【ねこみみゆうしゃ大和ちゃん】人生に絶望した俺は、猫耳勇者に転生して、世界を救っちゃいました

にゃんもるベンゼン

ようこそ!いせかいへ

▲▲つ1っ! さようなら、世界

 2010年代。

 それは俺こと、『大空 大和(おおぞら やまと)』にとっては生き地獄だったと思う。 

 まず、大学卒業に伴う、就職活動。

 皆様ご存知、あの悪名高き言葉『ない内定』なんてのが、実際に起こったのだ。

 正直、成人して幾年程度の男が、自分の人生を語るなんて、思えば滑稽で。

 まして、誇るもののない自分が、どう語れるのだ?

 それが、何もないという自分、何もできないと誇れない自分。

 ということが、己を追い込み、窒息、精神を蝕んでいく。

 残された道は、酷い荒れ道で。

 分かりやすく言うと、ブラック企業だったさ。

 最初、何もない俺に〝技術〟を与えてくれた。

 恩義のようなものを感じていたものの。

 しかし、ただの〝奴隷洗脳〟でしかなくて。

 やればやるほど、仕事がただひたすら山積みになっていくだけだった。

 苦しさにまた、追い詰められ、恨み、発狂し、怒りさえ通り越した。

 冷淡な激情ささえ抱いた。

 もちろん、ただの一社員が、だからと変えられるわけじゃない。

 ただただ、当然と言わんばかりに、業務と共に存在し続けるだけだ。

 それが、どれだけ繰り返されたろうか?

 いいや、そうじゃない。苦難さえ、俺は耐え抜いてきた自信があった。

 どんなに業務が多かろうが、効率よく。

 準備を怠ることなく、きっちり段取りよく。

 ミスがないように、見直し、また、ミスがあれば適宜訂正するマネジメント。

 駆使して働いたなら、日々楽しかったと思う。

 然れども所詮自己満足。

 〝上〟の奴らはそんなもの見てはいない。

 多分、目先の利益だけ見て、本当に必要なことなんて見てくれはしなかった。

 彼らがしてくれたことは、ただ、仕事を積み上げ、押し付けるだけで。

 年を経て、嫌がらせにも程があるだろう。

 そういうレベルで仕事をしていたら、いい加減気づく。

 気づいて、いい加減にしろなんて言ったら、改善したか?そんなわけないだろう。

 

 言ったはずだ、〝ブラック企業〟ってさ。


 その前提通り、そう、それこそが、俺を破壊した。

 改善よりも、改悪をして、ただ利益のためだけに、……俺を犠牲にした。

 壊れた?

 いや、壊れかけた。ま、その会社から逃げきれたけれどな。

 壊れて、社会に絶望したのは、次だろうな。

 待遇はましだったよ、〝契約社員〟って以外はね。

 だから、簡単に〝クビ〟宣告だってできるのさ。

 壊れた?

 悪い、怒った。

 激怒のその先の、激しい憎悪。

 それはきっと、誰かが口にしたならば、確実にそいつの精神さえ破壊するだろう。

 ……いいや、そうであってほしい、それほどの激情だ。

 抱いていたけれども、それだけで発散する術がない。

 だから、そのまま堆積していく。

 堆積して、堆積して、堆積して。

 ……心が破裂した……。


 その瞬間に、世界の彩は陰り、灰色のそれへと変貌する。

 光さえ輝かない、灰色の日々。

 心は弾まず。

 心は動かず。

 心はもう、浮上することはない、灰色の日々。叫ぶことさえ、もうできない。

 苦しくても、辛くても、どうすることもできないそれに。

 もどかしさもやがて、失せて、……そして何もかもなくなった。

 ……どうでもよくなった。

 灰色の世界、俺はただ、屍のように生きていた。

 何もない、世界。街中を彩る風景と音楽も。

 誰かが説く、ありがたい説法も、俺には響かない。

 灰色の世界、生き場所を探し求めても、彩のない殺風景。

 ……願い叶うならば、幸せな世界で……。

 遠く遠く、どこかの神様に祈るように日々繰り返す。

 ……願い叶うならば、幸せな世界で……。

 どうせ叶わない。

 そうであっても、この、鬱屈な日々がなくなるなら。

 病のような重しが、何にもなれない。

 何もできない彩を失った世界が、なくなることを願い続ける。


 そうして俺は、大切な物を、ちょっといかした。

 スーツの上で背負っても悪くないバックパックに、詰め込んで、歩んでいく。

 大切な物それは。

 かつて一世を風靡した、ネットブック、確か、有名なメーカー製のもので。

 名前は〝NN100〟。

 どこか、そう、俺の故郷のある雑貨屋で見つけた。

 青い星を反射する、小さな水晶玉。

 見れば元気が出た、俺のお気に入り。

 アニメやゲームのキャラクターを描いた、ポストカード。

 あと、かつて自分が誇りに思った、会社の作業着を着て。

 旅に出よう。

 この鬱屈で、灰色の世界終わる、旅路。

 旅に出よう。

 ……この灰色で醜い世界に、さようならを……。


 旅路の始まりを告げる場所、それは、俺の故郷、長崎の岸。

 眼下に飛沫上げる波の、砕け散る様相、吹き付ける風。

 さあ、灰色の世界に、縛られた俺の魂よ、風に乗って……。

 鬱屈に蝕まれた俺の肉体よ。

 踊る波に抱かれ、海に、母なる海、生物の故郷たる場所に……。

 ……はばたけ……っ!

 ……帰還せよ……っ!

 そうして俺は崖から飛び立った。


 海面が迫り、終わりを迎えようとする。

 途端始まる、走馬燈。

 今までの記憶の追想。

 流れてくる、記憶たち。思い出たち。

 高校受験に失敗して嘆く様。

 大学に行って、嫌悪する奴に絡まれる記憶。

 就職活動、〝ない内定〟からの、ブラック企業就職。

 簡単にクビ。

 ……打開しようと買った、宝くじ、当たらない……。

 ……。

 ……っ!……っ!!

 もう、今わの際で、……どうして安らかな記憶じゃないんだ!!

 死ぬ時ぐらい、いい夢を見せてくれよ!!

 酷い追想、だからか、灰色の日常なんて。

 酷い追想、ここでお別れだ。

 物語。

 この俺、大空大和の物語。


 終わり。



 ……じゃない。



 海面に叩きつけられる感覚が一瞬したかと思うと浮上。

 失った意識もこの時浮上。

 また、肉体から魂が抜け出たか、俯瞰で見れば。

 悔しいかな、誰かに助けられているようで。

 救助隊ではなく、ボロボロの白衣の誰かに助けられ。

 やめてくれと、俺は救助する手を止めようとするものの、所詮魂。

 実態なき意思が手を出したところで、誰か気づくわけもなく。

 肉体共々、そのまま搬送されていく。

 行った先は病院?……ではなさそうで、何か研究設備のあるもののようで。

 俺はそこで、生命維持装置を沢山取り付けられ。

 言うなれば命をつなぎ止められていた。

 チューブといい、機械といい、この俺にしてみれば、鎖。

 この世界に無理やり繋ぎ止められた、鎖でしかなく。

 そうやって魂なく、生物としての最低限の〝生〟だけを与えられる。

 すなわち、生き地獄。

 またも、生き地獄。

 俺は抜け出た魂なりに、反抗して見せたものの。

 やはり実態なきもの、物理法則支配する世界において、何もできやしない。

 このまま、殺してくれと言っても当たり前だが、聞こえやしない。

 殺されることもなく、〝生きる〟こともない。俺は歯がゆかった。

 傍ら、医者らしき人たちは。

 ただひたすら俺の延命のために、力を費やしているみたいで。

 だが、戻らない意識、魂、やがて諦めにも似た空気が立ち込めていた。

 その状況なら、いつか俺を繋ぎ止める鎖を切ってくれるだろう。

 期待する。

 が、期待外れ、ある白衣の男が、何か思いついたように、嫌らしく笑うのだ。

 生命維持のために、彼ら、とんでもない行動を示す。

 機械でできた、棺桶と形容しようか。

 そんなものを持ち出しては、俺の肉体を封じ込める。

 このまま、墓に埋める?いいや。

 その棺桶の外に、またパイプや機械を取り付けたなら、動かし。

 ……俺の肉体を冷却し始める。

 機械から奏でられる、無機質な、心臓をモニターする音、ゆっくりに。

 察する。

 彼ら、俺を冷凍保存するのだ。

 技術の限界があるから、未来に託す。未来の技術で、俺を救うつもり。

 疑問だが、そこまでして俺を助ける理由とは?

 答えは与えられず。

 また、未だ肉体と繋がっていた俺は、やがて意識さえ遠のくのを感じ取った。


 はっと気づいた時、俺はまだ例の、棺桶と同じ場所にいた。

 同じ場所にいて、自分の肉体が保存された棺桶を、また俯瞰で眺めている。

 ついに、人生を終わらせるのか、あるいは、解凍して蘇らせる算段がついたか。

 やけに慌ただしい。

 どうやら殺すつもりはないようで。

 生命維持装置の、別の機械が作動を開始したなら。

 脈拍が加速、通常の状態に戻りつつある。

 血圧、体温上昇、また、心音も上がっていき、〝生〟のリズム刻み付ける。

 「……。…………。」

 あの、俺の側にいて、何か思いついて嫌らしく笑っていた男が、ここにもいて。

 何か指示を出す。

 ただ、薬品名なのだろうが、聞きなれない言葉と。

 また、肉体がまだ活性化していないがために、はっきりと分からない。

 「!!……!!………………!!」

 「……!………………!」

 俺の肉体に何があったかは、知らないが、途端警報が鳴り響く。

 さすがに、はっきりしないとはいえ、警報は聞こえる。

 なお、その警報は、どうやら俺の肉体に異常を感知してのそれではなく。

 別の、たとえば、施設に異常が発生した際のもののようで。

 慌ただしさが、なお一層加速。

 俺の蘇生は中断されて、また、凍結処置を施そうとしている。

 「!」

 と、俺の意識が不意に、何か吸い込まれるような事態が。

 ……死ぬのか……?

 そっと、その安心感に頬が緩む。

 ……生きるのだ……。

 落胆に近い感情があるものの、俺は何か、肉体に戻ったようで。

 心臓の鼓動と、皮膚からの感触、激しく聞こえる音、眩しさに、驚き。

 体を弾ませた。

 思わぬ動き、いつもの俺の肉体ではないようで。

 軽く、高く飛び、床に叩きつけられ、凄まじい痛覚が襲った。

 「?!ぎゃぁああああ!!!」

 自分のと違う声で、叫びが。

 「ごほぉ!!」

 込み上げてくる感覚に、思わず戻せば、透明の液体で。

 はっきりしてきた視界で、自分の手を見れば。

 元の体と比べたら少し小さく、服は着ていなくて裸。

 ……生まれたての姿と、理解したならば、……俺は、〝生まれた〟のだ。

 先の激痛と悲鳴、ならば産声。

 裸故の、寒さと震えと、理解できないことへの怯え。

 ……まるで、赤子に戻ったかのようだ。

 それでも俺は、何が起きたのかを理解するためにも、動き出そうともがく。

 ただ、肉体が違う、俺の思った通りの動きができない。

 立ち上がることも、まして、歩き出すことも。

 だから、俺は赤子のように、這いつくばるように動く。

 「!」

 床を這い、何か、別の感覚を得て、ふと、そこへ向かおうとする。

 そっと、ゆっくり。

 「うぅ?!」

 響く爆音、次いで振動。俺はたまらず耳を塞ぐものの、なぜか塞いだ感覚がない。

 人の耳の位置に手を当てたのに。

 襲う恐怖、それも経験したことがないほどで。途端、涙が出てきた。

 動けなくなり、俺はその場に蹲ってしまう。

 「……た……す……けて……。」

 口もまだよく動かせない。それでも俺は、願う。恐怖を、不安を拭い去りたくて。

 また、冷たい床故、温もりを求めて。

 「!」

 そっと、優しい光が、蛍のような、優しい光に包まれた何かが飛んでくる。

 俺の願いに呼応するように飛来するそれ、……俺のバックパック。

 何でそんな風になっているのか、原理なんて分からないけれど。

 けれど俺のバックパック、大事な物を入れた。

 大切なバックパックに変わりはない。

 拙い動きながら、そっと手を伸ばしたなら。

 重量感じ、また、安心も感じ、頬が緩む。

 抱き締めたなら、途端感じる疲労感、俺は目を瞑った。

 ふと、ほんのりと優しく包む、温もりを感じたのだ。

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