第6話

 「私、アルバート=ハートは自己犠牲の精神にて、国政に命を捧げる気持ちでこれからも参ります。卑劣なテロリストに屈せず、この命は殺し屋にではなく、国民の皆様方に差し上げる所存であります。すべての国民の笑顔の為に、どうぞ、私の命を使わせてください!」


 わざとらしい歓声と過剰な拍手が会場内に響き渡る。無理も無い。参加者は皆、アルバート=ハート議員の後援会の人間なのだから。


 TV局やラジオ局、新聞社や雑誌の記者……様々なメディア関係者をかき集め、アルバート議員の人気が一切衰えていない事を必死にアピールしていた。


 しかし、SNS上やワイドショーの評判は最悪、無理も無い。




 演説中。しかも、テロには屈しない。という旨の発言中に爆裂した複数の弾丸に慌てふためき屈した。


 不正を断罪する側の会合の後、演説で清貧を謳った直後に不正な寄付金を爆炎に晒した。




 以上二つの不祥事があった状況でのパーティー。このパーティーさえ、問題と言われている。


 『ここで名誉挽回する!私に後は無い。来るなら来い!テロリスト共。貴様らを捕まえて私は英雄に返り咲く。負傷したところで名誉の負傷。同情される。ここは船上。逃げ場はどうせない。』


 アルバートの脳内はこんな状態である。


議員であるにもかかわらず、この場合『汚名返上』と思うべき所を『名誉挽回』と言っている辺り、パニックなのか、厚顔無恥なのか。どちらにしろ背水の陣は確実なのだ。


彼に失敗は許されない。






































「これがラストチャンス。ナァ。張り切って決めよう。ナァ。」


 ソドレーは相変わらずの口調であった。が、その口調は今までのものよりも圧倒的に険しいものであった。


 当然だ。例え全世界の誰もがこれらの失敗を自分の仕事と捉えずに済んだとしても、全世界で唯一。自分はその失態を知ることになるからだ。失敗出来ない。


 「距離は今までより圧倒的に近い。外しにくいが、見つかりやすい。」


 撃った直後。船に時限爆弾で穴を空けるようになっている。その混乱で救命ボートを降ろさせ、陸に上がり、乗客の流れに紛れてトンズラ。


 雑だがこれが一番早い。


 「さぁ、死んでもらう。ナァ。」


 そう言って自分に気付いていないアルバート議員に向けて凶弾を放った。




















 『確実に殺す。絶対に、殺す。』


 アベツェーは演説に紛れて心の中でそう呟いていた。


 『残念だけど、アンタの命。俺の為に使わせて貰う。』


 思いを抱き、懐のスイッチに手を伸ばす。


 アベツェーの計画はこうだ。


 『先ず最初に煙幕とごく小規模な爆発を起こす。これにより、『乗客が辛うじてパニックにならないが、安全の為に救命ボートを使う。』という状況を作らせる。


 おそらく議員は最優先で救命ボートに乗せる事になるだろう。警備上一人。又は腹心の部下込みで。だ。本人が口で何と言おうと最初の狙撃で見せたようなわが身可愛さは真実。それに、この船の人間は全員アイツのシンパ。確実に乗せるだろう。


 そこで救命ボートを吊ってあるロープを片方だけ極小の爆弾でドカン。滑り落として、事故に見せかけてヤツを海面に叩き付ける。この船の救命ボートの定員、乗客&クルーの数は確認した。ボート1つならギリギリ吹っ飛ばしても全員助かる。


 よし、これで完璧。』


 彼は自身の矜持の為。スイッチを押した。














 「アタシの意地。もう修理工が嫌だ。なんて言わない。絶対成功させる!」


 彼女の決心は苛烈で冷酷。そして冷静であった。


 彼女の計画も他二名と似ていた。


 『先ず、船内を若干パニックにさせる程度の爆発を起こす。その為の仕掛けはさっき修理工の真似をして仕掛けた。


 次に、そのパニックの隙を突いて遅効性の毒針を刺す。


 後は避難誘導に任せてここを脱出する。


 今回使う毒は、陸まで議員の命が持つようにしてある。後は陸で存分に苦しんで死になさい。』


 彼女は実に多彩だった。万一、この場で殺せなくとも他の手段も用意していた。


 『たとえここで殺し損ねても、救命ボートに乗るドサクサに紛れて狙撃。でなくとも同じボートに乗って毒針を刺せばいい。最悪、不本意だけど色仕掛けでも使って忍び込めばいい。』


 彼女は持っていたバッグの中の爆弾のスイッチを押した。














「ドン!」


「パキュン!」


「ガターン!」


「ドン!」


「プシュー」


「ドカン!」








 様々な音と衝撃が船を揺らした。
























 「ナァ、オイ、なんだよ。」


 驚きでソドレーが動揺した。予想外の揺れで弾丸が反れた。お陰でアルバートの心臓ではなく、その後ろのハリボテの支えを撃ってしまい、複数の爆発音とハリボテが倒れた衝撃で乗客はパニックとなってしまった。


 「仕切り直し…。ここでは無理だ。救命ボートで待つしかないか。ナァ。にしても、俺の爆弾。ここまで威力は無かった筈だぞ?ナァ。」


 あちこちから煙が立ち昇って来た。これは彼の筋書きには無いものだ。しかし、ここでやる他は無い。予定外の事態は無視して待ち伏せを優先しよう。という考えに彼は至った。


彼はすぐさまその場を去って行った。






















 「何だ何だ?爆発が複数?おかしい。僕の仕掛けた場所の近くに誘爆するような物なんて無かった。」


 アベツェーも周囲の混乱の渦に呑まれかけていた。


 彼の仕掛けた爆弾は一個。しかし、爆発音は3つ。しかもそれ以外にも色々な音がした。


 「予想以上のパニックだ。でも、これなら確実に救命ボートを使う。大丈夫だ。筋書き通り。少しアドリブが入ったが問題は無い。にしても。」


 そう言って彼は議員を見た。


 「助けて!助けて!助けろ!お前!サッサと私を逃がさないか!これは暗殺だ。直ぐに犯人を捜せ!殺せ!」


 安っぽいハリボテの下敷きになった程度ではあるが、議員はパニックで周囲に怒鳴り散らしていた。お陰で周囲のパーティー客にもパニックが伝染して半狂乱となっている。


 「アレを見てると冷静になるな。」


 混乱に呑まれそうな自身を奮い立たせ、彼はクルーの避難勧告に従って救命ボートに急いだ。














 「何?本当の爆発?」


 一二三は自身の心音が耳まで届いた。


 軽い爆発で注意を引く気だったというのに、会場は半狂乱。これでは暗殺は逆に困難だ。


 何より、それ以前に自分の仕掛けた爆弾で罪無き人間を殺す可能性に怯えていた。


 彼女にとって殺人は悪。罪無き人間に手を掛けるのはご法度なのだ。


車のアクセルに細工した時のように運転手を巻き込むのは問題ない。彼にも殺されるリスクを覚悟する余地はあるからだ。


しかし、


『この人達はそこまでの余地は無い。如何しよう?』


 その考えは彼女の思考を鈍らせた。


 「皆さん落ち着いて!大丈夫です。現在、クルーが確認していますが、問題は有りません。ただ、万が一のことを考え、皆様には救命ボートで港に戻って頂きます!落ち着いて!落ち着いてください。大丈夫です。沈みません。救命ボートも人数分有ります。ですから!落ち着いて!慌てないで!」


 クルーの誘導が彼女を冷静にさせた。


 『そうだ。大丈夫。皆助かる。そして、あの男だけは仕留める。』


 しかし、この状況で毒針は危険だ。後ほど、じっくりと狙おう。






 この時の爆音。無論。彼らの仕掛けた爆弾が破裂したものだった。それぞれが仕掛けた爆弾は誤差は有れど、どれもこれも威力が低く、船に少し穴が開く程度。


 しかし、それを三個同時に爆破したことにより、低威力爆弾は洒落にならない威力となっていた。


状況は思ったより緊迫していた。


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