第161話 ニヴルヘイム銀河先遣隊現る
その巨大な艦艇の群がこちら側の銀河の近くに出現したのは涼井がようやく準備を整え終わった時期だった。
共和国と帝国は、可能な限りあらゆる場所からニヴルヘイム銀河を観測していたが、すべてを網羅できるわけでもなく、気が付いた時にはすでにロストフ連邦暫定政権の領域付近に彼らは到着していた。
「なんじゃい! あれは……」
ロストフ連邦暫定政権からみて共和国でも開拓宙域でもない虚空に突如あらわれたその艦体に対して、あわてて出動したのはヴォストーク元帥だった。
ロストフ連邦本国の降伏の後、捕虜交換で帰国した元帥は国の立て直しに尽力していたが、つい最近、国軍総司令官となり軍全体を統括していた。
共和国との和平条約は厳しく、艦隊の数もさることながら艦艇の武装もある程度制限されている状態で、質量砲弾などはほぼ携行を許されていなかった。
謎の艦隊現る……この報を受けて元帥は、海賊か何かだろうと考えて3000隻ほどの小集団を率いて向かっていた。
「重力子感知……! い、いや……重力と空間が異様な速度で拡縮を繰り返しています! こんな反応は初めてです」
旗艦ナ・ドヌのオペレーターが声をあげた。
「解析しろ!」
ヴォストーク元帥がメインモニタを睨みつけた。
「今やっています……純粋な質量だけなら……こ、これは……」
「なんじゃい!」
「ひとつひとつの艦艇……と思われますが……の全長が10000メートルを超えています」
「なんじゃと!」
ヴォストーク元帥は思わず提督席から立ちあがった。
恰幅の良い腹がゆれる。
メインモニタ―には光学的に再構成された"相手"の画像が映し出された。
それらはロストフ連邦からかなり近い空間に存在していた。
「でかいな……」
あくまで再構成された映像のため解析が終わっていない箇所は荒い。
しかし1つ1つの艦艇の巨大さははっきりと伝わってきた。
元帥の乗るロストフ連邦のバルチカ級戦艦はせいぜい全長600mだ。
それに対して全長だけで15倍もの艦艇群がすぐ近くにいる。
「数は?」
「おおよそ500隻……です」
「ふむ……」
ヴォストーク元帥はその人柄から猪突猛進型の猛将と思われがちだが、慎重で冷静な面もある。ヴォストーク元帥はメインモニタ―を睨みつけながら提督席に腰かけ、腕組みをした。
「相手はいまどのような行動をしているんじゃ?」
「減速し、隊形を整えつつあるようです」
「どこに向かっている?」
「……こちらにまっすぐ向かっているようです」
元帥はあごひげをなぜた。
「よし、いずれにしても正体不明だが国籍も明らかにせず領土を侵すようならこちらも問答無用で攻撃じゃ……そういえば……」
ヴォストーク元帥は息を吐き出した。
「正当な戦闘でも共和国に一報入れる必要があったはずだが、これは戦闘ではない。治安維持活動じゃい。いずれにしても他の動かせる艦隊を準備。本国に重力子通信じゃ」
「了解です」
「まぁ苦戦するようなら共和国にも教えてやらんでもない。あのメガネの奴にな」
ヴォストーク艦隊は3000隻をやや密集した陣形に整えた。
500隻の巨艦群はオペレーターが報告した通り、まっすぐヴォストーク艦隊に向かっていた。その速度自体はこちらの銀河の艦艇と大差はないようだった。
「そろそろ光弾の射程に入ります。撃ちますか?」
砲術長の士官がヴォストーク元帥の意思を確認する。
相手の巨艦群は戦闘隊形のような陣形を組み、こちらに向かってきていた。
「……まずは警告を試みよう」
「はっ」
ロストフ連邦暫定政権の艦隊は、近づきつつある謎の巨艦群……ニヴルヘイム銀河の艦隊に警告を呼びかけた。これ以上接近する場合は排他的な権利を行使し治安維持のため制圧する、という内容だ。
そして停船か回頭を要求した。
当然のようにニヴルヘイム銀河の艦艇群は無視した。
速度を緩めずに突っ込んでくる。
「やむを得ん、砲撃じゃい!」
ヴォストーク元帥の号令でロストフ艦隊は隊形を整える。
そしてその瞬間。
「敵攻撃! 質量弾のようですが……1つ1つがかなりの大質量です。凄まじい加速で……もう着弾します!」
「何じゃと!」
メインモニターには無数の猛烈な砲弾がこちらに向かっていることが表示されていた。明らかにさきほどの警告より前に発射されたものと思われた。
きらめく光点が瞬時に大きくなる。
それらの大質量の質量弾はロストフ艦隊の障壁をやすやすと突破し、そして前面装甲を砕いた。戦艦クラスも2~3発の着弾でねじ切れるように破壊された。
「い……いかん……!」
ヴォストーク元帥が叫ぶ。
ただちに散開と回頭を指示しようとした。
しかしその瞬間、護衛駆逐艦に敵の質量弾が直撃。
駆逐艦は真っ二つにねじ切られ、その機関部が旗艦ナ・ドヌに衝突し、アクティブ重力制御で抑えきれなかった揺動でヴォストーク元帥は提督席から放り出され、床にたたきつけられた。
そして彼の意識は暗く深い底へと沈んでいくのだった。
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