侍VS素手

「ボルティア殿、地下に行ったが誰もおらんかったぞ。」


 「あれー、ウゲツさん?居ない?じゃぁ何処だろう?というか、どうした?その傷…あぁ、ノマンに会ったのか。御免な。嘘はついてないんだぜ?捕まったってんなら普通あそこに放り込まれるんだから…。」


 目の前のボルティア殿は本当に困ったように考え込む。本当らしい。


 「済まなかったな。ボルティア殿。では。」


 「オイオイオイオイ、ウゲツさん、何処に行く気だ?」


 「城を手当たり次第探す。そしたら見つかるだろう。」


 ボルティア殿は呆れた顔をして拙者を見る。


 「アンタなぁ、ここは敵地、オレみたいな物好き別として、いきなり攻撃してくるぞ?その中をその傷で行くのか?無謀にもほど…」


 その先は聞こえなかった。それは拙者が気絶した訳では無く、ボルティア殿が言葉を切ったわけでも無く、


ただ、城壁の爆発音で掻き消されたのだった。




「ゴルゥア!侵入者は何処じゃー!出て来いや!サシでヤロウヤァ!来いや!来いや!出て来いや!」


城壁の爆発音より圧倒的に大きい声で叫ぶ男が居た。その男は爆発の煙の中から出てきた。


 「ボルティアァァァァァ!侵入者ってのは何処だ!アッチか?コッチか?ソッチか?ドッチじゃ?」


 非常に大きい。拙者の二倍ほどの体躯がある。服を纏っていないその肉体は仁王像のような、人間では無い者の肉体のようだった。


 「ゲ!ウゲツさん、走れますか?直ぐ逃げて、先ず逃げて、超逃げて。デコリック不味い絶対。」


 ボルティア殿の顔色が藍染のように青ざめる。この男は相当手練れであるのはその肉体から明らかだ。おそらく、ボルティア殿やノマン殿と同様に『特別近衛』なる者なのだろう。つまり、実力は前者二人と同様かそれ以上。


 「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォン??ボルティアァ?そいつが侵入者かぁ?なんだ?もう殺っちまったか?それとも手前が殺られたのか?」


 丸太のような首と相撲取りのような厚い手をゴキゴキ鳴らしながら迫って来る。歩いた足跡が地面に残る。


 「お初にお目にかかる。拙者、無刃流の雨月宗衛門と申す者。この城に連れ去られた連れの娘を奪還すべく、侵入した狼藉者だ!」


 「あぁぁぁぁぁぁぁ、ウゲツさん。何もそこまで丁寧に紹介しないでも。」


 ボルティア殿の青い顔が更に青くなる。


 「ヘ、ヘヘ、ヘヘヘヘヘヘヘヘヘハハハハッハハハハッハッハッハ!面白ぇえ!」


 目の前の仁王像は周囲の空気を揺らして高笑いした。只の笑い声にここまでの力強さを感じるなど初めてだ。


 「ヨシ!ボルティア!お前退どいてろ!俺が潰す!」


 肉体が声の昂りに呼応して脈打つ。


 「イヤイヤイヤ、チョット待ってくだ…」


 「うるせえ‼退け!」


 「………ハイ」


 非常にボルティア殿が小さくなる。


 体中痛み、疲労困憊。しかし、逃げる訳にはいかない。全力を持って斬り、エリ殿を奪還する!


 「おおっと!忘れてた!先ずは」


 次の瞬間拳を固めて構える。するとその拳が眩く光り出した。この男も魔法を使うか。


 「こいつを受け取れ!」


 ゴゥと拳が唸り、拳の光がこちらに飛んできた。




  無刃流三の二 嵐槌




こちらも構えて光弾を叩き潰しに行く。が、槌は光弾をすり抜けていき、光弾が拙者の体に直撃した。


「ウゲツさん!」


ボルティア殿が叫ぶ。


拙者の体が吹き飛ぶ。


「ガハハハハハハハハハハハァ!如何だ?効くだろう!」


目の前の仁王は高らかに笑う。嵐槌を直撃しながら彼の体には傷一つ無い。


「確かに、効くな。」


心配するボルティア殿を余所に吹き飛んだ拙者は起き上がる。


 端的に言えば、体の痛みが消えた。


 それはもう痛みが感じられないほどの危険な状態になったという訳では無く、さっき迄の傷が綺麗に無くなっていた。


 切り刻まれた着物からは傷が無くなり、赤い血の跡だけが傷の有ったことを示していた。


 先程の攻撃、攻撃では無く


 「貴殿、デコリック殿というのか?」


 「アァそうだ!俺は特別近衛の格闘野郎デコリック!俺は武器は使わねえ!使うは己が肉体のみだ!」


 「デコリック殿、傷を治して頂き感謝する。が、何故貴殿は拙者の傷を治した?先程までの拙者であったなら、一瞬で倒せたであろうというのに。」


 拙者が問うとデコリック殿は高笑いをしながらこう言った。


 「バカか手前!死にぞこないの野郎ぶっ潰したって楽しかねェだろう!最高の状態でやりあってぶっ潰すから楽しんだろうが!」


 「そうか、そうであるか。それは拙者も同感だ。実に良い。ではデコリック殿?」


 「何だ!手前!」


 「拙者は先程貴殿の厚意を攻撃と間違え貴殿を攻撃してしまった。と、いう訳で、デコリック殿。貴殿が先ず攻撃してくれぬか?これでは不公平だ。」


 拙者の頼みに対し、デコリック殿は一笑に付す。


 「ハン!ヤなこった!安心しろ!あんな風、攻撃でもなんでもねぇ‼手前の全力がアレだってんなら安心しろ!これからさっきよりもっとぶっ潰してやる!」


 「そうか…では安心しろ。あれは序の口だ。なれば拙者は、貴殿に敬意を表し、貴殿を殺す気で相手致す。」


 「面白れぇ!返り討ちにしてやる!」


 ここに、剣と肉体のぶつかり合いが勃発した。








「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」


「グッ」


この男、矢張人間ではなく仁王の化身であったか。


デコリック殿は勝負開始と同時に最短距離を突っ切ってきた。


それは前のノマン殿と同じではあったが違いがあった。


それは、拙者の間合いに入るまでの時間、つまり速さがまるで違った。次の瞬間、大砲のような拳が拙者に撃ち込まれた。


辛うじて反応した拙者は




 無刃流四 不斬打ち




刀を一寸も引かずに斬りつける。それにより、何も斬らずに刀を振るえる。拳相手でも打ちあいが出来る。そう思っていた。


拙者の不斬打ちとデコリック殿の拳がぶつかり合い、


ガキン!!


火花が散った。


「!」


次の瞬間、拙者は城壁に叩きつけられた。


「ハッ!舐めてんのか!?そんなナマクラで俺の拳が斬れると思ったのか!!馬鹿にしてると殺すぞ!?てか、生きてんのか!?」


デコリック殿は怒りに燃える。


「大変失礼した。よもや拳で刀とやりあう猛者が居るとは思わなんだ。」


驚きだ。拳と合わせた筈なのに刀のそれと同じ感触があった。


それに対してデコリック殿は一笑に付す。


「ハッ!たりめーだろ!!わざわざ武器だとか魔法だとか使わねえってことは、俺の肉体がンナもんより強ぇってことだろうが!!」


…確かに道理だ。


武器を使うより肉体が強いならわざわざ武器を使わず殴ればよい。


つまり、拙者の前には修羅や羅刹の類いが居ると考えれば良いのか。良い。


「成る程、貴殿は殺す気ぐらいで丁度な訳だ…なれば。」




雲雀




耳鳴りがして、次の瞬間、仁王の二の腕に浅い傷が付けられた。


「お!やるじゃねえか!俺の血を見た奴は久々だ!!」


自分の肌が傷ついたのをみて、感心するデコリック殿。


「ノマン殿から頂いた技だ。中々の斬れ味であろう?」


そう言いながらも内心驚く。


腕を斬り落とす気で斬った。流石に斬り落とせはせずとも当分腕一本は使えぬようにはなる。そう考えた。


切り傷が一つ。藪の葉で切った傷のようなものが一つ。


これは凄い。凄いとしか言いようがない。


「アイツのパクりか。しかし、俺の拳はもっと強ぇ!!」


轟!!


拳に殴られた空気が轟音を立て、拙者に襲い掛かる。




無刃流二の二改 鎌鼬 多重籠目




最速で不可視の刃を生み出す。ボルティア殿の槍と違い、実体が無いため、空気全てを斬り裂かねばならない。


籠目を連続で作り出し、空を斬る。


「おぉ!!俺の空拳を斬ったか!!」 今度は空気泡を凌いだ拙者にデコリック殿が称賛を送る。


「次は拙者の番、行くぞ!!」




無刃流一の二 千鳥足 万足




千鳥足を全方位から同時に複数叩き込む。衝撃はぶつかり合い、反響し、熊でも昏倒する対巨獣用の技だ。


「ヌ!ゴ!オ!」


 身体中を衝撃が走り、肉が、骨が、砕けた豆腐のようになっている。今回は熊を倒す時より念入りに、いつもよりも沢山の千鳥足を叩き込んだ。それが証拠に前身の浮き上がった血管や筋肉に波紋が現れて振動が見える。ここまで酷いのは我ながら初めてだ。人間なら、確実に即死するレベルである。


 「オォウォォォォォォォ!リャ!フン!」


 振動している筈のデコリック殿の体から振動が消えた。浮き出た血管や筋肉は先程までの振動が無かったかのようにそこに健在である。


 「グヘ!フハ!フハハハハハハハハハ!さすがに今のは効いたぞ!危うく膝を着くかと思ったわい!」


 喰らってはいる。しかし、そこまで入ってはいない。それが証拠に手足をブンブンと風を切りながら振り回している。


「世界が回った!しかし、我が肉体は未だ健在!さあ今度はこちらの番だ!」


 拙者も刀を構える。次は何が来る?












「ハァァァァァァ。化け物っているもんだなぁ。」


 ボルティアは呆れていた。目の前の二人の闘いがおかし過ぎて呆れていた。




先ず最初の一撃で火花が散った。素手と刀でそんな現象が起こったのを初めて見た。


「肉体が魔法や武器より強い」


俺のアイデンティティーはモロ砕かれた。


次の技。ノマンの技の応用とはいえ、あの筋肉鎧に血が通っているのを初めて見た。


空気を殴って相手を吹き飛ばす空気砲。あれに対するウゲツさんも刀を分身させて斬っていた。 あれ。二人は言及してなかったけど、地面が刀だか拳の風圧だかで抉りとられていた。


最後のやつもデコリックさん身体ぐにゃぐにゃだったし、それでも平気だったし…。


明らかに目の前は人外大戦争だった。


「他のが来ないように人払いの魔法かけとこ。」


ボルティアは魔法をかけ始めた。








「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」


何の変哲もない正拳突きが撃ち込まれる。


ただし、一度に撃ち込まれるのは一発ではない。


二つしかない筈の拳が十にも二十にも見える。そして、その全てが実像なのである。


それら全てが必殺。一撃でも喰らえば即死。


そんな中で拳を刀で滑らせ確実に一撃一撃を受け流す。


重く、多く、速い。しかし、こちらも負ける訳にはいかない。無数の拳の刹那の隙を見出だそうとする。しかし、中々そんなものは無い。 なれば、




雲雀




受け流す刃を振動させ斬れ味を上昇させる。


無限の拳が流れ、先程までなかった現象が起きる。


「やるじゃ!ねえかぁ!」


拳から血が流れ出した。それは僅かな、あかぎれ程度の傷ではあった。しかし、刹那で十にも二十にもなる拳と剣のやり取りの最中でのあかぎれは時間を経るにつれどんどん増えて大きな傷となっていった。


「この!野郎!!」


デコリックの僅かな心の揺らぎ、しかし、この刹那の連続でそれは致命的隙となった。




無刃流五の二 翡翠回天




拙者は撃ち込まれる拳の間に突きを捩じ込んだ。


翡翠。単純に突きではあるが、元より突きの威力は最大級。回天はそれを更に強化させた突き。その強化とは…


拳の滝を抜けた切っ先がデコリックの肉体に触れた瞬間、刀が渦を巻いた。






「ヌゴゥ!!アッグゥ!!」


今までに無い苦悶の表情と声が響き渡り、拙者の刀がデコリック殿の腹に穴を穿った。


正に仁王の如き風格。


本来翡翠回天は対人使用はしたことがない。理由は簡単。単純に殺傷力が強過ぎて人を殺めてしまうからだ。


ただでさえ威力の高い突きを相手を突く瞬間に手首の回転を加えて肉を抉り取る。


無刃流剣術 。拙者の用いる剣術の名前である。


この流派の心構えはこうである。『我が刀に刃無し、我が心に刃有り。 我が斬るは人に非ず、悪しき心也』と。つまりは人殺しなどあってはならないのだ。無論拙者も人殺しは嫌いである。


故にこの技は無刃流と拙者。両方の流儀に反す為に封印していた。しかし、目の前の男に拙者はそれを使った。理由は単純明快に強かっただけでなく、信用できた。この男は決して死なない。と。


結果、目の前の男は生きていた。


「天晴れ。デコリック殿。貴殿は正に、仁王に勝るとも劣らぬ、正に強者よ。」


目の前の強者は腹から血を流しながら、それでも倒れず、目は死んでいなかった。


「殺るぞ!未だ終わってねぇ!」 気合い十二分。しかし、腹の傷は浅く無く、今も血が流れ落ちている。声も当初のような力は無い。


「デコリック殿。今日はこれ迄だ。」


「なら止め刺せ!終わるならそれは死のみ…」


「死にぞこないの野郎ぶっ潰したって楽しかねェだろう。」


「……………」


「貴殿がこう言ったのだ。貴殿程の強者が正か!己が言葉を曲げるような真似はすまいな!!」


デコリック殿は黙ってしまった。デコリック殿にとって、これは屈辱以外の何物でもないだろう。 傷一つ無かった絶対の肉体にここまで深手を負わされた。


しかし、故に私は楽しみである。


 「最高の状態の貴殿と又手合わせ願いたい。」


 「…分かった!」


 「それではな。再戦を楽しみにしておくぞ。」


 そう言って拙者はエリ殿を探しに行こうと背を向けた。


 「………城の最上階!ノマンの攫った女はそこに居るってさっき城の兵が言ってたぜ。行き方は俺の空けた穴の先の階段を上がって東の廊下を進め。そしたら又階段がある。それを上れば会える筈だ。」


 デコリック殿はそう言った。


 「……かたじけないな。有り難う。デコリック殿。」






 エリ殿を奪還すべく拙者は城へと入っていった。




















その頃、城内には人が集結していた。


ボルティアの人払いの結界は人を一定区画に寄せ付けないものであった為に、そして闘っていた二人の様子から念入りに寄せ付けないように範囲を大きくしていたが為に、その領域に入れない分、城内の人の密度が上がっていた。


しかし、集結の理由はそれだけでは無かった。








 「隊列を組みなおせ!魔法使える奴は遠くから削れ!弓兵、確実に当てろ!回復出来る奴はバンバン回復しろ!前衛!攻撃は捨てろ!絶対ヤツを後列に近づけるな!武器が無くとも油断するな!あの黒いの全部が武器だと思っとけ!」


特別近衛が三人とも出払っている今、指揮官たる私がどうにかせねばならない。否、この危機的状況を我々だけでどうにかしなければならない。


 我々の目の前には黒いものがあった。黒く、なめらかな、水のように流動的でもあり、塊でもあった。人の形をしてはいるがそれ(・・)が人であるかを判断することは出来なかった。先程からそれが城内を闊歩し、無差別に人を襲っていた。


 最初、火や電撃を先程から撃ちこみ、怯んだ隙に前衛の兵士が盾で囲い、抑え込もうとした。が、魔法は効果が無いように見えるし、兵士は四方に吹き飛ばされ、目を回していた。現在は魔法や飛び道具で効果があるかは知れんが、兎に角近付かれないように遠距離攻撃を実行中だ。


城内に侵入者ありとは聞いていたが、そいつは特別近衛が相手をしていた筈。


思考が頭を駆け巡る。考えられるケースは三つ。


1.特別近衛が侵入者を逃がした又は見つけていない


2.特別近衛が全員これに闘い、敗れた


3.侵入者は別に居て、これは報告にあった侵入者と違う。別の何か




1は無い。先程から大分時間が経っている。それにそれなりの規模で闘っているため騒がしい。逃がしたり見つけていなくとも探せば見つかる筈だ。


2は考えられない。三人ともやられるとは考え難いし、何より三人が勝てないなら我々は………


いや、考えたくない。


3は、一番この状況に合っている。しかし、


「こいつは一体何なんだ?」


考えている間に被害は加速する。目の前の人型はドロドロと黒い液を鞭のようにして 前衛を一撃で薙ぎ倒した。


 しかもあろうことか吹き飛んだ前衛が後ろの怪我人や遠距離支援にぶち当たり二次被害を生み出す。陣形が完全に瓦解した。


 そうしている間に鞭をしならせ壁や床を無造作に叩き付ける。


 嗚呼、終わりだ。私達も。この城も。


 しなる鞭に意識を奪われる最中、指揮官はそう思っていた。


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