第4話

「相変わらず、迅速だな。

 財団の筆頭美人秘書ともなると」




 妙齢の美女は、否定せず、


「当然です。

 財団は、天狗殿の活動を円滑かつ迅速に、万全

 たるサポートするべく、設立されたもの。

 それ以上でも、それ以下ありません。



 それで?」




と、伶俐に応えた。




天狗面の師匠は、うなずいて、


「処分対象者の全権利消去と、財産の移行と、今

 ここにある財産の換金。


 移行対象者は、小天丸」


と、秘書に言う。



しかるべく……」




 秘書は、一礼するとコートの大きめなポケット

から、黒の革手袋を出すと手早くはめ、まずは、

財布から調べ始めた。





秘書は、背の中ほどまではあろう、長い後ろ髪を

慣れた手付きで器用に結い上げ、ペンで止めると

かがみこみ、まず、時計と財布に着目。



スマホで、カメラ撮影した後にテキストを手早く

打ち込んでいる。



「Ωの、なかなか目が高い品ですね。

 買い取りで、十八万。



 お使いになるなら、二万で除染致します。

 オーバーホール込みで、四万五千円。

 お勉強ということで。



 当然、正規の登録と保証はこちらで手を回して

 おきます。

 御安心を。


 財布も、ベルルッティのカリグラフィですね。

 こちらは、八万で。




 こちらの品も、お使いになるなら、除染と補修

 に一万五千円。

 登録と保証はΩと同じ。




 財布の中には、現金が四万八千円とキャッシュ

 カードと運転免許証とクレジットカードなど。



 免許証は、運良くICの情報が、本年度最新です

 ので、高価にて引き取らせていただきます。

 あと、某一流商社の社員証が役付きのものです

 ので、50万でいかがでしょう?



 携帯等は、破損と汚染がひどく買取りは不可。

 粉砕処分致します。


 現金は、小天丸殿へ。


 カード類は、120万にて買い取りということで?


 いかがでしょうか?」





 小天丸が、師匠を、一瞬伺うように見た後で、

うなずき




「Ωだけ、除染とオーバーホールしてもらう。


 あとは、買い取りで。


 代金は、買い取り額から引いといて下さい。

 あと、カードの中に(アァーウ!!!)メックスがある

 だろうから、そいつ名義のままで、口座だけ、

 おれのに変えて、暗証番号は『✱✱✱✱』で」



と、言った。



 他人名義のカードなど、良からぬことに使用

するとしか思えぬが、何か意図があるのだろう。




「しかるべく……



 カードの件は、暗証番号をそれにし、名義と

 口座は、故人のを活かしておきます。

 その方が、面倒がないので。



 サービスさせていただきます」




 秘書は、ポーチから、二重パウチの小袋を出し

Ωの高級腕時計を、その中に入れ、丁寧に封をして

また、ポーチに仕舞った。




「今回の報酬は、すでに小天丸様の口座へ、入金

 されております。


 後で、御確認を」




 秘書が、小天丸にうながしたが、当の本人は、

曖昧に流した。



「これにて、この者の戸籍等の、あらゆる記録と

 人の記憶等、この者全ての生きた証は小天丸様

 御依頼のカードと口座以外は、抹消改竄。

 よろしいですね?



 では……失礼致します。

 天狗殿、小天丸殿」



 秘書が、二人へと一礼した。

二人に異存がないと判断したか秘書は、また颯爽

と、その場を去っていった。



 真っ赤な、某一流外国車が四つの輪っかを闇夜

に一際引き立たせ、走り去って行った。



 その場に、二人だけとなると小天丸は、死んだ

男が倒れ伏し、元在った場所を見た。

符術の効果で、人型に黒く影のように焼き付きが

残り、若干の灰と塵が地面にあるだけで、ほかに

何もない。




「苦労であった。

 小天丸よ。

 帰って、休むが良い」




 烏天狗面の師匠が、サラリとそう言うと小天丸

は、面頬を外し、革頭巾を取ると、はらり……と

長い髪が風に舞うように降り、小天丸が素顔で、

師を見た。


途端に、月明かりが小天丸を映す。


それまで、厚き雲に遮られていたのに、まるで、

讃えるかのように満月が姿を現せた。


木漏れる月光に彩られた、小天丸の素顔たるや、

清廉とした、世にも美しき花のかんばせが、そこ

にあった。




天女のごとき容貌だ。

汚れなき天成の美と、嬋媛さ。

降り注ぐ月明かりの元、八面玲瓏なることよ。




「何故!?面頬を取る。

 小天丸」




 天狗面の師匠が、小天丸の素顔を直視できずに

顏を、そらせた。


「師匠。


 おれ、こいつのために泣いてやろうかと思う。

 こいつは、まだ……

 誰にも、伝染していないみたいだし。




 思えば、憐れだよな……




 始末をつけた、おれたち以外見取るものもない

 ってのは……。




 誰一人、泣いてやる奴がいないってのは……

 浮かばれねーよな」




天狗面の師匠が、視線を、背けたままで言う。

いささか、決まり悪そうに照れてる風が伺える。




「す……

 好きにするがよい。だがな、小天丸よ!!




 その顏で!?喋るな!!!?

 美しい顏が台無しだ。

 其方の、絶世なる麗しさを持った母親似の容貌

 に、その無駄に男前で、実に小狡い感がある、

 これまた絶世な男の美声は、まるで似合わん。




 まったく!!合わん。




 興醒めよの」




 小天丸が、愕然とした。




「あ……


 アホか!!!?

 どいつもこいつも……こんなときに!!

 もう、いい。

 おれの好きにする!!!!」






 そして……

小天丸は、地面へと跪座し、天空を見上げた後、

丁重な美々しき面持ちで、二礼。

天空へと、拝礼していると涙がはらり、はらりと

こぼれ落ちた。




 何か早い動きで艶やかな唇が、無音で、言を、

刻んでいる。


 幻想的かつ、世にも美しい光景であった。

言が終わり、死んだ男の蹟を見やると音を発てず

二拍手。




 偲び手であった。




 そして、深く一礼。

 地面に涙が一粒、また一粒と吸い込まれてく。




 小天丸が、顏を挙げた。




「これで、いいよな……?

 師匠」




しばし……無言であったが




「ああ……。




 多少、儂得であったがな。




 天翔あまかけり、國翔くにかけりて……見そなはしませ


 の、件はまさしく天女の麗しき詠嘯えいしょう

 この儂すら、思わず……涙誘うほどよの。



 無声であったが……。




 ゆえに!!!!問題ない。


 


 今宵の、小天丸……

 五十八点」




 んぎっ!?と、いささか不満の表情を小天丸が

浮かべると、




「今ので、十点加算。

 ちなみに、まったく最初から最後まで一言すら

 喋らなければ、三億点よぉ」


と、言いながら、面頬の奥より小さく含み笑む。




そして、


「愛いやつよのう」



などと、呟いた。





「うがあああああ!!!!

 意味わかんねー!!!?

 なんで、なんで!?



 こんな奴を師と仰がねばならん!!!?


 のだ」




フッ……




鴉天狗面の師匠が、小さく笑みを漏らす。

そして、まじまじとうそぶく。



「小天丸……零点」



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