このお話は桃太郎ではない。

 「マッタクヨぉ。駒共ガ反応シナクナッタカラ来テ見レバコノ有様だ。」


 壁に激突した僕に向かってくる人外の大男が居た。


 「痛ッーーー…。何だよ。クソ、ソッチ、かよ。」


 一瞬、反応が遅れた。お陰で一撃をモロ喰らって身体がそれなりに悲鳴を上げている。


 人畜無害な村人に化けて攻撃してきたソイツの腕は先程までの人間の常識内の太さから僕の胴体位の非常識極まりない太さに変化していた。体躯自体も4-5mは有る。皮膚は人のそれと違い、岩の様にゴツゴツとしていて赤い。そして頭頂部には大きな角が二つある。


 「全ク役立タズニモ程ガアる。狂化洗脳ノ魔法モ使ウ対象ガ対象ナラ役立タズ製造機だ。」


 「狂化洗脳の魔法?」


 下卑た眼、巨大に歪んだ牙、不快な口から出た次の言葉は僕を激昂させた。


 「ソコラノ獣ドモヲ洗脳シテ言ウ事ヲ何デモキク手駒ニスル魔法だ。コノ村ヲ潰スニハ十分ダト思ッタノダガな。マァイい。オ前ヲ殺シテ村人全員皆殺シスレバイイダケだ。」


 手駒?殺す?


 「ふざけるなよ。お前のような理不尽の所為でやられたヤツがどんなに苦しむと思ってんだ?」


 何もしていないのに理不尽にも蹂躙される人間の痛みが解らない。


 許す訳にはいかない。僕の信念として。人々を苦しめる悪鬼羅刹を許す訳にはいかない。


 「鬼退治だ。お前を退治する。」


 目の前の怪物を倒す覚悟の元、目の前の鬼を退治すべく、刀を握りなおした。


 「鬼退治?俺ヲ倒す?笑ワセルナよ!矮小ナ人間が!」


 目の前の鬼はそう言って何もない手の中から岩でできた棍棒を出現させ、投げつけて来た。


 「棍棒?いったいどこから?」


 「魔法ダ!馬鹿ナヤツめ!」


 後ろに居る子どもの結界のお陰で鬼は近づけないが、岩の塊は別だ魔法という未知の技術に驚きつつ、結界をすり抜け飛んできた棍棒を刀で受け流す。


 「危な!」


 完全に受け流すのは無理だった。手が痺れ、足にまで衝撃が走る。


 「そこの坊や!ここは危ないからそれ持ってここから逃げて!」


 さっきの棍棒の回避。出来なくも無かった。しかし、この子どもはそれが出来ない。ここに居ては危ない。


 子どもは了承したのかコクコクと首を縦に振って駆けて行った。


 「よーし。これで気兼ねなくお前を倒せる。」


 目の前の鬼は結界が無くなったのを確認してノッシノッシとこちらに近付いてくる。


 「は?倒す?笑ワセルナ!オ前程度ナラ朝飯前二殺セルンダよ!」


 そう言って何も持っていない両手を薙ぎ払うようにフルスイングする。その手から棍棒が生えて来た。先程同様に棍棒が僕に迫って来た。


 「馬鹿正直に喰らうかよ!」


 体の発条をフルに使って飛び上がって棍棒を躱しながらガラ空きの首筋に向けて一刀を叩きつける。


 「オ………………イオイオイオイオい!コレデ倒ス気か?流石ニ撫デラレ死ヌナンテ死ニ方俺ハ聞イタコトネエぞ!」


 首筋に届いた刀は皮膚には届けど肝心な鬼自身には傷一つ付けられていなかった。棍棒が今度こそ僕に向かって迫る。


 「くぅ!」


 飛び上がったことが裏目に出た。足場が無く、避けることが出来ない。かろうじて迫る棍棒を蹴り、モロの直撃は避けたが、先程同様吹き飛ぶ。


『大丈夫かい?ヤバそうだったら逃げるのも手だぜ?』


近くの家の壁にめり込んだのが相当心配だったのか桃太郎がそう囁く。しかし。


 「ふざけんな。俺がここで逃げたらこいつが次に狙うのは言うまでもない。何の罪も無い村人だ。今の僕は桃太郎。そんな事許せるか!」


 『………。そうか。なら思う存分やってくれ…。』


 「言われなくとも!」


 刀を杖にして再び立ち上がる。鬼は下衆な笑みを浮かべてこちらが立ち上がるのを待っていた。


 「モウ終ワり。ナンテ事ハ無イヨな?」


 「当然。お前は僕が確実に倒させて貰う。」


 地面を蹴り上げ鬼に斬りこむ。無造作に振るわれる棍棒を躱して今度は腹部目掛けて叩き込む。


 ガキン!


 これも金属をぶつけ合わせたような音を立てて弾かれる。どうやら皮膚全体が非常に硬い性質を持っているようだ。


 弾いた隙に蹴りを撃ちこむ鬼。それを今度はバックステップで躱しつつ考える。


 どう倒せばいい?


 桃太郎の鬼退治部分は犬猿雉の攻撃方法は聞いたことがあるが、桃太郎に至っては特殊な戦い方をした記述は聞いたことが無かった。というより普通に闘った。というイメージしか無い。


 「なぁ桃太郎。桃太郎は鬼をどうやって倒したと思う?」


 目の前の相手を便宜上鬼と呼んでいるだけでアレは鬼ではないが、ヒントにはなるだろう。


 『んーーーーーーーー。知らない。』


 勿体ぶってコレか。仕方ないか。彼は僕のイメージなのだから。


 『そもそも…、君は何だってさっきからワンパターンに刀で斬って躱してを繰り返しているんだい?』


 「決まってるだろ。他に手段がないからだ。桃太郎には刀しかないんだ。知ってるだろ?」


 『だから、それがワンパターンなんだよ。君は桃太郎じゃなくて乙木紬君だろ?そしてここは剣と魔法のある世界。桃太郎の世界とは全く違うんだ。そもそも君は桃太郎じゃない。拘りすぎてそこに固執しないで。物語の主人公は君だ。君がどうしたいかが問題なんだ。君は決して桃太郎じゃない。』


「………。」


 そうだった。僕の望みを忘れていた。


 【僕のやりたいことは……自分の手足で歩いて、目で見て、耳で聴いて、食べ、味わって、物語の主人公みたく皆を助けて、感謝されて、そうやって。劇的に人生を送ることだ!】


 そう言っていた。


 僕があの鬼を倒す理由。それは僕が桃太郎の格好をしているからじゃない。


 村人を苦しめ、獣の尊厳を蹂躙した目の前の奴を僕が許せないからだ。


 「君を倒す。それが僕の信念だ。」


 鬼の正面から歩いてくる男は桃太郎ではなくなっていた。それは乙木紬という一人の勇者になっていた。




 「顔ツキガ変ワッた。ガ、ダカラッテドウッテコトナい。殺スダケだ!」


 鬼は棍棒をもう一本。手の中から取り出すと、二本の棍棒を構えて突撃してきた。


 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオら!クズ肉ニナリな。」


 二本の棍棒を目の前のちっぽけな生き物目掛けて振り下ろし振り下ろし、叩き潰す。土煙がもうもうと舞い、地震のように地面が揺れ、何かが破裂するような爆音が鳴り響く。肉と血の混ざったミンチ擬きが目の前の地面に落ちている。そうなる筈だった。


 パラパラパラパラ


 「?」


 棍棒が軽くなっていた。不審に思って煙の中から引き抜く棍棒の先は、無くなっていた。


 「ンん?ナンダコれ?」


 鬼がその棍棒に気を取られたその時。


 「セイ!」


 足元に何かが叩きつけられた。見ればミンチ擬きになったはずの男が鬼の足に一刀を叩き込んでいた。


 「生意気な。効クか!」


 そう言って棍棒の柄で殴りつけようとする。


 消えた。


 そう思った次の瞬間。背中がチクチクした。今度はいつの間にか後ろに回り込んで斬りつけて来たらしい。


 「鬱陶シイヤツめ。殺ス!殺ス殺ス殺ス殺す。」


 手の中から棍棒を産み出す。今度は一つ。しかし、その棍棒は先程までの倍以上の大きさがあった。


 「死ネ死ネ死ネ死ネ死ね!」


 力任せにそれを振り回す。冷静さを欠いてるとはいえその一撃は重く、速い。しかし、目の前の男には掠りもしなかった。








 『うーん、気持ち1つでここまで変わるものか…。』


 桃太郎は急に強くなった乙木を見て感心していた。


 『スキル:オトギ』このスキルの本質は自分の内なるイメージを外に投影すること。つまり、自分のイメージが自分を強くも弱くも出来る。ということだ。


 桃太郎はあくまで彼のイメージがそうであった。という事であり、桃太郎になる訳では無い。


 先程までの彼は桃太郎に凝り固まっていた所為で自己が無く、不安定なイメージのみであった。つまり、何処にもいない。頼りない桃太郎を自身に映し出していた。故に弱かった。


 しかし今。彼は桃太郎のイメージを纏いつつ、自分の信念を持つことで彼は強くなっていた。桃太郎であり、乙木紬というヒーローになっていた。


 『主人公らしくなってきたね。乙木君。』


 本人に聞こえないようにそう考える桃太郎であった。




 「セイ!」


 足元に一刀を入れる。先程までと違い、皮膚に傷くらいはつけられるようになった。そして、一撃一撃の衝撃は確実に足に蓄積されているのが解る。それが証拠に鬼がその場から動こうとしない。


 「舐メルな!三下!」


 手を闇雲に振り回し、威嚇する。


 しかし、振り回した手をいなしつつ、こちらは確実に攻撃を当てていく。








「グゾォォォォォォォォぉ!!!」


  男には掠りもせず、こちらには少なくとも確実に一撃を入れてくる。そんな男に対して鬼は業を煮やしていた。


 無傷だった岩のような肌には切り傷と血が付き、手足は痺れていた。埒が明かない。一気にケリを着ける。


 「ゴウナレば。ゴウナレバァァァァァァァァァあ!」


地面に腕を突き刺す。先程まで行っていた棍棒を作る魔法。その要領で大地を作り替える。


 「辺リ一面マグマニ変エテヤる!!」


 自暴自棄。傍からはそう見えただろう。しかし、この鬼は狡猾だった。さっきまでの相手の性質を見る限り、アイツは他の人間が死ぬのは何としても避けたい。と考えるヤツだ。そんな奴がマグマだまりを作ると聞いて向かってくるであろうことは目に見えていた。


 地面に刺さる腕から真っ赤な液体がドンドンドンドン周囲を侵食していく。自分を中心にドンドン広げていく。周囲の家にマグマが触れ、炎上し、あっという間に煙と熱が蔓延する。ただ一か所。自分の目の前に出来た一本道を除いて。火と煙に包まれた。


 「止めろ!」


 案の定、ちょこまか動いていた男の動きが止まった。狙い通り。選択肢も無く目の前に現れた。








 不味い。足場が無くなっていく。しかも無差別攻撃までして来た。更にご丁寧に、相手への一本道を用意してくれている。


『罠。』


「異論無し。でも。」


 『ここで行かなきゃ村人が危ない。って?』


 「その通り。」


 刀を鞘に納める。肩の力を抜き、刀に手を添え、目の前の鬼を真っ直ぐ見る。


 「来い!三下ァァァあ!」


 マグマに彩られた道を真っ直ぐ走る。


 半分まで走ったところで目の前の道がマグマで遮られた。


 「!」


 思わず跳躍する。辛うじて向こう岸迄たどり着けるが、そこには棍棒を持った鬼が構えていた。


 『不味い。空中じゃ回避できない!』


 「クタバれ!人間!」


 棍棒が迫る。


 刀を抜き一閃した。
















マグマの中州に二人。


一人は異形の男で体には刀傷があった。


もう一人は身体中血と土で汚れている男で、桃のマークをあしらった鉢巻をしていた。


 最初に倒れたのは異形の男だった。




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