第2話 快抖 烏天狗丸、推参!!!!
未だ、
凍てつく少し強い風が服の上からでさえ、刺さる
よな、満月すらも厚い雲にて、隠されている寒い
夜。
ある男が、歓楽街を目指し、少しふらつき気味
に、幹線道路の少し薄暗い並木歩道を歩き続けて
いた。
片側二車線の比較的大きな幹線道路は、すでに
夕刻のラッシュを、幾分過ぎているためスムーズ
に流れている。
数日前から、風邪を引いたのか、体調は最悪。
今朝から、熱が引かない。
朝と昼に測ると、38.7度と高かった。
今は、測ったその時よりも高いかもしれぬ体温の
状況にあるのに、スーツ姿の男は、求めていた。
女だ。
女が、欲しかった。
飢えにも等しい、その欲求が、男を支配している。
だが……
誰でも、ではなかった。
二週間ほど前に、街で男を誘ってきた女。
あの女に、また逢いたい。
また、あの女を抱きたい。
なんでもシテくれたし、なんでもサセてくれた。
素晴らしい女だった。
素晴らしいひと時だったのだ。
これまで、どんな女も顏をしかめ、すげさむ表情
をあらわにしたことさえ、嬌声をあげ、艶の微笑
を浮かべ、サセてくれた。
さらに、具合も味も格別とくれば仕方なかろう。
あの女の、みだらで媚びを含む微笑みを思い出す
だけで、頭がおかしくなりそうだ。
男は、一流商社勤めで世界を飛び回ってきた。
いい女を山ほど見ているし、抱いてきた。
独身だし、特定の女とも付き合わない。
遊ぶのはいいが、特定の女を縛り縛られるのは、
性にあわないのだ。
だから、いい女の味は、たっぷりと知っている。
素人から、最高の高級娼婦まで。
様々な人種の異性と関係を持った。
だが、あの女は、これまでのどれよりも、実に、
素晴らしかった。
顔も、スタイルも、雰囲気も、最高だった。
最高に、この男の好みであった。
上の口も下の口も甘くとろけるようで、男に、
絡みつき、絞り尽くしてくる。
バキュームに、吸い付くしてきた。
嗚呼!!!!
思い出すだけで、陽鉾がいきり勃つ。
男は、天を仰いだ。
感極まり、男は転倒した。
そのまま、男は意識を失うと、何も感じないまま
に、死んだ。
全身の穴という穴から、不気味で不快な黒い汁
を垂れ流しながら…………。
倒れ臥せている男の傍らに薄暗い闇よりも濃い
影が、音もなく舞い降りた。
二つだ。
一人は、周りを見渡しつつ、もう一人が何やら
死した男を、検分しているようだ。
黒い汁を採取したり、死ぬ間際に見開かれた、
両目をを覗き、まぶた裏をめくり組織を視診し、
手近な右手の爪を診たようだ。
生々しい、小さな音がして死んだ男の右薬指の爪
が、ぬめるように外れた。
「
刻はないぞ?」
死んだ男を検分していた影が、落ち着いた声音
が視線を外さず、もう一つの影へ命ずる。
周りを、警戒するように伺っていた影が、その
言葉に頷いた。
その時、かすかだが景観が揺らいだ。
途端に、死んだ男の死体から、二メートルほどで
かなり激しい衝突音がし、一つまた一つと続く。
「早速、来たか……
一つ路へ堕とせ。
ぐずぐずするな。群れると厄介だ」
衝突音がした辺りで、何かが塞き止められて、
見えない壁に何度も追突したり、鋭いもので黒板
を引っ掻くような音を立てている。
「チッ!!」
小天丸と呼ばれた影が、空に舌打ちした途端に
雷が、幾条も地迅り、何かを打つ。
地迅しる雷が、何かを貫き、暗闇に輝くたびに
何かが、本性を顕わにする。
鬼だ。
実体というには、いささか幽かに透けているの
だが、昔の浮世絵などに生々しく描かれた餓鬼や
幽鬼に似た小さな小鬼が苦し紛れに、見えぬ壁を
禍々しい爪で掻きむしり、実に不快な音を立てて
いる。
雷が止むと同時に、小鬼達の足下へ、漆黒の渦
が現れ、小鬼を苦もなく吸い込むと、跡形もなく
居なくなった。
複数の小鬼達が居なくなった跡に、小さな白い
紙切れらしきものが、ヒラヒラと渦を巻くように
地面へと舞い落ちる。
小天丸へ命令した、影の軽い指さばき一つで、
紙切れが、微風へ乗るように影へ、ゆらゆらと、
流れていく。
側道の対向方向からの車のライトが、ゆっくりと
動き、椿の垣根越しに影の姿を、まばらに暴く。
黒い烏帽子に、烏天狗の面頬、山伏の装束に、
高下駄。しかも、一本足。
小天丸も、同じく、この装束であった。
「さて…………こやつの処遇。
どう……致すか?」
「まあ…………その前に、まずはそのラベルを、
おれに見せてよ?
師匠?」
小天丸が鴉天狗の面頬をつけた影へ、そう言う
と、影は、小天丸へ白い紙切れの束を、軽やかに
投げつけた。
小天丸の足元の地面へと、軽く束ねられていた、
白い紙切れが、まっすぐ飛び、角が深々と地面に
刺さる。
だが、手に持っていた枚数よりも少ない。
「相変わらず…………
軽々とおっそろしいことするなあ……。
この師匠は」
小天丸が、股をがに股ぎみに開き、腰を屈めて
紙切れを拾う。
ペラペラの紙切れが何故に地面に刺さるのか……
恐るべき、重厚で雄渾なる内功が込められている。
小天丸の手に、三枚ほどの紙切れが摘まれていた。
数が少ないことに気づき、師匠の方を見る。
「二枚目の、ぱるくーる?のラベルは役にたつ。
精進せい。
壁くらい走れるよう……な。
しかし、時勢というか……
南蛮語で顕現するのは、いささか困る」
小天丸が、師匠と呼ぶ影が少し困るように独り
ごちる。
「ぱるくーる??
パルクールか!?
家の屋根を飛んで走って、ビルの壁をよじ登る
わ、螺旋階段を手すりから階下に降りたりする
あれか!?」
天狗面の師匠は、少し上を見上げたあと、
「まあ……
そればかりではないが……………
かいつまめば、そうだ」
と、いう。
「…………。
後は、筋力強化と風繰りと、筆ペン符術……?
なんだこりゃ!!!?」
天狗面の師匠がほくそ笑み、
「符術も、役に立つ。
これからは、簡単手軽に、専用の筆ペンで符を
書き起こす時代よ、小天丸。
ペン習字を習え。
金釘流の、下手くそな符なんぞ、とてもとても
見れたものじゃないからのう。
〇学生みたいな拙い字の符では屁の突っ張りに
も為らぬ」
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