第2章 再会と決意

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 すぐるは昔から自分の心と身体がまだうまく噛み合わさっていないと思っていた。例えば、自分の意思でなにかを掴もうとすると身体はその作用に素直に動こうせず立ち止まっていることや、寧ろ反抗した態度をとる。逆に心がうまく前に進まないという時に限って、身体を強制的に進めなければならない時もある。このような時は常に自分との戦いで、ある時には心と身体を同時に動かさなければならない時も必ずしもある。すぐる自身が得た経験では、人生は心と身体を常日頃からどのように歩みを合わせるかというせめぎ合いがあるものだと考えている。歩みを合わせなければ日常生活の中で自分の人生で悩んでしまう事だと思う。自分の悩みを放置していると、その悩みに素直に立ち向かえず、他人に話すことが出来ないで思い詰めてしまうことや、その思い詰めた先に他人に気持ちを打ち明ける過程を飛ばしてしまい、自らの身を投げ出してしまうことになってしまうのだ。身を投げ出す事を選択する意味で一番に思い当たる理由は考えることを辞めたいだけと受け止められるが、投げた後に何があるかを考えていない、いわば「逃げ」になるのである。それまで考えていたことやこれからの事を考えを無にしてしまう。逃げることは簡単であるがゆえに一番の愚か者だ。過去に何度か身を投げようと思った時期があった。その度に考えに考え抜いて、自分の死に対して誰かが悲しむのか、死の後で意味が芽生えるのかと考えたが、結果としては出なかった。この世の中に名が知れ渡るような働きをしていない、犯罪をしたわけでもない。すぐるはそんな事を考えていた。



 俺は気づいたら仰向けの状態にされていた。なぜこのようになっているかは覚えていないが、今は心身共にとても安心できる状態にある。すぐるはゆっくりと目を開けた。見慣れない天井、四方の高く白い壁はまるですぐるに迫ってくるようだと思った。すぐるは白い部屋にあるものを可能な限り確認しようとまずは頭を右に傾けて見た。体の右側にあったものは120cm程の茶色に塗られた荷物ラックと、その左側に置かれた白い冷蔵庫があった。ラックは自分の手が伸ばせる部分は空間があり、桃色のカーネーションが生けられた花瓶や自分が身につけていた貴重品が置かれていた。体が横たわっているものは白いパイプでできたベッドだった。窓にはベージュ色のカーテンがついており、太陽が差し込んでいた。すぐるは思った。昨日みた夢の続きではないのか、また俺は夢を見ているのかと思った。しかし自分で目を覚ましていたという事を思い出して、ここは病院だとわかった。右に傾けていた頭を少しずつ左にすると1人の女性がベットに腕枕して顔をすぐるに向けて腰ぐらいの場所に寄っ掛かりながら寝ていた。その女性はスーツ姿ではなく完全に私服で濃い青いカーディガンを身に纏ったいたことはわかった。香が1女性としてそこにいた。すぐるが目を覚ましてから5分程経過した所で香も目を覚まして、すぐるが目を覚ましていたことにすぐ気がついたからか起きぬけとは感じさせない喜びをしてから目から涙を零していた。

 「すぐるさん、すぐるさん…良かった、良かった!」

 俺は香を見てどのような顔をすれば良いかわからなかった。俺はどれくらい眠っていたのかがわからないし、香にはとても心配をかけてしまったからだ。目の前にいる香の左手をそっと握った。

 「俺は・・・どれくらい、寝ていたのか。」

 「5日も目を覚まさないまま・・・本当に、本当に心配したんですからね。このまま死んでしまったら、わたし・・・私本当にどうしようかと思いました・・・。」

 「そうか。心配かけたな、ごめんな香。」




 俺は香に5日間意識がなかった間にこの国がどうなっているかを聞いた。

 「朝比奈さんが倒れていた会社の近くに丁度テロ組織の『ツーキ』が居たんですよ。その人たちが周辺を占領して、うちの会社にも銃口を向けてきたんですよ。」

 「え!?それは本当なのか。」

 衝撃の言葉を聞いて俺はすぐにベッドから起きようとした。しかし起きろと体に命じても何日も意思によって動いていなかった俺の体はまだ感覚が戻っていないため言うことを聞かずに立ち上がる力がなく、中途半端に体が動いてしまったので香に抑えられて元の位置に体を戻してもらった。話を聞いたところ、今俺がいる場所はカフマがあるサエチキ地方の中心地サエキチの大病院にいるらしい。中心地のサエキチはカフマから北西に60キロほど行った場所にあり、カムイ共和国では5本の指に入るほどの大都市圏である。しかしカフマからはなかなか遠い距離ではある。なぜかというとサエキチ地方自体が東西にかなり広いためである。またサエチキ地方の西端側とサエチキ地方とクリタマ地方の間、西側に広がるイチナミジノ地方の中心地であるイチナミジノ、シキノ・マオーラ地方全域がテロ組織によって壊滅的な被害をうけてしまった。シキノ・マオーラ地方は自然がとても豊かで、中心地のシキノ・マオーラは公園都市ともいえる場所でありながら、カムイ共和国の第3の都市であった。俺はベッドの真上に壁から伸びていたテレビに気づき、電源を入れた。すぐにこの国の状況が映し出され、報道されていたニュースを見て驚愕した。簡単に言うと、あの緑豊かな都市は面影もなく、一面焦土と化し跡形もなくなってしまっていた。右も左も地平線が見えてしまうほど何も無い黒い土地になってしまった。報道されていた映像の中には泣き叫ぶ子供の姿、夫がまだ見つかっていない妻などが叫び続けている場面など伝えきれない悲しい映像が流れていた。俺は本当にこれがシキノ・マオーラの今の姿なのかどうかが本当に信じられなかった。一連のテロの影響で道路・鉄道、電気ガス水道などのインフラ全てが使用できない状態になっていた。また身元不明の遺体が多数埋まっていたり、転がっているとの情報もある。遺体の回収もあまり進められない状態にあることもテレビの映像から伺えた。現在のところ死者・行方不明者は300万人、避難している人数は今のところ100万人を超えると報道されている。

 すぐるは何かを思い出した途端、香にこう言った。

 「すこし、電話をかけたい、相手がいるから、公衆電話まで連れてってもらえないか?」

 「突然どうされましたか?」香は驚いたようにすぐに聞き返した。

 「妹が、紬がどうなっているか連絡を、取りたいんだ。」

 「でもまだお体は十分ではないですよ、私が連絡を取っておきますから。」

 「いや香にそこまではさせられない。俺が連絡を取りに行く。」

 香は少し経ってから承知しましたと言ってすぐるを車椅子で病院内の電話ボックスまで連れて行ってくれた。

 電話ボックスについてから香からもらったテレフォンカードを電話に入れた。携帯として使っていたメガネが今使用出来なくなっている。電波障害やプロジェクター部分がテロの影響で倒れた時に壊れたと思われる。テレフォンカードで俺は自分の実家にかけた。実家にかけてしばらく呼出音がした。電話には母の麻美が出た。

 「はい、朝比奈です。」

 「もしもし、母さん?」

 「え、すぐるかい?」母は驚いた様子で電話越しに聞き返してきた。

 「そう、心配かけてごめん、母さん。」俺はまだ治っていない身体から力を振り絞りながら電話に答えていた。

 すぐるは母にとりあえず少しではあるがテロの時の状況を説明した。母は、お前が無事だっただけ良かったと言っていた。俺は母に紬がどうしたか気になっていたので聞くと、紬は事態が収まるまで実家にいると言っていた。通っていた大学もかなり甚大な被害を受けてしまったようで代わりのものが出来る状態までは休講になるらしい。紬は始発で友達の家から実家に一回寄る用事ができていたようで、タイミングよくテロに遭わなかった。紬が友達の家に行っていたのでとても心配していたが身の安全が確保されているならば良かったと思えた瞬間だった。



 私は私専用の車である場所の会議に向かっているところだ。これから向かう場所では今回のテロについての話し合いをしなければならない。そしてこれからの事についても…だ。過去にもこのようなテロのようなものが起こったと思うがあまり記憶力が乏しいおかげで遠い記憶になってしまった。過去と言っても私が子どもの時だったと思うが・・・。先ほどでも述べたように、今は目の前にある事態を重く受け止めていかなければならない。今回のテロ事件で史上最悪の被害になったからだ。なぜならば街が…第3の都市と有名のシキノ・マオーラが壊滅したのだ。地方まるごと火の海にされてしまってはこちらとしても対処しなければならない。


 そうこうしているうちに目的地の建物が見えてきた。車はゆっくり進入し止まった。周りにはマスコミが私の写真や声を撮ろうと待っている。テレビ局のアナウンサーらしき方々はマイクを持ってこちらに向けている。ざっと100人以上はいる。それくらいネタにしなければならない事柄なのだ。私は車の中で少し落ち着いてからドアから出た。一斉に写真を撮るもの、カメラをまわすもの、私の声を聞こうと一気に私の方に詰め寄った。

 「大統領、今回のテロ事件でこれから何を会議されるおつもりですか?」女性のアナウンサーが私にこう言ってきた。心の中で私はこれをやっているならば被害の地域でボランティアをしてくれないかと言いたいところだが、心を押し殺してこう答えた。

 「まずは、テロ事件で被害に遭われた方々にご冥福をお祈り申し上げます。また今回のテロ事件で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。会議では最善が尽くせるように努力してまいります。」

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