら、飛び降りるのは初めてで。

 身がすくんでしまう。

 そのため俺は、来た道を引き返すように、木を降りることを選択した。

 「?!」

 が、上手くはいかない。やっぱり足を滑らせ。

 挙句、手も投げ出してしまう形に落ちてしまう。

 しまったと、目を瞑りそうになるが、無意識に体は動き。

 空中でぐるりと回転し、猫のように前のめりで着地するような姿勢になった。

 「!!」

 体が、勝手に反応したということか、自身の体の違いに、戸惑いがまた。

 そうして、地面へ。だが、その眼前に、アビーが出てきて、両手を広げる。

 「?!むぐぅ?!」

 「うっ!……えへへっ!大丈夫。」

 アビーの胸に飛び込むような形になった。

 衝撃が彼女に与えられたが、強いのか、慣れているのか、踏ん張り、抱き締める。

 俺は、彼女の胸に飛び込んだことに、途端恥ずかしさから顔を赤くしてしまう。

 ……女の子の柔らかさが、ダイレクトに伝わってきたから。

 「よしよしっ!頑張った頑張った!」

 痛みはないはずはないだろう。

 けれど彼女は、それを感じさせず、まるで子供をあやすように頭を撫でてくれた。

 「あ、ありがとう……。」

 小さく俺はお礼を言う。言われた当人は、にっこりと笑顔で返した。

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