追憶

「――……」


誰かが呼んでいる。


「――……」


一体、誰が?






不意に、視界が急速に広がっていく。


吸い込まれそうな程に透き通った青の下。

どこまでも続く緑の絨毯に、色鮮やかな花の模様が彩りを添えている。

それが静かに波打っていた。


よく見慣れた景色。

お気に入りの場所。


だが何故、自分はここにいる?

私室で窓の外を眺めていた筈なのに。

それでも……。


いつものように胸いっぱいに空気を吸い込み、大きく伸びをする。

やはりここは良い。

気持ちが安らぐから。






「――……」


まただ。

また自分を呼ぶ声がした。


声の方を振り向くと、ニコニコと笑う少女がいた。

肩よりも少し長い金髪を風に遊ばせながら立っている。

とても愛らしい少女。

その風貌と唯一似合わないのは、一振りの剣を大事そうに抱えているところだろうか。

だが違和感は感じず、不思議とよく馴染んでいる。


不意に、少女が一歩前へ出る。

そして自分をじっと見つめながら、その顔に浮かべた笑みを深めた。


「私、絶対に強くなる。そしたら、私が守ってあげるからね!」


頼もしくもあり、それでいて可愛らしい宣誓。

言い終えて満足したのか、少女は踵を返し、走っていった。

時々、伺うようにこちらを振り向きながら。


(あぁ、そうか。これは……)


思い出した。

遠い日の記憶を。


これは、あの日の記憶。

少女が剣の道を歩む、と自分に誓った日だ。

その懐かしさと可愛らしさに、自然と笑みが溢れる。


そして次第に、意識が遠退いていった。






目を覚ますと、そこは見慣れた私室。

どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。

まだ頭がぼんやりとしている。

だが、いつになく夢見が良い。

何か幸せな夢でも見ていたのだろうか。


その時、控えめなノックが響いた。

少し間が空いて入ってきたのは――……。


(あ……)


夢の中の少女の面影を残す女性。

穴が開く程に見つめられているせいか、彼女は困惑した様子で立ち尽くしている。


そして自分は、にっこりと笑みを浮かべた。

夢の中で少女がそうしたように。


……ただ、彼女はさらに、困惑の色を深めたけれど。






そんなこれは、在る日常の一幕。


温かな、記憶の欠片。




お題使用:ファンタジー100題

配布元:空のアリア

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