第159話 Re:Re:ノートン元帥とアドリアの演説合戦

 惑星ゼウスの演説合戦の盛り上がりは最高潮に達した。

 保守党候補者のノートン元帥とアドリア・ヴァッレ・ダオスタの2人がメインステージに同時に登場したからだ。


 日本のテレビや投票所での投票くらいしか、選挙については縁のない涼井にとってはこういう形式の選挙自体が珍しいものだ。


 メインステージの中央には椅子が2つ、正面から見てやや斜めに置いてあり、2人が腰かけて議論するような形式になっていた。


 アドリアとノートン元帥は二人同時に中央に進み出た。

 アドリアが手を挙げると会場の一部が熱狂的な歓声をあげる。


「いまここに宣言しますわぁ、あーしが政権をとればあらゆる現役、退役とわず、これまでの帝国との戦争に貢献してきた軍人、その家族の社会保障を徹底するアドリア・ケアを必ず実行するということを」


 会場の観衆がおおおと声をあげる。

 涼井が調べたところ、現時点でも社会保障がない……というわけではなかった。

 定年で退官するか、傷病によって退官すればそこそこ食べていける恩給はつく。

 むろん階級による。


 アドリア・ケアはそれをさらに推し進め、元の階級問わずにかなり裕福に暮らせる恩給、住宅や家族に関する手当を大幅に増加するという内容だ。

 

 実現すれば、それは危険なわりに他の公務員に比べるとやや給与体系やその補償が劣ってきた部分があるという事実を改善できる。実現すれば。


 涼井が手持ちのノートPCで計算したところによると、アドリア・ケアを確実に実行するには国家予算が明らかに足りない状態だ。長く戦争が続いてきた世界では、現役・退役・予備の将兵ともに莫大な数に上っており,戦費自体がすさまじい数字になっていた。


 その中でさらに保障を手厚くするというのは現実的ではなかった。

 実質的な収入+となる減税・免税のほうが現実的ではある。


「そのアドリア・ケアというのは実現可能なのかね?」

 ノートン元帥が切り込んだ。

 涼井は小さくガッツポーズを決めた。


 アドリアのこれまでの演説内容・発表された政策から涼井とノートン元帥はシミュレーションを繰り返してきた。熾烈な日本の企画提案合戦で鍛え上げられた涼井はあらゆる嫌な質問、問答を想定しノートン元帥と練習を重ねてきたのだった。


 アドリアが一瞬嫌そうな表情をしたのを涼井は見逃さなかった。

 しかし彼女はすぐに表情を立て直し、腕を組んで鼻をならした。


「あらん? そりゃ実現可能ですわ。だからこうやって政策化しようとしているんですもの」

「財源はあるのかね? 試算によると現役軍人1200万人だけで、少なくとも保険関係だけでも年間1万共和国ドルRD増加するらしいが……1200億共和国ドルRDどころか、退役、予備もあわせると……果たして何千億になるかな。そして今後増え続ける恩給、傷病手当、そうしたものを含めると国家予算の何倍もの資金が必要になる。今回のアドリア・ケアだけでそういう試算になる……重税でも課すのかね?」


 涼井が仕込んだ試算表をノートン元帥は完全に覚えていた。

 観客がざわめく。


 この世界では人間が自ら数字を試算するという習慣があまりない。

 ある程度の結論までAIがやってくれるからだ。

 

 この切り替えしについては、アドリアも予想外だったようだ。


「し、試算……」

 しかし彼女は再び瞬時に余裕の表情を取り戻した。

 涼井はそれを見て、なかなか侮りがたい人物だと確信した。


「でも平気ですわぁ、我々は通貨発行権がある、要は共和国ドルRDを必要な分だけ刷ればいいんですわよ」


そっち・・・で来たか……)

 涼井はぎょっとした。

 もちろん中央銀行はいくらでも貨幣を刷ることはできる。

 しかし貨幣供給量が増えすぎてしまえば貨幣の価値が下がる。あるいはそこまでいかなくても財政の収支が悪くなれば通貨の信用が下がる。


 しかしそうではない、と主張する人たちも地球にもいた。

 そのためさすがの涼井も想像していなかった切り返しだった。


 想定問答からは抜けていたので今度はノートン元帥が詰まる番だった。

 しかしさすが戦場で粘り強く戦ってきたノートン元帥。すぐに切り返す。

「……それだけ刷って影響はないのですかな? 例えば悪影響とか」

「……ありませんわ」

「そう断言できるのですかな?」

「できますわね」


 アドリアとノートン元帥は視線で火花を散らした。

 なかなかの戦いだ。


 観客はざわめいている。

「さぁ、盛り上がってきたところで、決選投票前に、それぞれの抱負を聞いてみましょう」

 睨み合う二人を気にして司会が促す。


 アドリアが余裕のある微笑みを浮かべる。

「あーしが大統領になった暁には、アドリア・ケアだけではなく色々な手を考えていましてよ」


 ノートン元帥も笑顔を浮かべた。

「私が大統領になった場合は、共和国……いや銀河に迫りくる脅威を必ず取り除くと約束しましょう」

「……?」

 アドリアの表情が消える。

 会場はざわめきを通り越してどよめいた。


「な……んの話ですの?」

 アドリアが尋ねる。

 ノートン元帥が惑星ゼウスの全メディアの前で言った。

「当然、第二銀河共和国……すなわちニブルヘイム銀河からの侵攻を阻止するということですよ」



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