侍VS暗殺者

「気を付けて行けよ。」


ひとしきり笑った後、ボルティア殿に見送られ、拙者は地下へと向かった。


 異様な量の松明に照らされて昼のように明るい石段の通路を落ちるように降りていく。意外と深く、松明だけが通路に光を与える。


 「エリ殿、無事であってくれ。」


 そんなことを呟いているうちに牢の最深部に着いたようだ。松明が相変わらず照らしてはいるが、通路より本数が少ない。当然通路以上に空間が広く、本数の少ない松明の光ではそれ以外の闇を強調する結果となり、下手な真っ暗闇よりも性質タチの悪い視界の悪さとなっている。これでは


「闇に紛れて不意打ちが出来そうねぇ。」


 エリ殿の声!しかし、何の気配も無いところからその声はあった。エリ殿ではない!


 「何奴⁉」




無刃流八 焦熱




石の地面に刀を突き立て、床を斬りつつ斬り上げる。石と刀の摩擦によりギャリギャリと音がし、火花が散る。


地面との摩擦で生まれた熱を相手にぶつける技。忍術の火遁を参考に生み出された技だ。


音のした方向に熱風を放つ。しかし、悲鳴も、何かが焼ける音も無い。確実にエリ殿ではない。声の言う通り、ここでは不意打ちの出来る方が有利。非常に不味い。


 「アハハハハハハハ残念ハズレ。」


 今度は別の方向から声が響く。前から響くようで後ろから響いているかもしれない。左から響いてるような気もする。否、右か。分からない。何処だ?声の主は?


「何処だ。出てきて拙者と闘え!」


周囲に目を凝らして敵の正体を見極めようとするが、先ほども言った通り、下手に明るいために暗くて見えない。


どうするか?ここには明りは松明しかない。かといって松明に近付けば飛び道具を持っていた場合や魔法の良い的だ。どうする?


幸い周囲の檻の中には誰もいない為、巻き添えの心配は無い。では…


 「止むを得んか。」


 刀を石床に突き刺す。


「あらぁ、降参…じゃぁないわよね。」


「いい加減そのふざけた猿マネを止めてもらおうか。」


「止められるものなら止めて見なさい。さっきは出来なかったみたいだけどね。」


 刺した刀を掴みながらその言葉に驚く。この声の主が先ほどエリ殿を拐かどわかした輩か!


 思わず刀を握る手に力が入る。許すまじ。


 先ほどは姿すら見れずに終わったが、今回汚名を返上してくれよう。




無刃流八の二 焦熱地獄




 先程同様、地面に刺した刀で熱を生み出す。が、先程と違い、斬り上げずにそのまま走り出した。


 「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 雄たけびを上げ、火花を撒き散らして縦横無尽に駆け回る。


 これを見ていたニセ「エリ殿」は


「あららぁ?コレは何のつもり?まさか天井落として明るくするつもり?止しなさい。無駄よ。」


 勘違いしている。拙者の狙いには気付いていない。そうしているうちに天井や床や檻、壁に無数の刀で出来たキズが出来上がる。そう、キズだ。ただし、摩擦で溶けた石が溶岩となって流れる傷が。だ。


 そう、目的は天井を落とす事では無く、溶岩の輝きで辺りを照らすことである。


 見つけた。声真似と思っていた故、拙者の相手は女だろうと思っていたが、違った。


 男であった。黒い忍び装束のようなものに身を包んだ小柄な男だった。


 「あらら、ばれちゃった。」


 見つかったと知ると男の野太い声になったが、相変わらず女のような口調は変らない。


 「見つけたぞ。拙者は無刃流雨月宗衛門。さぁ、尋常に勝負せよ!」


  男はニヤニヤしながら…消えた。


 未だ溶岩の輝きで部屋は明るく視界は良好である。しかし、目の前の小男は徐々に水のように透明になって消えたのだ。


 「アナタ、私は彼方の連れを誘拐したような輩よ?そんな奴が、正々堂々するわけないでしょ。と、いう訳で見えない私相手に苦戦すると良いわ。」


 またしても声が前後左右から響き、見失い、振り出しに戻った。どころか、


 サッ


 肩に痛みが走る。見れば着物が大きな刃物で切られたように破れ、紅く染まっていた。


「!」


 肩の傷を押さえつつ警戒する。なんだ?何の攻撃だ?


 そうしている間にも痛みが体のそこら中で駆け回る。肩、頬、腕、背中、首、手首、太もも、腹、脛…。あちこちの着物が大きく切れて赤く染まる。拙者の鎌鼬同様の攻撃…。否、それなら当たった時に空気の流れに気付く。もし、気付かずとも、ここは無風無音の室内で松明もある。風が起きたりすれば音や炎の揺らぎで気付くはず。


 なのに…何故?


「あらあらあらぁ。どうしたのかしらぁ?ま・さ・か。気付いていないのかしらぁ?私がナニをしてるか?」


挑発するかのように響く声。腹立たしいがそれは真実である。


先程から避けようにも攻撃の正体が掴めていない。故に先程から動けないまま着物を切り傷で真っ赤に染めていた。今や体中切り傷だらけだ。


…しかし妙だ。先程から長物で斬られたような切り傷が沢山有る。しかし、浅いものばかりで致命的なものは一切無い。深い傷、刺し傷、一切無し。


考えろ……奴の戦法や能力。透明になる前に見た奴の姿、浅い切り傷。透明化や気配の遮断、そして服装から、おそらく暗殺や隠密、忍びの者と同質であろう。故に武器は小型。傷の深さからもこれは明らかだ。しかし、傷の長さ自体は長物のソレ同様大きい。これから考えられることは…。


 「糸か!」


しかし、気付いた時には遅かった。


動こうとして、周囲に張り巡らされた糸に気付いた。先程からの攻撃は拙者を拘束する役目も果たしていた。


肩、頬、腕、背中、首、手首、太もも、腹、脛…。全身を糸に絡め捕られている。


刀を抜こうと手を動かし糸に触れた。剃刀で斬ったように鮮血が流れる。触れただけでこの威力か…。


闇の中から男が出てくる。


「正解。で・も。遅かったわね。教えてあげるわ。私の獲物は針と糸。透明の魔法を付与した見えない針に糸を通して投げて、ちょっとずつ切ってくの。でもね、糸だけだとそんなに切れないから、ちょーっと振動を加えて切れ味を上げてるの。」


「振動?」


「そう、振動。糸を魔法で小刻みに振るわせるの。そうすると何故か切れ味が良くなってみーんな驚いてくれるの。初めてよ、糸ってバレたの。」


手の中で私を覆う糸の檻の一端を持ち、それを玩ぶ。成程、あちらで振動させる訳だ。悪戯っぽく笑いながらぺらぺら喋る。しかし、その眼には殺意があった。


「残念だわ。バレてしまった以上…お前は殺すしかない。まぁ、バレなかったらそのまま殺してたから同じなんだがな。」


女口調が無くなり冷酷な男の口調になる。手にはギラリと光る短剣が見える。刀の鯉口を切れはするが、この状態では抜けはしない。これまでか。


目の前に男が来た。


「じゃあな、死後にまた会おう。」


短剣を振りかざす。それが目指すは拙者の心臓。刺されば死は免れない。


「死後か…。残念だな。拙者は一回死んだも同じ身よ。」




 無刃流九 飛柄




>鯉口を切った刀を親指で弾き、柄を男の鳩尾目掛けて叩き込む。「グ!」一瞬、糸が弛み、刀に手が届いた。



糸が切り刻まれ、自由になる。男は距離を取り、焦り出した。『飛柄』。刀を片手で弾いて柄を相手に叩き付ける牽制攻撃。至近距離でしか使えはしないが、最小の動作で行う為、油断した相手に非常に有効だ。。「ゲホ!やるな。糸を見抜いただけでなく、それを脱したのはお前が初めてだ。」むせながらもこちらに短剣の切っ先を未だ向ける男。まだやる気らしい。「もう透明にはならんのか?」拙者の問いに男は答える。「残念ながらもう透明にはなれない。あれは長く使えるものじゃない。本来はな。」成る程、つまり…「ジューダ王国特殊近衛の暗殺者、ノマン。己が流儀、目撃必死を貫くべく、貴殿が命、貰い受ける。」短剣を構えて言う。暗殺者がこうして面と向かって口上を述べるか。良い。「拙者は無刃流の雨月宗右衛門。拙者の連れを奪還すべく、ノマン殿、貴殿には敗れて頂く。」「いざ、尋常に」「勝負!」ここに、侍と暗殺者の一騎討ちが始まった。






「ぅ、ぅう。」意識が朦朧とする。体の感覚がぼんやりとして、自分のものでは無いように感じる。「ふぅむ、流石は神。そう簡単には行かぬか。」男は思案顔で目の前の少女を見る。手足が黒い球体で拘束され、眼は虚ろ。しかし、未だに意識がかろうじて有るようだ「ぅげっさ…ん」少女は朦朧とする意識の最中、たった一人の味方の名を呼ぶ。「まぁ良い。方法は他にもある。じわじわ蝕むとしよう。」男はそう言って手の平からドス黒い液体を生み出す。彼女の手足を拘束する黒い球体同様にドス黒い。それは手の平から流れ出し、生き物のように地面を這い、少女の身体を這い上がり、全身を黒い液体で覆っていく。「さぁて、後は時間の問題。奴等が持たせるか。だ。」男は少女だった黒い塊を背に、玉座に戻って行った。「待っ…て。る、わ 」黒い塊の中、少女が呟くのを聞いた者は誰も居ない。






「せい!!とうっ!」「ぬっ!はっ!」暗殺者と侍の闘いは続いている。侍の長物に対して暗殺者は短剣。侍の間合いの有利が直ぐに決着を着けるかと思われた。が、そうではなかった。互角である。侍の一刀を暗殺者は受け流しつつ間合いを詰める。しかし、侍は素早く後ろへ下がると横一文字を暗殺者に入れようとする。それを暗殺者は身体を反らして避ける。と、同時に反らせた反動を利用して短剣を侍に叩き込む。 しかし、侍はそれを刀で防ぐ。 互角要因は幾つかある。1つは先程も言った獲物の長さ。これは侍が優位だ。 ダメージの差、これは全身傷だらけの侍は鳩尾に一発喰らっただけの暗殺者より圧倒的不利である。 しかし、手数に関しては糸と魔法の使えなくなった暗殺者より元から刀のみの侍のほうが有利。 環境に関しては溶岩が冷め切り、元々通りの所々に松明のある暗くなった室内では暗殺者が優位。 精神力。これは本来互角と言えよう。が、自分の技が見切られた僅かなショックが暗殺者の自尊心を少し、ほんの少し傷付けているため、侍が僅差で優


位。 そして、最後に武器や戦闘の熟練度。である。これは、暗殺主体の暗殺者が不利と思われていた。しかし、このノマンという暗殺者、短剣の扱いが非常に巧く、先程から侍の攻撃をほぼ受け切っていた。 これにより、お互いまともに一撃を入れられず、喰らわず、時間だけが過ぎて行った。 そんな最中、互いの一撃が互いを弾き、互いに後ろに下がる。「流石に剣のみに命を預けるだけあって強いな。」 「そちらこそ。正直拙者は暗殺者と手を合わせているのか熟練の剣士と手合せしているのか分からなくなりそうだ。」 互いに互いを称賛する。そこには一切の世辞は無い。今正に自分を窮地に追い込んでいる相手に対する畏怖と尊敬しか無い。 「仕方ない。これはあまり使いたくない手なのだが、そんな贅沢、言えないな。」 ノマン殿が何かを諦め、それでいて決心したような顔をした。何か仕掛けてくる気だ。 「響け!剣よ!」 耳鳴りがした。次の瞬間、ノマン殿はこちらに向かって突進してきた。 よほど余裕が無いのか、真っ正直な突進である。本来、これを好機と


一文字に切りたいのだが…。




無刃流二 鎌鼬




 先程までの技巧に富む剣を見る限り、ただの特攻ではない。近づけてはいけない。耳鳴りで揺れる頭がそう確信した。 不可視の刃がノマン殿に迫る。しかし、「真空の刃か。甘い!」鎌鼬に気付きつつ、避けずに短剣で受けた。否、短剣で斬られた。不快な金属音と共に拙者の刃は砕かれ、霧散した。鎌鼬を短剣で受けるのは困難。ましてや斬るなど到底できるものではない。つまり「その刃に何か仕掛けがありそうだな。」アレを直接受けるのは危険だ。幸いこちらの獲物の方が長く、距離は取りやすい。そう考えたのがいけなかった。「せい!」短剣の到底届かない、拙者の刀の間合いギリギリ外で、短剣を振るった。直後、耳鳴りが強くなり、拙者の体に大きく紅い線が走った。「グァ…、ぬ。」拙い、そう思い、限界までノマン殿との距離を離す。肩から脇腹まで大きく裂けた。先ほどの糸よりも深い。糸ではない。先ほどまでの短剣は偽装で、実はアレは長剣を透明にしたものだった?否、それなら先ほどのやり取りで拙者は疾うに切り殺されていた。拙者と同じ鎌鼬?否、拙者の鎌


鼬を容易く斬った。同じ鎌鼬ならああは成らない。斬られた部分が痛く、耳鳴りが酷い。…そう、耳鳴り!先程まで無かった。しかし、今はある。これは血を失ったからだと思っていた。しかし、そうで無いとしたら?ノマン殿は言った。「あまり使いたくない手」「響け」と。使いたくないのは暗殺者としての矜持に関わるからと推察できる。彼の矜持は素晴らしい。そして、響く…か。もしかしたら…「振動する剣…」そう呟くとノマン殿の顔に動揺が走った。図星か。「お察しの通り。今私が使ったのは音響剣という。見破られたなら説明するしかないな。剣の周りの空気を魔法で固め、振動させ、見えない剣を作り、斬る。剣を振動させると不思議なことによく斬れる。先程の糸と同じだ。この現象を使った不可視の剣といった所だ。」成程、先程からの耳鳴りは仕業か。 拙者の鎌鼬を破ったのも、ただの空気の刃と、振動した空気の刃の差か。 成程、なれば、 「ノマン殿には驚かされた。しかし、驚かされてばかりでは拙者も立つ瀬がない。故に…」 刀を片手で持ち、親指と人差


し指を柄に叩き付ける。何度も何度も、何度も何度も、指が残像を起こし、衝撃が刀身を駆け巡り、音となり、耳鳴りがするまで… 「無刃流 雲雀といったところか…」 耳鳴りが先程より酷くなった。


「は、はは。私の技術を破り、あまつさえ模倣したのは貴方が初めてだ。最早それを侮辱とも取れない。」


ノマン殿は唖然としていた。が、しかし、それとこれとは別。彼は決して降参はしない。


「では、最期の死合いを始めよう。」


「一応訊く。ノマン殿、貴殿には降参の意は無いのだな?」


「無い。行くぞ。」


暗殺者と侍の最期の一騎討ちが始まった。








 音響剣 一刺








 無刃流 雲雀








互いにボロボロ。後はない。










互いへの最短距離を駆け出した。




互いに一歩、一歩近付き、











互いを斬った。
































血を流したのは侍だった。


無傷の暗殺者は振り返り言った。


「まけ、った。」


酔っぱらったような口調でそう言ってノマンは地に伏した。


勝ったのは侍だった。




「勝ったにしては拙者は無様過ぎよう。」


血だらけの侍は刀を杖に暗殺者に向かう。


「何故、拙者を斬らなかった?さすればそこまでの怪我は無かった。」


少し怨めしそうにノマン殿は言う。


そう、拙者はノマン殿を斬ってはいなかった。


あの時、一騎討ちの中、雲雀で音響剣を斬った次の瞬間、拙者は振動を止め、別の技を使った。




 無刃流一 千鳥足




刀を手の中で回転させ、峰でノマン殿を打った。


もし、ただの峰打ちならおそらく、彼は納得せずに又太刀向かっただろう。または歯に仕込んだ毒による自決をするだろう。しかし、それを避けたかった拙者はこれを使った。


この技は使った後に相手は動きを止める。


正確には動けなくなる。千鳥足は峰打ちによる衝撃で相手の感覚を痺れさせるもの。これで当分はまともに眉ひとつ動かせない。


正直最後喋れたのは驚きだった。


という訳で、彼は死なせずに倒すことが出来たという訳だ。しかし、それで拙者が音響剣を少し喰らっているので上出来とはいかなかったが。


「ノマン殿、死なせはせんよ?貴殿には拙者を殺し、暗殺者の秘密を守り、意地を張って貰わねばならん。何より拙者が再戦を所望する。」


ノマン殿は表情一つ変えなんだが、解ってはくれたようだ。


「又会おう。」


侍は踵を返して階段を上がって行った。


























 何故、私には何も出来ないのだろう?


 豊穣を司りながら、人が苦しんでいる時に何もできない。


 だから人を頼った。それでも、その隙に邪悪に国を乗っ取られかけているのだから、世話は無い。


 挙句に今、雨月さんの案内役を買っておきながら攫われ、敵に捕らわれ足を引っ張っている始末。


 あぁ、何故私は何も出来ないのだろう?






どろどろとした黒いなかで、自分の無力さを自問自答する。


自分は弱く、無力で、何の意味も無く、何も出来ない。


どうしたら良い?どうすれば良い?








誰もいない黒い中で、目の前に何かが居た。


真っ黒な中、誰かが居る訳が無いのに、目の前の誰かを解る訳が無いのに、誰かが居た。




 力が無いから何も出来ないのサ


 力が有れば何かを成せるサ


 力が有れば人に頼らズ 自分の力だけで成せるのサ


 ホラ 力をあげるヨ 手を伸ばしテ




目の前の誰かがそう言って手を差し伸べる。


 少女は吸い込まれるようにしてその手を取った。

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