▲▲つ2っ! ようこそ、いせかいへ

 「よいしょっ!よいしょっ!」

 「?」

 次に感じたものは、誰かの体温と、背負われた感覚。掛け声から女の子のようで。

 「〝バッグ〟ちゃん、あと少しだからね!あと少しで、私たちの村だから!」

 優しい声、赤子をあやすかのような。

 母親のような感じに、俺はまた、安心してそっと、眠ってしまう。


 「!」

 また意識が飛んだ。

 気づいて目を見開いたなら、入ってきたのは天井の姿だが、病院のそれではない。

 どこか古い、古民家を思わせる天井だ。

 匂いも違い、木々の香りであり。

 病院で感じる、甘く薬品の、フェノールに似た匂いのようなものじゃない。

 そっと俺は、視線を動かしてみる。 

 視界に入るのは、古い日本の、古民家の様相。

 道具も何もかも、だ。

 と、俺の隣で静かに寝息を立てる、少女の姿。

 「……。」

 その姿に、違和感を覚える。

 赤茶色の髪の毛で、短いぐらいは、特段語ることもないが。

 何よりその頭頂部だ、猫の耳が生えている。

 付け加えて、尻尾もある……それも猫の。猫だからか、寝る時薄着だ。

 その少女の様子に、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 「……げっ……。」

 また、自分の様子も見て、恥ずかしそうに顔を赤くする。

 ……俺は裸だ、まだ、あの病院かどうか分からない場所で起きたままの姿だ。

 「!」

 俺のそのぽつりと出た言葉に、耳をピクリとさせ。

 傍らの少女が目をゆっくりと開く。

 獣のような、琥珀色の瞳が見えたなら、俺が起きた様子にぱっと顔を明るくする。

 「気が付いたんだ!」

 「?!」

 あの時の研究所かどこかで聞いた声で喜び。

 さらに、いきなり覆い被さったなら、抱き締める。

 あの時、俺を背負ってくれた娘だろうか。

 それよりもいきなりのそれに俺は、目を丸くした。

 母猫がそうするように、抱き締めた少女は俺の顔に頬ずりする。

 ただでさえ、真っ赤になった顔なのに、余計赤くなる。

 「よしよしっ!いい子いい子!」

 「っ?!っ?!?!」

 頭を撫でられ。

 ……こそばゆいのかよく分からない感覚に、戸惑い言葉を紡げずにいる。

 ある意味、新鮮で初めて。

 ……ふと思い返せば、このように扱われたのは、生まれて初めてかもしれないな。

 そっと手を止め、俺に向き直ったなら、笑みを口元に浮かべる。

 ここまで連れてきて、よく目を覚ましてくれたと喜んでさえいるように感じる。

 あるいは別の、母親のような、笑みか。

 その向き直りに、俺はただでさえ赤いのに。

 余計気恥ずかしさに視線をついそらした。

 「?」

 俺のその様子が、珍しいのか、彼女は首を傾げる。

 「どうしたの?まだ、どこかおかしいの?あたしに、言ってみて?」

 気になって仕方がない、猫だもの、か、追及してきた。

 俺は、体調不良とかじゃないと、首を横に振る。

 「?じゃあ、お腹が空いたの?……何だか、ずっと食べていないからかな?」

 「……。」 

 続く追及に、無言ながら躊躇いながらも、首を横に振る。

 ……どれぐらい食事を採っていないか分からないが。

 腹は減っているのは嘘じゃない。が、それだけじゃない、気恥ずかしさから。

 「!!あれあれぇ?!顔が赤い……。もしかして、熱が出た?」

 「?!」

 俺の顔が赤いそれが、熱を出したと勘違い、彼女は不安そうな顔をする。

 俺は、もしかしたら誤解をさせてしまったのかもしれないと感じた。

 その誤解は続く。

 俺の顔が赤いのが気になってしょうがない少女は。

 さっきと同じように俺に接近し、今度は自分の額を俺の額に重ねてきた。

 本当に、熱を計っているかのよう。

 俺は少女のその行為に、また目を丸くした。

 恥ずかしさ極まり、脈拍が大きく跳ね上がる感じもする。

 以前にこんなことを、女の子からしてもらったことなんてない!

 こんな、可愛らしい女の子から、このような行為を受けたこと、ないんだ。

 その衝撃に、俺は熱を帯びそうなほど顔を真っ赤にしてしまう。

 状況が分からないそれに、俺の体は精神は追い付かず、やがては思考さえ停止。

 脳波が、意識が飛んでしまった。

 「?!わわっ!ちょっと……!……もしかして、またやっちゃった?」

 最後、その慌てた言葉が聞こえた。


 また、はっと目を覚ます。

 「まったく。〝アビー〟はおっちょこちょいですね。私に相談すれば、問題なかったのに。」

 「にゃうぅ……。」

 聞こえてくる、会話。

 一人の声はあの少女だが、もう一人は、やや大人しく、静かな印象を覚える声。

 どうやら、あの少女だけじゃなく、もう一人いるみたいで。

 親しいのか、名前で呼んでいた。

 「……だって、目を覚ましたからつい……。」

 「だからって、また嬉しくて、ヘッドロックとかしたんでしょ?」

 「……にゃうぅ……。」

 説教を受けているらしい。言われて、項垂れる様子が想像できる。

 一応、あの少女の名誉を回復するために付け加えておくが。

 俺が気を失ったのは、別に彼女からヘッドロックを喰らわされたからではない。

 説教を受けている様子から、癖なのか。

 嬉しくなるとそのようなことをしてしまうようで。

 「でも、もヘチマもないわよ。あなた、いつも考えなさいって言ってるでしょうに。その、そこの男の子、裸だったって聞いたわ、まず、どうして裸なのかを考えて、その上でちゃんとした行動しなさいな。例えば、着る物を着せたり、とか、温かい食事を与える、とか。」

 「え~……。ハグしたら温かいよぉ。」

 「相手があなたの子供ならいいけれど、普通、見ず知らずの人にそんなことしないわ。驚くでしょうに。」 

 「……しゅん。」 

 説教は続く。俺は、確かにとひっそり頷いた。

 そのタイミング同じく、少女が余計項垂れている様子を感じた。

 このまま説教を聞き続けるのも彼女が可哀そうになってきて仕方がない。

 俺は、起きようとピクリと動いてみる。

 ……不思議なことにか、あるいは、慣れか。

 体が多少思い通りに動くようになっていた。

 そっと、その場から体を起こしてみる。

 「!!」

 「!」

 体を起こし、目をやれば、さっき俺に抱き着いた少女、ただ、服装が違う。

 とりあえず、肌面積は少なくなった物を着ているが。

 と、もう一人、同じ猫耳をした少女だが、髪が長く。

 また、光の加減で色々な色に変わる性質をしているのが特徴で。

 服装は、ゆったりとした感じ、森にでもいそうな、と言えるか。

 二人とも、俺が起きたことに、話を止め、目を丸くし、俺をじっと見つめた。

 無言広がる。

 「あ~と……。」

 俺は、会話の始まりと、切り出してみる。

 が、次が紡げないでいる。

 起きがけで、頭が働かないのか、あるいは、色々と分からないことだらけで、か。

 あるいは、まだ、よく口が動かせないからでか。

 「!起きたぁ!」

 「?!」

 紡ぐより早く、素早く笑顔になった赤毛の少女が俺にまた飛び掛かろうとした。

 言葉詰まり。

 その上で、抱きつかれようとしているそれに、体が硬直して動けない。

 「やめなさい!」

 「うにゃぁ?!」

 察した髪の長い少女は、赤毛の少女の首根っこを掴み静止。

 残念そうと、息詰まりで、赤毛の少女は軽い悲鳴を上げた。 

 「……まったく。あれほど言ったのに……。驚かせてはならないって、あなたは……。」

 「……しゅん……。」

 説教再開。

 赤毛の少女はまた項垂れる。

 それで反省したと感じたなら、長い髪の少女は俺に向き直った。

 「……ええと、ごめんなさいね。この娘、〝アビー〟が勝手にあなたに抱きついたり、〝ヘッドロック〟したりして……。」

 赤毛の少女の代わりに、詫びを入れてくる長い髪の少女。

 俺は、赤毛の少女の名誉のためにも。

 ヘッドロックは受けていないと首を横に振った。

 「……大丈夫。それと、ヘッドロックは受けていない。」

 付け加えに、俺は赤毛の少女の代わりに弁明を。

 傍で聞いていた赤毛の少女は、ぱっと顔を明るくした。

 口もよく動くようになった、言葉が出てくる。

 「あらそう。てっきり……。まあ、大丈夫ならいいわ。さて……。」

 長い髪の少女は、弁明を聞き入れてくれたようで。

 ただ、続けて、俺に歩みより、そっと手を顔の方に伸ばしてくる。

 「?!」

 何をするんだろうかと、俺は目を丸くした。

 彼女は、俺の顔に触れるなり、なでたり、額に当てては熱を計るかのよう。

 目に当てては、俺の瞼を広げ、裏の血管を見るかのよう。

 どうやら、病気か何かないかと、診断しているかのようだ。 

 「異常は……なさそうね。ただ、栄養不足からの衰弱が多少あるみたいだから、栄養を採って、休息をとること、ね。それじゃ、私は帰るわ。アビー、また何かあったら、連絡をしてね。」

 診断結果、若干の衰弱。改善法を付けて告げたなら。

 そっと、上品に立ち上がり、服装を正して、出入り口まで足を進めていく。

 俺と赤毛の少女に、改まって向き直ったなら、丁寧なお辞儀を一つ。

 俺は、女の子に触られた感じから、少しだけ顔が赤くなる。

 「う~……。〝マフィン〟ちゃん、ありがとう。ごめんね、いきなり呼び出したりして。……。」

 見送りの言葉に、やや羨ましそうに言う、赤毛の少女。

 その羨ましさは、自分の代わりに、沢山俺のことを触ったからなのだろう。

 そこまで、俺のことに興味があるのか。

 「いいのよ。あなた、何でも一人で解決しようとする癖があるから、ね。まあ、今回みたいに、私を頼るなら何とかできないこともないのだけれど。じゃあ、また明日ね。」

 小さく手を振って、今日に別れる長い髪の少女。

 赤毛の少女もまた、同じように手を振って、見送った。

 俺も、倣って小さく手を振る。

 戸が閉まったなら、俺と赤毛の少女二人きりに戻る。 

 赤毛の少女は、くるりと俺に向き直る。

 俺は、また、抱きつかれたりするんじゃないかと、警戒し。

 少し身を引いてしまう。

 が、飛び掛かってくる様子はない。

 ちょっと、俯き加減で、何だか申し訳なさそうな顔をしていた。

 「……ええと、ごめんね。あたし、ちょっとスキンシップが過剰なところがあって……。」

 そんな少女が紡ぐ、俺へのお詫び。伏せた猫耳が、反省の色を示している。

 俺は、見ていて、警戒を少し解いて、首を横に振って、気にしていない、と。

 「……。」

 「……。」 

 そのお詫び以降に、お互い言葉が続かない。

 「あ~っと……。」

 呼び水に、俺が声を上げる。

 この際、いきなりハグしてごめんとか、驚かせたりしてごめんね、とかはなしだ。

 そこら辺は、水に流そう、俺も気にしてはいない。

 「その……そういうのはいい。気にしていない。それよりも、聞きたいことがあってな。ここはどこだ?君は誰?そして、何だ、その猫の耳と尻尾は。」 

 初めての光景に、抱いた疑問を口にした。

 「!」 

 ぱっと顔を上げる赤毛の少女、申し訳なさそうな顔は一転して、明るくなり。

 そっと立ち上がったなら、両腕を胸の高さに上げ。

 何か掲げるように広げたなら、自慢するようにその口を動かし始めた。

 「あたしは〝アビー〟!〝アビシニアン〟のアビー!ここはね、あたしたち、〝ビスト〟の村だよ。よろしくね!」

 と。

 ようやく名前がはっきりしたよ、アビーと。

 ただ、言葉足らずなためか、理解ができない。

 「なるほど分からん。特に〝ビスト〟って何だ?」

 口に出してみる。気になった単語〝ビスト〟について。

 「あたし何か変なこと言った?〝ビスト〟は、あたしたちみたいな種族のことだよ。ええと、あたしみたいに、獣の耳や、尻尾を持っている種族。ほら、あなただって、付いてるじゃない!」

 「は?」

 途中の遮りが気に掛かる。方や、アビーはなかなか強引に行動してくる。

 抱擁ではないが、俺に覆い被さるような感じできたなら。

 「ここに耳!あたしと同じ、猫さんのお耳っ!」

 俺の頭頂部の方をまさぐりだす。

 「?!」

 ごそごそとした音が、直に聞こえてきた。……ここに、耳がある?

 「ここに尻尾!あたしと同じ、猫さんの尻尾っ!」

 「?!」

 手をそっと滑らせ、背中からお尻にかけてなぞられる。

 ぞくりとした感覚に思わず鳥肌が立った。

 辿り着いた場所に、違和感が、いや、何か掴まれたと感じる感覚がある。

 そっとアビーの手と共に、〝何か〟が俺の眼前に持って来れられた。

 「ねっ!」

 「……。」

 にっこりと満面の笑みと共に見せつけられたそれは、〝尻尾〟。

 それも、虎猫の柄の、尻尾だ。アビーが猫なら、俺も、猫だと……?

 「……。」

 俺は、ちょっと言葉を失った。

 少し思考、徐に立ち上がったなら、自らを映せる。

 例えば鏡のような物はないかと探し求めた。

 その際、自分を覆っていた布がはだけ落ちたのを感じる。

 「?!ど、どうしたの?!」

 俺のその行動に、驚きを隠せないようで。

 俺は、探し求めたなら。

 丁度土間の、水が張ってあるバケツに目が留まり、急行、その姿を水面に映した。

 映った姿は、俺の知っている姿ではない。

 前の、というと語弊がありそうだが、いつも見ていた姿より幼く。

 また、頭頂部の猫耳、髪の色合いが虎猫風ということが。

 別人であることを証明した。

 姿が違う、考えられることは。

 ……〝転生〟、その二文字が脳裏に浮かび上がった。

 そう、俺は、むさ苦しい、何の取り柄もない自分ではなく。

 可愛らしい猫の耳を付けた、猫耳少年に転生したのだ。

 そして、この世界は、つまりは異世界?

 「……。」

 一瞬の沈黙、からの、込み上げてくる、絶叫。

 「えーー?!?!?!」

 吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る