第162話 Re:ニヴルヘイム銀河先遣隊現る

 ロストフ連邦の艦隊敗れる。

 この情報はすぐにロストフ連邦と境を接する開拓宙域を経て共和国にもたらされた。

 

「ヴォストーク元帥率いる3000隻が壊滅、本人は行方不明、残存艦隊も降伏を許されず蹂躙されたようだ」

 濃いめの顔立ちに白に近い金髪。以前は長髪だったがばっさりと髪を切り、さっぱりしていた。開拓宙域総督でもあるリシャール公だ。

 彼は腕組みしながら言った。表情は厳しかった。


 ここは統合幕僚長である涼井の執務室だ。

 広くはないが幕僚長向けの十分な通信設備が整えられ、いま涼井のデスクの前には、何人かの関係者の立体映像が投影されている。


 一人は開拓宙域総督でもあるリシャール公。その背後に開拓宙域の艦隊司令官ロアルド大将もいる。開拓宙域も重力子の中継点を設けることでだいぶ通信がしやすくなったのだった。


 もう一人は銀色の髪、瞳をした少女。アップにした髪の上で美しい銀細工の簡素な冠がきらめいた。彼女はアルファ帝国皇帝リリザだ。


「500隻ほどの巨艦……ね」

 彼女はこめかみを押さえてため息をついた。

「1万メートルもの宇宙艦艇が銀河間の距離を超えて襲撃してくるとか悪夢みたいね」

「ふん……お嬢様は未知の相手が怖いのかな?」

 リシャールがからかうように言う。

「冗談。何度巨大な相手と対峙してきたと思ってるのかしら?」

 リリザの瞳に凄みが混じる。

「……しかしかといって、3000隻のロストフ連邦の艦艇を一瞬で壊滅させるとなると、ただごとではありませんな」

 

 リシャールの背後でロアルド大将が口を開いた。

「例のロストフ連邦との戦役の結果、彼らは艦艇数や火力に制限を加えられてはいましたが、率いていたのはあの猛将ヴォストーク元帥です。それがあっという間にやられてしまうというのは、連中の艦艇もなかなかの性能ですな」

「共和国や帝国をはじめとしたこちらの銀河・・・・・・の艦艇は、大きくは性能は離れていないからな。細かい違いはあるが」とリシャール。

「そもそもニヴルヘイム銀河の情報がなさすぎね」

 リリザが肩をすくめる。

「スズハルはどう考えてるんだ?」

 リシャールがこちらに話を振ってきた。


 涼井は眼鏡の位置をいつもの仕草でくいっと直しがら口を開いた。

「まずはあの先遣隊を倒して情報収集するしかないかな。いま彼らはどこにいるんだろう?」

「あの500隻はヴォストーク元帥の艦隊を壊滅させた後、ロストフ連邦の惑星の1つの近くで遊弋ゆうよくしているようだ」

「倒すというのはいいけど、こちらの質量弾よりかなり大口径かつ高速の質量弾を持ってるんじゃないかしら?」

「こちらで偵察した情報では、そうだ」リシャールが頷いた。

「砲弾に対する対策はあるの?」


 ニヴルヘイム艦隊は初撃の砲弾でヴォストーク艦隊の前列を打ち砕いた。

 少なくとも射程と火力は先方のほうが上と判断したほうが良さそうだった。


「デコイ戦術かな…… 」

「デコイ?」

 リリザが眉をひそめる。


「おそらく彼らの口径がこちらより大きいことが却って彼らの首をしめることになると思う」

 涼井はそうつぶやいた。


「相変わらずスズハルはこういう時に婉曲的なことを言う、しかし何か考えがあるんだな?」

 リシャールがニヤリと笑う。

「スズハル提督のすることなら間違いはないと思うけど、帝国の力が必要なら協力するわよ」

「いくつか必要な準備はある、また連絡する」

「しばらくは緊密な連絡をとったほうが良いわね。こちらからも連絡するわ」

「じゃあなスズハル」


 3人の姿が消える。 

 涼井はデスクに深く腰掛けた。


 時間は深夜だった。

 考えることは山ほどあるが、まずはこの500隻を倒してしまう、ということを考えなければならなかった。そして必要なのはとにかく情報だ。

 相手は別の銀河の勢力だ。

 どのくらいの規模でどのくらいの戦力なのかもまだ全くわからない。

 サラリーマンの基本である競争相手の「情報」が今回はほとんどない。

 だからまずは勝たなければならなかった。


 大統領選は幸い大きくノートン元帥優勢に傾いている。

 しかしこのままアドリア候補が何もせずにただ負けるとも考えづらかった。

「今日は業務は終わり、これが地球なら赤提灯にでも行くんだが」

 涼井は背後の棚からウィスキーに似た酒を取り出した。

 琥珀色の液体を小さなグラスに注ぐ。


「あちら側にも対策を打つか」

 涼井は一人、グラスを傾けながら地球のノートパソコンを開くのだった。






 

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