第5話【炙り出されたケダモノ】

「皆さん、下がってください」


「何があったの?」「あの子どうしたのかしら」


「コイツは探偵のフリして現場に戻ってきた連続殺人犯・鮮血のカマイタチだったんです!」


「あんな小さい子が?」「そういえば見たことない顔よね」


「証拠隠滅を図ろうとした所を捕まえました。今から連行します」


 好奇と恐怖の入り混じった視線の数々を投げられても、霜降は動じない。ただ静かに耳を澄ましている。


「居たぞ、右から来る、あと10秒」


 前方からの指示を聞き逃さぬよう、向けられる殺気を取りこぼさぬよう。気を張り詰める。


「3・2・1」


 霜降は手錠を外し、突き出されたナイフの切っ先を円の中心に捉えて、遠心力を利用して地面に叩き落とす。

 無防備な胸ぐらを掴み、投げ飛ばす。

 背中から落ちた男は、踏まれたカエルのような声を出した。


「やったか!?」


「油断は禁物です」


 落としたナイフを足で踏みながら、素早い動きで手錠をかける。


「コイツがそうなのか、とてもそうは見えない。手下じゃないのか」


「間違いありません」


「なんで分かった?また鎖骨か?」


「今回は違います。

 鮮血のカマイタチは毎回、指紋のついた凶器を現場に残します。つまり犯行に及んでいるという事。

 だから、残っているんですよ、彼の指の爪の中。

 ・・・おぞましい、血の匂いが」


「こんなヤツに、くそッ」


「おかしいと思って声をかけてみたら、重要な手掛かりをくれました。

 胸元にチラリと見えるTシャツ、書かれている文字は『鼠』でした。

 パーカーに丸い耳が付いていると事から、そのままネズミだと誤認する。

 しかしー」


 霜降は寝転がる胸元のジッパーを下ろした。

 中から現れたのは


鎌鼬カマイタチ・・・」


「漢字のイタチの一部だったんです」


 アクセサリーをじゃらじゃら付けて、腕時計を二つも所持していたのは

 犯行の『戦利品』だったのだ。



「アンタ、脳の病気で見えないんだよな?」


「私に見えないのは、顔だけです」



 真犯人はニイッと醜く笑ったが、霜降はそれに気づかない。歪んだ口元から、カミソリが吐かれた。

 猛スピードで探偵を狙う。


 ザクッ。


 皮膚が裂ける音と共に、血飛沫が巻う。

 霜降の喉を守った、復讐者の手からダラダラと鮮血が落ちる。


「オマエの手口は分かってんだよ。

 何せ嫌というほど研究したんだ。今までの事件全部、洗い直して。

 痛ェなぁ・・・。

 そうか、オマエが、アイツを・・・

 許せねえッ!!!」


 引き抜いたカミソリを使い、絶叫と共に斬りかかる。カマイタチの顔面を、ザシュザシュと肉を裂く耳障りな音が響き渡る。

 絶え間なく続く悲鳴は

 どちらの男のものか、もう分からない。


「返せよ!アイツの指輪、返せ!!」


 手錠を持ち上げ、指を凝視する。

 ギラギラと輝くそれらの中から、一番綺麗なリングを掴み、力任せに引き抜いた。


「なんで!アイツが!死ななきゃならなかったんだ!

 どんな恨みがあった!言え!!」


「いてぇ、いてぇよ、クソが!

 ケーサツは皆殺しなんだよ。クソつまんねー事でオレ様をパクりやがってよぉ!

 アイツってどいつの事だ?」


 次の一撃は、生温い不快感が伴う音。

 その直後に高く上がる血飛沫と絶叫から、目を潰した事が分かった。


「ぐぎゃあああ!!!」


「仇を討ってやるからな、ユウキ・・・」


 復讐者はカミソリを振り上げる。

 霜降は動けない。止めなければいけない事は分かっている。それでも。


 ーもし、皐月がこんな理由で殺されたらー


 許せるはずがない。

 それでも止めないといけないのに。



「お待ちください!」


 その美しさで野次馬を圧倒した皐月が、いつの間にか近くに来ていた。

 ツカツカと姿勢良く歩み寄ってきて、霜降を抱きしめて復讐者を睨みつける。


「わたしの所長にトラウマを植え付けないでください」


 予想外の訴えに、振り上げた手が降ろされる。カマイタチはまだ叫び転がっているが、誰も気にせず続ける。


「あなたの事は分かっています。

 先日殺された刑事さん、その婚約者の女性が好きだったのですね?」


「はっ?」


「彼女は愛する者を失い自殺した。

 でもあなたからすれば、カマイタチに殺されたも同じ事。

 だから死体を移動させて、損壊した。

 カマイタチ事件の被害者の一人であると世間に正しく認識させる為に。違いますか?」


 真相から少し外れた皐月の推理は

 それはそれとして、復讐者に刺さったトゲを取ってくれた。


「ははは、この子、アンタの助手か?」


「ええ」


「そういえば約束していたよな、ちゃんと自首するって。

 分かった。トドメは司法に任せる」


 タイミング良くやって来たサイレンの音色に耳を澄ませながら、復讐者は霜降の手に指輪を託す。


「アイツはもう燃やされちまった。せめてあの女に握らせてやってくれ」


「いいんですか?ユウキさんの形見ですよ」


「もういいんだ」


 その顔は晴れやかだった。梅雨明けの青空のように。霜降には見えなかったが、皐月が教えてあげた。

 去り際に密かな耳打ちをする。


「アンタはうまくやれよ」

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