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 「それで、どこを怪我した?具合は大丈夫なのかい?全治どれくらいなんだい?」母は俺に細かく怪我の状況を聞いてきた。正直親として心配してくれている事はわかるが、電話越しで甲高い犬の鳴き声でマシンガンから出された弾を無防備で受けているように聴こえてきてしまい、聴こうとしているが耳や頭が痛い。俺ももういい大人なのだから、怪我の状況を知ってどうすると思ったが、電話が終わった後に紬に言うのかと察知し、仕方なく俺は細かく言った。細かく言っておかないとまた面倒に聴いてきたり、要らないことをされかねないと思ったからだ。俺はこのように母に伝えた。

 「あぁ、全身鞭打ちになってしまったよ。身体の節々が痛くて、肋骨を骨折してるって言われたかな。後は左手の小指も骨折してた。まだ全然治らないと思う。確か先生からは全治1ヶ月は絶対かかるって言われたな。」

 「そうか。それは災難だったね。生きているだけで親孝行だよ。本当に生きてて良かったわ。骨折してる場所がそれだけで済んで良かったと思うわ。」

その一言は俺も同じ意見だった。根気強く生きているということは母のしぶとさのような物が自分にもあるのではと思った。母はこのように続けた。

「本当はそっちに行ってあんたの顔をまじまじと見たいんだけど、今回のテロ事件でそっちに行ける道路が全部緊急車両以外通行止めだし、電車も非常事態宣言で規制されているよ。この状況がいつまで続くかもわからない。紬はこっちに帰らせているから、すぐるは怪我を治すことに専念しなよ。心配はしなくていいから。香さんにもよろしくね。」母は俺にこのように伝えてくれた。25年間生きていてこんなにも親に感謝された事があったかどうか。記憶にないという事はそれだけ自分でも驚いた。そう考えていた瞬間、身体の神経と筋肉両方で力が抜けていった。手に持っていた受話器が手からスルスルと抜けていくのがわかる。あれ…なぜ…身体に力が入らない…。すぐるは車椅子の上で脱力して身体が前屈みになって止まった。それを見た香がすぐに前屈みになったすぐるの身体を起こそうと腕を回して少しずつ持ち上げた。受話器越しでは麻美がすぐるを呼んでいる声が聞こえた。香が受話器を持ち上げてこう伝えた。

「すみませんお母様、香です。今すぐるさんが車椅子の上で意識を失ってしまったようです。多分起きてからすぐ電話するために来たので、身体に情報量が行き過ぎてしまったためかもしれません。」

「そうか、起きたばかりでかけてきたのね。また貴女に助けてもらってすまないね…本当に感謝します。うちの息子が本当に申し訳ないね。」

「いいんです、私も今はどこにも行けませんし、すぐるさんには色々と仕事でお世話になったので、その恩返しのつもりですから…」

「なんでそんなにすぐるに優しいのかい?そいつは仕事で後輩とかに世話をかけられるような性格じゃないんだけどね。」

「それは…」

と言ったところで香は止まった。

「…それだけ色々と教えてもらったと思ってますので。あの状態で生きていた事が本当に奇跡のようだったので私の今はそれ以上何も望んでいません…。」

「そうかい、そんなに思ってくれてるならちゃんと言わせないとだね。またうちの息子をよろしく頼むね。」


 そうですね、まだ完全とまではなっていませんもんね。私から見てもまだ記憶が戻ってないようですね。まだ30分前まで目を閉じていましたし、テロ発生して30時間後に意識不明の重体でこの病院で搬送された時私はもうダメだと思っていました。すぐるさんをこの病院で見たときに涙が止まらなかった。何日も。それくらい私は悲しかった。でも今やっと目を覚ましてくれた。話している姿、動いてる姿を見て、それだけで私は嬉しいです。香はこのように思っていた。




気づいたら昼の1時になっていた。すぐるを病室に戻しながら、あの事をすぐるに言っていいかどうかまだ悩んでいた。でも次起きた時しかない、そのように神様から言われていると思ったので香はあることをすぐるに言うことにした。

電話の途中に意識を失ってから2時間程が経過した。すぐるは少しずつ目を見開いた。意識が少しずつ戻ってきた。すぐるが目を覚ました時すでに香が部屋に戻していた。

「気がつかれましたか?」

聞き覚えがある声が聴こえた。最初に意識を戻した昼と香は同じ場所に座っていた。先程はすぐるのベッドに寄りかかるように寝ていたとは変わって今度は次世代携帯電話で何かを閲覧していたようだった。

「ああ、ここは?」

「病室に戻ってきましたよ。」

俺は意識失う前の状況を整理した。起きてから母に電話して伝えていたことまでは覚えていた。一つずつ頭の中で整理していき辛うじて忘れていることは無さそうだった。その後に香が病室に戻してくれたとのことだった。

「申し訳ない。また迷惑をかけてしまって…こんな身体だから、やはり自分でもわからない部分があるから…」

「それは私もわかっていましたが、急に動くことはやめてくださいね。大変だったんですから。」

と香は少し頬を膨らまして少し怒っている表情をした。目は少し心配をしたのかうるうるとした状態になっていた。涙を流した跡もその時に気が付いた。その時香からこんな話を切り出してきた。

 「あの、すぐるさん。」

すぐるは不思議そうにこちらを見ていた。香は本当に言っていいかどうかをもう一度心の中で確認した。そしてこう言った。

 「意識を取り戻して早々でごめんなさい。実はあなたに報告としてお伝えしなければならないことがあるんです。うちの部署でテロが起こった時から行方がわからなくなった人が2人いるんです。」

 「なんだって・・・。」すぐるは全て聞く前から驚いてしまっていた。

 「一体誰が行方不明になっているんだい?」すぐるは直ぐに聞き返した。

 「この前の二人で飲みに行ったときに話していた後輩2人です・・・。」香はその後の事について続けた。

 「あの2人はテロが起こる前には会社に出社していました。私含め5人が2人の出社したところを見ているので間違いないです。ですが、事件が起きて避難するときに人数を確認しましたが、その時にはいませんでした。会社の方に残っているのかも後で確認しましたが気づいた時にはもういませんでした。」

 すぐるは開いた口が塞がらなかった。なぜあいつらは行方がわからなくなったのか。テロ組織によって確保されてしまったのか。しかし、それであればここにいる香も含めて全員捕縛をして何かしらこちらにメッセージを発信するはずだ。ということはテロ組織による捕獲とは考えにくくなってしまった。残るはこの状況から考えてあの二人は自らの身を眩ましたと言わざるを得ない。その事が頭にこびりついて離れようとしなかった。

 「そうか、ありがとう。少し思い当たる場所があるからこの後にでも調べてみるよ。」すぐるは香にこのように言った。心配かけないようにしているか、すぐるは香の前では笑顔で言った。今まで香の顔は緊張しているか悲しみを抑えられない時が多かったが、このときばかりの香はつられて一番笑っていた。

 「また先程のように目の前で倒れてしまっては元も子もないですよ。まずはしっかりと休んでください。自分の身体を休ませてください。お願いですから・・・。」香はすぐるのことが心配で仕方ないという口調でこのように言った。すぐるは香に心配をかけないために笑顔で言ったが、この後に少し顔を赤らめてしまった。




 私の仕事は今の事態をこの国の人々全員に報告する義務がある。しかし最初に報告する場で共にいるマスコミに揶揄されてから自分の身体を動かされたくない。自らこれまでの状況とこれからの具体的な政策について人々に報告しなければならない、その気持ちを持っていなければならない。大統領とはそのようなものだ。

「大統領、ご報告いたします。」

防衛府に今回の特設テロ対策チームを作り、その指揮に当たらせている幹部の一人がこれまでのシキノ・マオーラ地方周辺の状況報告を纏めてきてくれた。

「現在軍を派遣し対応に当たった少尉クラスの人物から聞いたところ、40時間経過した段階のシキノ・マオーラ地方、サエチキ地方、イシナミジノ地方全体で死者が58万2600人、行方不明者は多数、詳しいことはわからないとのことです。内訳は、シキノ・マオーラ地方全域で50万5000人、サエチキ地方西部で2万5500人、イシナミジノ地方中南部で5万2100人です。また負傷者全体では158万9000人を越えているとのことです。今後も増えることは確実のようです。」

この状況から見ても今までで最大最悪の数字であった。数々の自然災害によって亡くなられる方々がいるが、今回の数字はその規模を軽く30倍も越えていた。この国の一番南西に位置するシキノ・マオーラ地方と、その東側に位置するサエチキ地方の中心地同士の直線距離は300㎞ほど離れている。それによるものなのか、地方によってかなり被害に差が出ていた。

 「よし、敵の現在の状況及び潜伏先はどうであったか?」

「敵の状況は最前線としていたイシナミジノ地方中心地及びサエチキ地方ミガサからかなり後退しています。現在はシキノ・マオーラ地方のごく一部にまで後退しています。今後もテロが増えることは間違いがなく、どのように包囲網を展開し、抑制または壊滅させるかを現在予測中です。」

「わかった。予測終了した段階で一回会議を行う。少なくとも明日の15時までに状況報告と共に行う。」私は大統領館を後にして特別対策本部に向かうことにした。


 「加藤大統領、今回の会議はどのようなものについて話し合われたのでしょうか。お答えください。」私が出てきたと同時に50人ほどのマスコミが私の周りを固め始めた。私と歩く速度を同じにして一団は動いている。私はこう答えた。

 「今回の会議は壊滅してしまったシキノ・マオーラ地方、イシナミジノ地方、サエチキ地方一部の再建費用についてこれから話し合う予定です。再建費用についての話し合いも行い、国民の皆様には納得して頂けるよう努めてまいりますので、宜しくお願い致します。」

 私はこの一言を言うだけでも精一杯だった。私はこのように言った後、カメラに向かって深々と頭を下げた。一斉にカメラのシャッター音と同時にフラッシュで前が全然見えなくなった。一刻も早くどうにかしなければならない、その想いで一杯だった。深々と頭を下げた私はしばらくしてから頭を上げ、踵を返し、補佐官たちと今後について整理するために会議室に戻ろうとすると一人の記者からこのようなことを言った。

 「加藤大統領、今回の救済案はうまく通らない可能性が高い事について、今後具体的にどのようになさるおつもりなのでしょうか。」

 私にとってこの質問はまるでナイフのようだった。心臓に一突きされた気分だった。

 「そのことについては今後公表ができるタイミングがございましたら、その時に会見を開きたいと思います。」このように言うしかなかった。言い終わったと同時に私は会議室に向けて早く歩いて戻った。

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