第3話

「はあ……?

 分かったよ、師匠」




 と、小天丸が答えた。

 あまり、納得している風でないが。





     【達筆】




と、躍動感ある筆遣いで三色刷りの、高級清酒の

ようなラベルともう一枚は懐へと仕舞いこんだ。





    【parkour】



なる上質の高級ワインのようなラベルと、





     【力鼓舞】




なる、普通の焼酎のようなラベルは、左手に持ち

かえると、ラベル同士を重ねたまま、表紙を目の

高さまで持っていき、ラベルの端を額へと当てた。




 何か小声で、ブツブツと幾言か呟いた後、額から

離し、右手人差し指と中指を立て、ほかの指は、

軽く拳を作る感じで握る。




 剣抉とか、剣指と呼ばれている型だ。

颯颯と天真なる運指で、何やら軌跡を空に描くと

ラベルが、淡い炎を上げて燃え失せた。




「すげー。

 ほんとに上がってるのが、実感できる」





小天丸が、右手を拳に握るとミチミチ…と音がする。




「良かったな、小天丸よ。

 これで今宵より其方は駆け出しの、らべらーよ


 精進せい。


 これは、型録だ。


 コツコツ集めるもよし、買うもよし、交換する

 もよし、レベルと称号が、上がればまで待って

 の?




 改造や作成するもよし。




 目指せば、色々よ」





 はあ……?



と、小天丸が気のない返事をする。





 型録を、受けとるとパラパラめくるが、はた!?

と、止めた。





「透明!?不可視化!!!?」





 その言を聞き、面包の奥で含み笑いが響く。

鴉天狗面の師匠の手の内にいつの間にやら、一枚

のラベルがある。





かげろふ】






と、印刷されたラベル。






 五色刷りの極品。

小天丸の、面頬の奥の目が輝く。

小天丸が、引ったくる。




 が、手に入れるとラベルに変化が!?





「    !!!?   」




 みるみる内にラベルの顏へと、太い黒の斜線が

浮かび、台無しになった。




 鴉天狗面の師匠が、小天丸へと実に小憎らしい

笑みを漏らす。




「名義は、わしよ。



 其方には使えぬ……

 レベルと、ラベルの格にそぐわぬ小わっぱには

 まだ早い」




えも言われぬ屈辱を堪えつつも小天丸が絞り出す

ような声で、




「…………。


 どこを覗いた?

 誰を喰った……?




 この前の、人妻美魔女?か?

 昭和美人の?


 この!!!?ド腐れ生ぐさ烏天狗!!め!!!!」




 烏天狗面の師匠は、まるでやりきれぬように頭

を幾度か横に振る。




「やれやれ……。

 戯けたことを、抜かすでないわ。


 小わっぱ風情が。

 話にもならぬ。


 ゆきちゃんとは……」




 小天丸は、師匠の意識が、後ろへと動いたのに

気づき、後ろを見た。




 地面に、体を仰向けにして、顏を上へと向けて

いたはずの男の顔が、こちらを向き、師匠の背中

越しに小天丸を見ていた。




濁った目で……。




 虹彩が、生前よりも著しく小さく四白眼なる、

凶眼と変じていた。





にぃいいいいい……





と、静かにわらう。




 ますます、眼は狂気を孕み人外の程を表す。

鴉天狗面の師匠は、自らの肩越しに無造作な狙い

と仕草で、男へとデコピンを空打ちした。

小さく曇った音と共に、男の首が、空を舞う。





 何が、男の首を飛ばしたかは見えなかった。





 首が、地面に落ちた。

胴とは、1メートルほど離れた所だ。




 今度は、小天丸から見て、後頭部が向いている。

 小天丸が、身構えた。





 しかし、烏天狗面の師匠は天真自然としつつ、

未だ、背を向けている。




指閃刀しせんとう!!]




 小天丸が、すさまじい技の冴えに驚嘆した。





        ごろり……




と、生首が勝手に転がり、こちらを向いた。




「喝っ!!!!」





 ここで烏天狗面の師匠が後ろへと振り向きざま

に、左腕を、死んだはずの男へ斬り上げた。

音もなく、顏が四つ、胴が八つ裂きにされた。

地面に、鋭くえぐられた跡が克明に残っていた。




[天狗の燕返し……]





死んだはずの男の断面から血ではなく、黒い汁と

臓物が溢れた。





「チッ!!


 咄嗟で、良い加減が出来なんだわ。

 早く、金目を探れ。



 此奴こやつには、もう……必要ない。

 金目なぞな。


 腐れ汁まみれになるぞ!?

 其方の小遣いがな」





 小天丸が、八つ当たり気味に叱責され、渋々、

輪切りにスライスされた黒い汁まみれな男の亡骸

を、おずおずとまさぐる。





 小天丸が、綺麗な八つ裂きに輪切りされた男の

胴であった、服の断片を被った、ぺらぺらの皮と

骨を嫌そうな素振りで探る。




 臭いが、えげつないのだ。





 吐き気をこらえ、あふれる涙を拭けず、探る。

黒い汁と内蔵が、外に全て溢れているからだ。

辺り一面に、糞便を徹底的に腐らせたような臭い

と、刺激臭に生臭さを混ぜたような、目にしみる

臭さをこらえ、探る。




 所持品は、Ωの高級腕時計に、財布と携帯。




 そして、鍵束にバッグだ。

 ビジネス用の手提げかばんである。





 小天丸が、それらの品々を死んだ男の場所から

離した。

烏天狗面の師匠は、小天丸が、いやいや行う事の

次第を見守りつつも、スマホを出し、どこかへと

メールを手短に打ち、スマホを懐へしまう。




 代わりに、細長い紙切れを出した。




 呪符だ。

 今風に、コピーではなく、版画刷りのようだ。



 烏天狗面の師匠が、呪符を人差し指と中指にて

はさむと、手首のスナップを軽く効かせて、呪符

を、死んだ男へ放つ。




 淡く青白い焔が、死んだ男を荼毘に付した。

瞬く間に、亡骸は灰と塵に変わる。

跡に残るは、僅かな灰。




「小天丸、疆界を解け。

 あのおなごが来た」




 一台の、赤い某高級自家用車が、路肩に急停車

した。危うく、通りすぎる勢いであった。

 ハザードランプが点滅し始め、左ハンドルの、

ドライバー側のドアが開き、歩道を横切り、一人

の人物が、二人へ近づいてくる。




 背は高く、スマートな体格の妙齢な女性。




 ハイヒールであっても、土の上を颯爽と闊歩し

毅然とした姿勢をうかがわす。





「ごきげんよう、天狗殿。

 今宵は、どのような要件でしょうか?」






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