Happy jinx
清らかな小川の岸辺。心地よい鳥の囀り。そして、体を優しく抱き締める暖かな日差し。
こんな麗らか日には、柔らかな緑の絨毯の上で、のんびりとティータイムを過ごしたくなるものだ。
「ね、ちょっと休憩しない?」
アリエスが可愛らしく小首を傾げた。
だがそんな彼女に、マルスは真っ先に渋い表情を見せる。そしてそれを崩すことなく、彼は叱り飛ばすように声を荒げた。
「はあ? 何言ってんだ。さっき休んだばっかじゃねぇか」
「そうですよ、アリエス様。また野宿になってもいいんですか?」
諭すようなエリックの口調。その中の『野宿』という言葉に、一瞬だけアリエスが怯む。
それもそのはず。このメンバーの中で、最も野宿を嫌うのが彼女なのだ。当然、今回もその思いは変わらない。
だが、足は既に棒のように突っ張り、前に出すだけでも辛い。そんな中で歩くなんて、憂鬱以外の何物でもない。救いを求めるような目で、アリエスは隣へと視線を移した。
「ルイス様、ダメ?」
「あと少しで昼だから、それまで我慢な」
「ねぇ、イリア……」
「アリエスの気持ちも分かるけど、もう少し頑張りましょう?」
「じゃあ、カミエルは? カミエルも疲れたわよね?」
「えっ!? 僕ですか!?」
いきなり話を振られ、慌てふためくカミエル。確かに、自分ももうヘトヘトだ。今すぐにでも休みたいくらいに。だがそうかと言って、自分なんかがマルス、エリック、ルイファス、そしてイリアの意見を覆せる訳が無い。
そんな心の内を知り尽くしているティナは、カミエルに詰め寄るアリエスに対して盛大にため息を吐く。そして、すっかり困り果てている彼に、助け船を出すように口を挟んだ。
「アリエス、いい加減にしないと怒るよ?」
「……分かったわよ」
不貞腐れてそっぽを向くアリエスに、ティナは肩を竦めた。だが、休憩したいという彼女の気持ちはよく分かる。今日はこんなにも良い天気なのだから。
キラキラと輝く水面に、ティナは眩しそうに目を細めた。その時だ。
「……あ、」
少し離れた草原の中に、風に揺れている小さな四つ葉。思わずそちらへと足を向け、しゃがみ込んだ。そこにあったのは、予想通りのもの。偶然見つけた小さな幸せに、思わず顔を綻ばせた、その時。
「ねぇ、ティナ。何見てるの?」
アリエスが背後から覗き込んできた。その瞳は、興味深そうにキラキラと輝いている。そんな二人の隣から、イリアが声を上げた。
「あら、四つ葉のクローバーじゃない。よく見付けたわね」
「えへへ、まあね。あ、そうだ。せっかくだし、摘んで行こうっと!」
ティナは得意気に笑うと、四つ葉のクローバーに手を伸ばす。それを手に取ると、さらに笑みを深めた。
その一方、アリエスはそんな彼女を前に、不思議そうに首を捻ってばかり。一見するとただの野草なのに、何故そんな笑顔を浮かべているのだろう、と。だが、知らないものをいくら考えても、答えなんて出てくるはずがない。
「ねぇねぇ、二人とも。何なの? その、四つ葉のクローバーって」
「え……アリエス、知らないの?」
頷く彼女に、嬉しそうに細めていた目が一転、ティナは驚いたように丸くさせる。
意外だった。この手の話題は彼女も当然知っていて、むしろ自分から好んで話に入ってくる、くらいに思っていたから。
イリアがアリエスの疑問に答えようと口を開こうとした瞬間、第三者の声が割って入ってくる。
「おい、ンなとこで何喋ってんだ!? 行くぞ!」
声の主はマルスだった。彼女たちに待たされる結果となり、酷く苛々している。
「後で教えてあげる。とりあえず行くよ」
「絶対、教えてよ!?」
後ろから届くアリエスの声。それを聞きながらティナは、その四つ葉を大事そうにそっとポケットに忍ばせた。
その日の夜。旅人で満室になった宿屋の一室から、華やかな笑い声が響く。イリアとティナ、そしてアリエスだ。彼女たちが囲む小さなテーブルには、人数分のハーブティと焼き菓子。それらを口に運びながら、話はどんどん盛り上がっていく。
ふと、先ほどまでの話題が一段落ついた頃、アリエスは思い出したように「そういえば」と話題を変えた。
「そろそろ教えてくれない? 四つ葉のクローバーって何?」
興味深そうに身を乗り出す。そんなアリエスの疑問に、最初に口に開いたのはティナ。ポケットから四つ葉のクローバーを取り出すと、その顔に優しい笑みを浮かべた。
「クローバーは普通は三つ葉なんだけど、こんな風に四枚になってるのもあるんだ。でも、探そうと思ってもなかなか見つけられなくてね……。だからこれは、幸せのシンボルって言われてるんだよ」
「ふーん……見付けた人に幸せを運んでくれるなんて、ロマンチックだわ! いいな……あたしも見付けたいなぁ」
うっとりとした眼差し。やはりこれは、彼女が好む部類の話題だったようだ。
そんなアリエスに、イリアはクスクスと笑みを浮かべながら、勿体振るように口を開いた。
「それと、テルティスではこんなおまじないがあるのよ」
「おまじない? 何々? どんなの?」
「私の学生時代の時に流行ってたんだけど、四つ葉のクローバーを一晩、月の光が当たる窓辺に置いておくの。そして次の日の朝、そのクローバーを押し花にして栞を作ってプレゼントすると、その人と幸せになれるのよ」
「そうなの!? これはますます見付けなきゃ! そして、それをルイス様にプレゼントして……うふふっ」
とろけそうな表情はそのままに、すっかり自分の世界へと旅立っている。おそらく彼女の頭の中では、ルイファスとの甘いひと時が繰り広げられているのだろう。こうなると、しばらくは現実世界には戻って来ない。
ティナはイリアの方を振り返った。探るような、興味深そうな瞳で。
「で、イリアは誰かに渡したの?」
「いいえ。四つ葉のクローバーを見付けられなかったっていうのもあるけど、恋愛自体をそこまで意識していなかったから……。渡したいと思える人と出会えないまま、今に至るというわけよ」
「ふーん……でも、そっか……栞か……」
ティナは気が抜けたようで、どこか楽しげな声色を上げる。イリアにその気が無いのは分かっているが、気が付けば、彼女に対して不安と羨望を抱いている自分がいる。もしかしたら、その気持ちを払えるかもしれない。
「よし、決めた!」
「え、何を?」
「秘密」
「えー、教えてくれたっていいじゃない! いいもん! ティナが教えてくれないなら、イリアに聞くから!」
ようやく現実に戻ってきたアリエスは、知らぬ間に進んだ話を聞き出そうとティナにじゃれ付いている。その様子を、イリアは穏やかな眼差しでじっと見つめるばかり。追及の照準が向けられても、「ごめんなさいね」と苦笑を浮かべるだけで、それ以上口を開く素振りも無い。それを有り難いと思いながら、ティナはティーカップに残ったハーブティを一気に飲み干した。
それから数日後。夜の見張り当番に就いていたカミエルは、焚火の明かりで魔術書を読んでいた。旅程の都合で、この日は野宿をせざるを得なかったのだ。
不意に、大きな欠伸が漏れる。交代の時間がそろそろ近付いていて、少々気が緩みかけているのだろう。これでは駄目だと頬をつねった、その時。
「ミック、ちょっといい?」
「ティナ? どうしたの、交代の時間までまだちょっとあるよ?」
「ん……そうなんだけどさ、渡すなら今しかないかなって思ってね」
「何を?」と、カミエルは首を傾げる。するとティナはポケットから何かを取り出し、半ば押しつけるように手渡してきた。
それは、四つ葉のクローバーを押し花にした栞。ちょうど欲しいと思っていた物だから有り難いのだが、何故、今でなければならないのだろうか。栞とティナの顔を交互に見合わせ、戸惑うような声を上げた。
「え、と……?」
「ミックにあげる! それがないと不便でしょ?」
「あ、うん……ちょうど欲しいって思ってたところだよ。でも、今しかないって……?」
「べ、別に深い意味は無いよっ! いいじゃん、別に。そんなことは!」
「それもそうだね。ありがとう、ティナ。嬉しいよ」
それ以上は言及せず、カミエルはただ嬉しそうに顔を綻ばせる。受け取った栞を早速、先ほどまで読んでいた魔術書に挿み、静かに閉じた。
その様を見つめ、焚火の熱か、心から湧き上がってくる熱か、ティナは頬を染めてはにかむのだった。
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