神の祝福

 いつもは静かな神殿だが、今日は朝から忙しなく人が動き回っていた。というのも、明日は大事な式典が催される。皆が準備に追われているのだ。

 そんな中で、人の波を避けるように、ある部屋に佇む影が一つ。目の前には、壁に掛けられた純白のドレス。静かに出番を待つそれは、明日の主役が袖に腕を通すのを楽しみにしているかのように、美しく光り輝いていた。

 不意に、影は一歩、前へ踏み出す。滑らかなシルクに手を触れると、思わず笑みが溢れた。

 その時だ。静かにノックが響き、ゆっくりと扉が開かれる。その向こうに立っていた男に、柔らかな笑みを向けた。


「あら、明日の主役が、こんなところにいていいのかしら?」


 からかうような口調に、そっちこそ、と男も軽く笑う。そして、彼が隣に立つのを目で追った後、再びドレスへと視線を戻した。あまりの美しさに、二人とも釘付けだ。


「……私でも、このドレスが似合うかしら?」


 決して、興味が無かった訳では無い。むしろ、心のどこかで憧れていたくらいだ。

 だが、剣を手に取る日々に追われ、この白に身を包む自分が想像出来なかった。特にあの旅の当時は、言葉では言い表せない程に様々なことがあり過ぎて、こんな未来が訪れるなど、夢にも思わなかった。

 ぽつり、と呟いたその言葉に、似合うに決まってるよ、と男が返す。また、似合わない筈がない、とも。

 そんな台詞を真剣な眼差しで言うものだから、恥ずかしさが込み上げてくる。と同時に溢れるのは、温かな愛しさ。頬には熱が差し、幸せそうに口元を綻ばせた。

 男もまた、そんな彼女がたまらなく愛しくて。そっと肩を寄せた刹那、ふわりと香る甘さに包まれる。そして、体の芯が痺れるような心地良い感覚に、静かに身を委ねた。




 そして迎えた当日。

 多くの人が詰め掛けたその中心には、純白の正装に身を包み、幸せそうに笑う一組の若い男女の姿があったのだった。




お題使用:ファンタジー100題

配布元:空のアリア

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