最初の村で一気に飛ばす魔王

体が痛い。そして先程にも増して重い。足は砕かれた様に痛い。右手もしんどい。こんな痛みは魔王になってからは無かった。意識が無いのにそれだけは分かる。ハァ、一人助けるのにこれじゃ情け無いったら無い。あー、無力は嫌だなぁ。


額が冷たくなった。心地良い。あれ?


目が覚めた。額の冷たさは濡れた布だった。目の前には木の 天井が広がった。


「あ、眼が覚めましたか?良かった。」


狼に襲われていた男が居た。


「あれ…ここは?」


「私の家です。先程は助けて頂き有り難う御座いました。そして私の為に怪我を負ってしまったことをお詫び申し上げます。」


目の前の男はそう言って頭を垂れた。


「いやいや、そんな気にするな。」


あ、無理だ。血塗れ包帯男でソレ言っても説得力無い。


「あのー、お名前訊いてもよろしいでしょうか?恩人の名前を訊くのを忘れていたので…。あ、ちなみに私はアリマと言います。」


おずおずと、男はそう言った。


「あぁ、ゴメン。名前ね。」


弱ったな。魔王としての名前は今は相応しくない…したら、


「俺の名前は、アーサーだ。」


先代勇者の名前が丁度頭に浮かんだ。






「本当に大丈夫ですか?結構ひどい傷でしたけど?」


「大丈夫、冒険者は回復が早い。」


実際、体中の傷は治って来ているし、痛みも落ち着いてきている。冒険者だから…ではなく魔王の残滓がそうするのだろう。


あれから俺が気絶した後の話を聞いた。狼を追い払って俺が倒れた後、近くに来た他の村人の力を借りて俺を自分の家に運んだらしい。ちなみに彼の村はエト村、というらしい。


全体的に栄えている感じは無いが田舎の平和でのどかな集落だったのだろう。過去形なのは、あちこちの家や塀が壊れているからだ。どうも少し前に壊れたものらしい。


「アリマさん、この村、最近何かあった?例えばー、困った事とか?」


警戒させないように軽く探りを入れてみる。アリマは苦い顔をした。


「ぇえまぁ、最近ちょっと、狼の被害が酷くて、この村も数か月前から酷くって、幸い怪我人は出てないんですけどね。」


「成程、さっきのはお礼参りってことか。ふぅむ…?そういえば此処に腕の立つ奴はいないの?」


「そんな人居ませんよ。そんな人を雇うお金も無いですし。」


それもそうだ、でなきゃ数か月放置などする訳無い。


「よし、じゃぁ俺がやろう。」


「………え?それは、どういう事で?」


「俺が狼退治をしよう。治療のお礼だ。」


「イヤでも、それは狼を追い払ったののお礼で、」


「怪我は俺の間抜けだよ。そういう訳で、村の長辺りに訊いてみてくれ。」


「いや、でも。」


「……………………………………………………………………………( ^ω^)」


その後、アリマは快く村長のもとへ連れて行ってくれた。
























「と、いう訳で。怪我の介抱をしてくれたアリマさんの為にも、少しばかり恩返しをさせて頂くわけには参りませんでしょうか?」


傍に幼子を座らせた初老の老人の目の前で畏まって頭を下げる。白髪の混じった黒い長髪に鋭い目の巨大な老人。道中聞いた話だと『「若い頃は熊を素手で捻り殺していた。」という噂がまことしやかに囁かれている。』らしい。成程、どう見たって兎より熊を捻るのに向いてそうな身体だ。デカくてゴツい。というか怖い。


「アーサーさんと言ったか?」


さっきまで無言で聞いていた村長が口を開いた。声も低くて鋭い。


「はい、アーサーと申します。すいません。」


その一言で空気が震えた気がした。強い。発言一つで元魔王がビビるオヤジ。今の俺なら確実に殺やられる


「まず、ウチの村の者を助けてくれて有難う。」


違った。感謝された。


「ただ、そこまでして頂いた恩人に村を助けて貰うのは心苦しい。我々にも策がある。先月来た商人が狼除けアイテムを用意してもう直ぐ来るそうでな。大丈夫、それ迄の辛抱だ。」


怖いというのは俺の認識が甘かった。王ともあろうものが見てくれで偏見を抱くとは耄碌したものだ。彼は非常に礼儀正しく、義理堅い。こういう人の上に立ちながらも人に感謝できるだけの度量のある人間は非常に見ていて嬉しくなる。是非ウチにスカウトしたい。


「そうでしたか。では狼退治は遠慮させて頂く。」


退治は遠慮しよう。ただ、アイテム商人が来るまでの間は『辛抱』と言っていた。なら…


「すいません。恩着せがましくなってしまうのですが、ついでに暫くの間、傷が完治するまでの間、こちらの村に宿を借りて宜しいでしょうか?あぁ、勿論村の仕事等手伝いはさせて頂きますので…」


「あぁ、勿論だ。歓迎しよう。…そうだな、アリマ。お前の家にもう一人寝るスペースは有るか?」


「はい、そんなに広くは無いですが有るには有ります。」


「では、そこに泊めて貰いなさい。本来はウチで面倒を見たいのだが少し訳あって今居候が転がり込んでてね。悪いね。」


 そう言って傍らの子どもを一瞥した。3-5歳くらいの利発そうな男の子だ。成程な。流石に子どもの居場所を盗る訳にはいかないな。


「ありがとうございます。それでは短い間ではありますが、お世話になります。」


深々とお辞儀をしてその場を後にした。












宿を借りる。それは目的ではない。まぁ体が本調子ではないのは本当だし、休める場所があるのは実に良いんだが、真の目的は他にある。


「それ迄の辛抱」村長はそう言った。つまり、それ迄は辛抱が続き、狼被害がこれ以上あり、その後もアイテム代が掛かり続けるのだ。家の修理代もある。村を出ると狼に怯え、村の人々は苦しみ続ける。捨て置く訳にはいかない。村長は退治を遠慮した。が、もし、自分の寝床に狼が来たら、それを追い払う事は別に止めはしないだろう。そして、それを追いかけ狼を全部倒しても…別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?


。まぁ、泊めて貰う分以上の働きはするとしよう。


 魔王は民から搾取するようなマネはしないものだ。










狼が出るのは主に夜間らしい。昼のああいった狼は初めてだそうだ。なら、当分狼は来ない。と、今回は考えよう。ならば今やることは一つ。この村とその周囲の地理を徹底的に昼の内に調べておくことだ。












 勇者と魔王が戦うときに、魔王側には非常に大きなアドバンテージが存在する。それは自分の領域たる魔王城で戦える。ということだ。


自分の領域ならば相手より間取りや環境を熟知している。闘いの際には相手より有利な場所取りが出来る。罠も人員も配置し放題。本来勇者に負ける要素は無い。(まぁ、大概負けるのが魔王なのだが。)


と、いう訳で今のうちに地理把握して有利な場所を下見しておこう。








「ふーん、狼なのに集団行動なんだ。普通一匹狼じゃないの?」


「違うってさ。ハイイロオオカミって言うって。おじさんはいっぱい来てるって言ってた。夜しか出ないって言ってた。」


「ふぅむ、じゃあアリマを襲っていたやつはレアなんだな。」


「昼に見たって聞いたことない。いつも決まった時間に来る。村長さんは夜出て言って橋で戦ってるんだって。」


「ふーん、成程ねぇ。」


村長の所の子ども、名前をドクジェイというらしい。に案内をして貰い、村の周辺を見て回っている。


 村の両脇を挟むように2つの川が流れ、それが村の奥の方で1つに合わさるらしい。村の入り口の方には俺の居た森がある。途中、森の中で黒い狼を見たりもしたが、ドクジェイ曰く、「村を襲う狼は灰色である。」そうだ。そこを抜けると上流に橋があるらしい。狼はその橋を渡って村に来るそうだ。


 この村の周りを見て感じたこと。それは「守りやすい」だ。


この村は川の合流地点手前にある。つまり、三方を川に囲まれている。しかも両方とも流れが異様に速い。狼の泳ぎではまず渡れない。つまり、橋で狼全部を相手にできる。


大群のアドバンテージは細い道で殺される。どうしても列が細くなり、動きが制限されるからだ。


今回のような場合は橋を落とすのが一番の防衛法なのだが、商人が来ることも考えそれは出来ない。


まぁいいさ。先刻より力は戻っている。狼の群れの1つや2つ。相手になってやる。


「そういえば、おにいさん。」


「何?ドクジェイ?」


「お兄さんは今まで何をしていたの?冒険者さん??」


彼はそう言って目を輝かせてそう訊いてきた。


「ん。まぁそんなところだ。凄―く遠くから旅してきた冒険者。かな?」


ウソはついていない。少し、ほんの少し脚色があるけど……。


「ふーん。今までどんな場所を旅してきたの?」


「そうだなー。色んな人や動物がいっぱいいて、狼も人もみんな友達だった国。とか?」


「へぇー。凄い。そんな場所があるんだね。」


「あぁ、そんな場所が、……」


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