白玉団子な彼女

ユナ

白玉団子な彼女

僕は女の子が好きだ。

美人な子も、可愛い子も。身長が高い子も、低い子も。きつめの性格の子も、ほわんとした雰囲気の子も。

これという好みのタイプがない僕が今まで付き合ってきた子のタイプは様々で、でも、よくよく考えれば共通点はあった。

僕は、面食いだったのだ。


そんな僕が川原さんの事ばかり考えてしまうようになったのは、ほんの些細なキッカケから。

そう、本当にただの偶然だった。



高森たかもりさん、松木様から三番にお電話です」

「ありがとう」


女子社員に返事をし、僕は受話器を上げた。

大手と呼ばれる不動産会社に就職して、六年が経った。

希望していた個人のお客様の住宅仲介扱う部署の営業として配属され、元来の物怖じしない社交的が性格が功を奏し、それなりの成績をあげている。

昔モデルの真似事をしていたらしい美しい母親譲りの甘い容姿も、それに拍車をかけてくれているのだろう。

お陰で上からの覚えが良く、同期の中では出世に一番近いと言われているし、女子社員からも熱い視線を常に送られている。


プライベートも順調だ。

一年前から付き合っている恋人の理香は、五つ年下で甘え上手。顔も可愛い。

結婚願望の強い理香から最近結婚の話をよく出されていて、もう28だし、まぁそれもいいかなぁなんて考えていた。

僕は、公私ともに充実した日々を送っていた。


「高森さん、シーサイドの資料です」

「あ、ありがとう」


事務の川原さんから受け取った書類に視線を落とした。

来年完成予定の分譲マンションの資料だ。川原さんはもう五年目。だけれど、渡されたそれは、ちらっと見ただけで分かるくらい不十分なものだった。川原さんは何でも雑に済ますきらいがある。

僕は彼女を呼び止めた。


「川原さん、ごめん。ちょっと待って」


無意識に彼女へと伸ばした手、僕の声に振り返る彼女。

――ふに。

彼女の頬に、指が触れた。

真っ白な頬に、指先が沈み込む。その指先を襲ったのは、とてつもないほどの柔らかさ。

僕の思考は、止まった。


「えっと……?」


僕に頬をつつかれたままみたいな状態の川原さんが、困惑げな声を出す。


「ご、ごめん……!」


慌てて指を離す。

僕から離したはずなのに、彼女の頬は僕の指を跳ね返した。

それにまたしても意識を持っていかれそうになり、川原さんの「なにか?」が僕をこちらへと引き留める。


「あ、ああ……えっと、これだとちょっとわかりづらいから、もう少し詳細に作り直してもらっていいかな? グラフ付けたりとか。戸塚さんそういうの詳しいから教えてもらって」

「はぁ……。わかりました」


会釈程度に頭を下げ、自分の席へと戻っていくまるい背中を見送る。

彼女に触れた中指が、熱を持っていた。熱いお湯に触ってしまった後みたいに、表面も芯もじんじんと熱くなっていた。

僕はその感覚の残った指を握り締める事も他の何かに触る事も出来ず、ただ見つめた。



金曜の夜、理香が泊まりに来た。

ご飯のあと、ソファーに並んでDVDを見る。

何かにつけてダイエットと言う理香は小顔で、あごから頬にかけてのラインがシャープだ。鼻筋の通った整った横顔をじっと見ていると、理香がこちらに視線を寄せた。


「なに?」

「いや、なんでもない」


理香は「そう?」と小首を傾げると、またテレビへと視線を戻す。


あの日から、一週間が経っていた。

僕はあの日から、少しおかしくなっていた。

夜寝る前、時間がふと空いた時、川原さんの姿を見た時、あの感触を思い出し、あの柔らかさを反芻していた。

ただ一瞬触れただけ。それなのに、時間が経つにつれ、消えるどころか鮮明になっている気がするのは勘違いだろうか。

手を伸ばし、DVDに見入っている理香の頬を人差し指で押してみる。指先が僅かに沈む。


「え、なに?」

「ごめん、なんでもない」

「もー、本当なんなの?」


僕の態度に、理香は唇を尖らせる。

理香の頬は、僕と違い柔らかかった。女の子のそれだった。

だけど、川原さんのとは全然違った。

川原さんのほっぺたは、ぷにっとしてて、ぷりっとしてて、こう指がふにゅっと沈み込むのに、跳ね返してくるというか……。

悶々と考え込んでいると、手に視線を落としたままの僕の視界を遮るように、理香が僕の顔を覗き込んできた。


「ねぇ、拓巳何かあった? 今日ちょっと変だよ?」


理香が僕の腕に自身の腕を絡ませ、上目遣いで見つめてくる。甘えたようなその仕草に、「なんでもないよ」と、僕も理香の腰へと手を回す。

僕は、理香のその華奢な腰のラインが好きだった。

今日もいつものようにサラダと二切れほどの肉しか口にしていない彼女の腰は、細く、今にも折れそうに華奢で――とても固かった。



もう一度、触りたい。

一度そう認めてしまうと、もう駄目だった。

毎日会う川原さん。

川原さんは、僕の前で無防備にその頬を晒す。

川原さんを見る度に、あの時に触れた指が疼く。

すぐ近くにあるのに、触れない。

すぐ近くにあるのに触れないからこそ、余計に触りたい。


触りたい。

触りたい。

触りたい。


欲求は、渇望は、日に日に強くなっていく。

まるで禁断症状のようだった。

僕は本当に、一体どうしてしまったのだろうか。

僕はこんなに、我慢弱い男だったろうか。

その後、ふと気付いた。

僕は、我慢とは無縁の世界に生きてきたということを。


そこそこ裕福な家に生まれ、なに不自由なく生活させてもらった。

昔から勉強は得意な方で、運動も特に何かするでもなくそれなりにこなせたし、苦手なものなんて思い付かない。

この見た目のおかげか、人間関係で不自由を感じた事は一度もなかった。

恋愛もそうだ。異性に興味を持ち始めた頃には女の子の方から寄ってきてくれたし、そういう事に不自由した事もない。

女の子の胸を初めて触ったのは、中学三年の時だった。

初めての感触に興奮した。その柔らかさに感動すらした。もっと触りたいと思った。


僕は手のひらに視線を落とす。

もしかしたら、これはその時の欲求に似ているのかもしれない。

だけど、僕は決して川原さんをそういう目で見てないと、自信を持って言える。

僕にとって川原さんはそういう対象ではなかったし、今後もならないだろう。


明確なタイプはないけれど、見た目に無頓着そうな彼女は僕のタイプでは絶対ないし、なんでも適当に済まそうとする雑な性格は同僚としても好ましくない。

痩せたいとよく口にしているわりにふくよかめなところも、自分に甘い性格なのだなと思っている。

だから、僕はそういう目で彼女を見ていない。

僕はただ、ただもう一度、彼女の頬に触りたいだけなんだ。


――拓巳、触っちゃ駄目よ。

その時、そんな声が甦ってきた。

それは母のもので、その優しい声に導かれるように遠い記憶を辿る。

この声は、ああ、あの時のものだ。

蝉がうるさいくらいに鳴いていた、うだるように暑いあの夏の日。


僕はまだ六歳だった。

僕はダイニングテーブルの椅子の上に立ち、若く美しい母の横顔と、しなやかに動く手を交互に見ている。母は鼻唄を歌いながら、手際よくころころと丸めていく。

今日のおやつは、母お手製のフルーツ白玉だ。

白玉粉を全て丸め終わり、あとはフルーツと混ぜ合わせるだけというところで、インターフォンが鳴った。


「あら、誰かしら? 拓巳、触っちゃ駄目よ?」


母は手を洗い「はぁい」と声を上げながら、玄関へ向かう。いたずら盛りの六歳児にそれは、触って良いよと同義だ。

ドアの影から玄関を覗く。よく喋る近所のおばさんだった。母は当分戻ってこないだろう。

僕はまたダイニングテーブルへと戻り、椅子の上にのぼる。


ガラスの深皿に並ぶころんとまるい純白のそれらは、差し込む日の光を受け艶々と輝いていた。

僕の小さな心臓は、今からする行為に対しての興奮と、母が急に戻ってきやしないかという緊張とでドクドクと波打っている。

胸はこれ以上ないほど昂り、言いつけを破ろうとしている背徳感は、それのスパイスにしかならない。


僕は人差し指を伸ばす。

指先が、触れた。

背筋がぞくぞくと震え、体の中を何かが走り抜ける。

僕は感嘆の吐息を漏らす。


――ああ、そうだ。彼女の頬は、あの時の白玉団子だ。



「高森さん、今日ご機嫌ですね?」

「え、そう?」


コーヒーを渡してくれた戸塚さんが「はい」と頷く。


「最近、ちょっと元気なさそうでしたから。心配してたんですよ?」


首を傾げた動きに合わせ、彼女の肩上の柔らかそうな髪がふわりと揺れる。

派遣社員の戸塚さんは、まだ一年ほどなのに仕事も出来るし気も利くし本当に良い子だ。

人間関係が円滑になればと僕は普段から会話を心掛けている方で、いつものように軽い冗談にリップサービスを添え彼女に返す。満更でもなさそうに笑う彼女を見送ってから、コーヒーに口を付けた。


戸塚さんの言う通り、僕の心は久しぶりに晴れやかだった。ようやく、この生き地獄のような日々から解放される糸口を見付けたからだ。

時刻は4時過ぎ。あと少し。僕はモニターへ向き直り、続きを再開させた。


定時になった瞬間、誰かに捕まる前に素早く会社を出た。

帰りにスーパーに寄り、棚にある分の白玉粉を全てカゴに入れる。

家に着くと、着替えるのももどかしく、上着をソファーに脱ぎ捨てシャツの袖を捲り上げた。

ダイニングテーブルに、さっき買った白玉粉、お菓子作りが趣味だった昔の彼女の置き土産の計り、ガラス製のボウルなどを並べていく。

ボウルに裏面の分量通りの白玉粉を入れ、計量カップできっちりと量った水を注ぐ。

僕はそれを、混ぜる。混ぜる。混ぜる――。


ボウルの中でぼってりと鎮座する、白い生地。

ころころと丸め、触ってみる。

丸める前にも、触ってみる。

押してみる。沈めてみる。摘まんでみる。揉んでみる。


「違う……」


今度は、表示よりも水を少し多めにしてみた。

次は、もう少し多く。

その次は、逆に減らしてみる。

ネットで見付けた黄金比率もやってみる。

違う。これも違う。こっちも違う。違う。違う。違う……。


あらゆる配分で作ってみた。

七つあった白玉粉は全て使いきった。

それでも、あの感触を再現することは出来なかった。

僕は項垂れるしかなかった。



こうなってしまったら、僕に残された選択肢はもう二つしかない。

触るか、触らないか。

これまで犯罪に手を染めることなく真っ当に生きてきた僕が選んだのは、当然後者だ。

偶然を装って触る、が頭を過らなかったといえば嘘になるけど、一回触った所で、結局またこの繰り返しになるだけなのはわかっていた。

そう決めたからには、この衝動が治まるまで、川原さんには今まで以上に近寄らないようにするしかない。


「高森さん、確認お願いします」


午後9時前、他に誰も残っていないフロアは、僕達の上にしか電気が灯っておらず薄暗い。

それなのに、その僅かな明かりででも川原さんの頬は艶々と輝いていた。今の化粧品には、靴のつや出しみたいに頬のつやを出すものがあるのだろうか。


「……うん」


僕は彼女の頬から目を逸らし、差し出された書類を受け取った。

すぐ側に立つ彼女が見守る中、それに目を通す。

これは、以前僕がダメ出ししたマンションの資料だ。指示した通りグラフなどが増え前よりは見やすくなっているけれど、内容自体は変わらず的を射ていない。


川原さんには近寄らない。

そう二日前に決意したばかりの僕が、どうして川原さんと二人で残業しているかというと、これが部長指示だからだ。

川原さんが作り直した資料を僕が見る前に部長が見てしまい、このマンションの建つ場所に思い入れがあるとかないとかでこの案件にご執心な部長が、これのあまりの不出来さに立腹し、なぜか僕の指導のせいという事になった。

別に僕は事務の川原さんを指導する立場ではないんだけど、いくら理不尽であれどサラリーマンは上司に反論は出来ない。


「川原さんはさ、どうしてこのグラフ入れたの?」


とりあえず僕は、でかでかと追加された無意味な円グラフを指差す。


「高森さんがグラフとか入れろって言ったので」

「言ったけど、あのさ、入れればいいって訳じゃないから。ファミリー向けだから入れたんだと思うけど、このマンションの購入を検討するような人達に、これって必要な情報かな?」

「どういう事ですか」

「だから、ファミリー向けだから、で一くくりにするんじゃなくて――」


五年目の子に教えるような事ではない内容を、僕は丁寧に伝えていく。

一年目の戸塚さんでも、わざわざ言わなくても理解しているだろう。つい他の子と比べたくなるのも仕方ない。


「……高森さんって、私にだけ厳しいですよね」


一通り説明が終わると、川原さんがぽつりと落とした。


「え、別にそんなことないでしょ」

「この前だって、まだ入って一年くらいの、しかも、派遣の子に教えてもらえとか言うし……」


その時の事を持ち出してきた川原さんは、僕を恨みがましい目で見てくる。どうやら根に持っていたらしい。


「いや、派遣とか関係ないでしょ。というか、そういう言い方はどうかと思うけど」

「ほら、やっぱり私にだけ厳しいじゃないですか」

「ちょっと待って。なんでそうなるの」

「だって、高森さんが私以外にそんな言い方してるとこ見た事ないです」


部長に絞られてナーバスになっているのか、川原さんは変に食って掛かってくる。

そんな訳のわからない事を言うのが君ぐらいだからだ、という言葉を飲み込む。


「そんな事ないって」

「最近だって、ずっと私の事なんか物言いたげに見てたし、何か文句があったんじゃないんですか?」


川原さんが食い気味に言ったそれは、文句ではないけど図星で、僕は目を逸らす。


「いや、そんな事ないよ」

「そんな事あります。それに、ここ二、三日私の事避けてますよね?」

「そんな事……」


それもその通りで、つい口ごもってしまう。

川原さんはそれを見逃さず、さらに追求してくる。


「ほら、やっぱりそうじゃないですかっ。いくら私の事が嫌いだからって、そんなの……」


川原さんの声に嗚咽が混じる。


「いやいや待って、だからそういう訳じゃ……」

「じゃあ、なんでですか……!?」


僕を睨む川原さんの瞳には、涙が浮かんでいる。

どうしてこうなるんだ。僕は頭を抱え込みたくなった。


「いや、だからね」

「大体他の人だってそうなんです。私が美人じゃないから……私が太ってて不細工だから、他の美人な子達と扱いが全然違うし、部長もあんなに怒って……私が美人だったら絶対あんな風に怒鳴ったりなんてしなかった……!」


金切り声を上げる川原さんの言う事は、どんどん無関係な方向へと散らばっていく。

僕は女の子が好きだ。だけど、キンキンとうるさい女の子が、世の中で一番嫌いだ。

今までの鬱憤や不満を晴らすみたいに続けられるそれに、頭が痛くなってくる。


「そんな事ないって。川原さんの思い込みだよ」

「思い込みじゃありません! それに、あの時だって――」


川原さんの口は止まらない。

ああ、うるさい。面倒臭い。苛々する。

慢性的な睡眠不足による疲労がそれをさらに加速させる。

脳裏を過る。混ざる。

頭に響く声。沈む指。大粒の涙。白玉団子。艶やかな頬。

僕の中で、なにかが弾けた。


「……だから、違うって言ってるだろ」


川原さんが口を閉ざす。


「僕はそういうつもりはない。別に僕は、川原さんが美人だろうが不細工だろうが痩せてようが太ってようが、そんなのどうでもいいんだ! 僕はただ、川原さんに触りたくて触りたくて仕方なかったんだっ! だから……っ」


背後から何かが落ちた音がして、我に返った。

僕はその音がした方へ、ゆっくりと振り返る。

そこにはこんな時間なのに戸塚さんを含む女子社員が三人いた。僕を見る彼女達の目は、まるで汚物を見るような目だった。


この世に生を受けて28年、今まで女の人にこんな目を向けられたことがあっただろうか。いや、ない。

格好良くて仕事も出来る、皆の憧れの高森さん。

そうだったはずの僕の立ち位置は、この日以降変わってしまった。



さて、僕が言ってしまったあれは、確かにとんでもない問題発言だったろう。だけれど、仮にも六年かけて築き上げてきたものが、たった一度の失言だけで崩れてしまうものだろうか。

その疑問の答えは、にやけた口元を隠すことなく話し掛けてきた他部署の同期が教えてくれた。


戸塚さん達が噂を広めると同時に、他の誰でもなく川原さん自身が、前から僕に口説かれていただの、スキンシップがひどかっただの、付き合ってくれないなら死ぬと僕が言っただのと、事実無根な事を言い触れ回ったからだった。

それを聞いた僕が、思わず気を失ってしまいそうになったのも、仕方ないと言えるだろう。


そして、僕はといえば、気付けば川原さんと付き合っていた。

どうしてそうなったかはわからない。ただ、彼女は見た目によらず、とても俊敏だったとだけ言っておこう。

それと、彼女は白玉団子ではなかった。

制服の下にまさかこんなものが隠されていたなんて、あまりのボリュームに僕はただただ呆然とした。今の矯正下着は、本当にすごい。


「ねぇ、たっくん」


甘えたような声が落ちてきて、僕は視線を上げた。

うるうるとした瞳で、僕を見つめてくるひまり。ひまりは下を向いていて、さらに僕が下から見上げているせいで、あごは二重どころか三重だ。

お世辞にも綺麗と言えるものではなく、どちらかと言えば醜い。

それなのに、なぜだろう。僕にはミリオン連発しているアイドルグループのセンターよりも、可愛く見える。


「なに?」

「私もうすぐ誕生日でしょ? それでね、実は今欲しい物があって……」


ひまりが言ったのは、ハイブランドのバッグだった。

遠慮がちに、しかし、一切遠慮の感じられないプレゼントをねだってくるひまりは、どうやら神経も太めらしい。

それなのに、僕はなに一つ嫌な気分にならない。きっとこれが恋の力というものなのだろう。


「うん、いいよ。今度の休みに一緒に買いに行こう」

「本当?」

「うん」


ひまりは、やった、とぷにぷにの頬を緩ませへにゃりと笑った。

なんてだらしない笑い方なのだろう。あまりのだらしなさに、愛しさがふつふつと込み上げる。


ご機嫌なひまりが僕の髪をとくように撫で、それが心地好くて瞼を下ろす。

僕の頬には、ひまりのふくよか過ぎるお腹が当たっている。

一度見せてしまったらどうでも良くなったのか、ひまりはもう僕の前で、矯正下着を付けなくなっていた。

その包み込むような柔らかさに、この世の不条理を全て許せてしまえるような、そして、僕の駄目なところを全て許してもらえたような、そんな気持ちになる。


――駄目に決まってるでしょ。

そのまま眠りに落ちそうになった時、また母の声が甦った。

これはあの白玉団子の時ではない。

これは、そう、おばあちゃんちでの記憶。

ちらちらと雪が舞っていた、とても寒い冬のあの日。


白く化粧を施されたまあるいフォルム。

ぱらぱらと舞い落ちる粉雪。

それは、限りなく無垢な、穢れなき純白。


「拓巳、おばあちゃんのだから食べちゃ駄目よ」


お皿の上でぽってりと佇む楕円形のそれをじっと見つめていた僕に、母が言った。


「食べないから触っていい?」

「なに言ってるの。駄目に決まってるでしょ」


笑いながら言った母が部屋を出ていったのを横目でしっかりと確認し、僕は手を伸ばす。

滑らかな曲線の真ん中、触れた指先が沈む。とても柔らかい。僕は夢中で何度も指を突き刺す。

もう一度指を沈めようとした。その瞬間、僕は天啓にうたれた。


一本じゃなくて、五本全部だったらもっと……。

僕は形を崩してしまわないように、恐る恐る指を下に差し入れ、ゆっくりと持ち上げる。

確かな重量感が、僕の小さな手全体をもったりと包む。

はりも何もないそれは、だらしないほどにただただ柔らかく僕の全部の指を包み込む。

これを至極と言わずして、何をそう呼べばいいのか。

僕の小さな体は、歓喜に震えた。


ああ、そうだった。僕は――


「……ひまり、好きだよ」


堪らなくなって、お腹に顔を埋めそう言った僕に、ひまりは笑う。

その笑い声に合わせ、頬に触れる大福がたぷたぷと何度も揺れた。


僕は、白玉団子より、大福の方がもっと好きだったんだ。



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白玉団子な彼女 ユナ @y_motiduki

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