第158話 Re:ノートン元帥とアドリアの演説合戦
涼井達はスタジアムの関係者入り口から入った。
控室などはSPと兵士で溢れていた。
通路を抜けると歓声が聞こえてきた。
かなり広いフィールドで、広さも高さも地球のサッカースタジアムの4倍くらいはありそうだ。
この世界は人口密度が低いのだが、スタジアムには数万人の群衆がつめかけているようだった。惑星ゼウスの地元マスメディアも多数かけつけているようだった。
そのフィールドの中央には壇がしつらえてあり、ノートン元帥がちょうど演説を終えたところのようだった。観衆は拍手でたたえてはいるが、どうも盛り上がり欠けているようだ。
「戦場の名将も演説では苦労するのだな」
リシャールは、壇から降りるノートン元帥を眺めながら言った。
「名将と評価しているのか?」
涼井が聞くとリシャールは鼻を鳴らした。
「当然だ。こちらの壮大な攻勢をうまく受け止めたからな。スズハルの入れ知恵があったのかもしれないが、なかなか大した仕事ぶりだった」
確かにノートン元帥は地味ながら粘り強い戦いが得意だった。
リシャール公を敵に回した時も、リシャール軍の侵攻をうまく受け止めながら戦った。地味だが実直で誠実な側面のあるノートン元帥の真骨頂だったのだろう。
ノートン元帥は壇を降りると、こちらに気付いて手を振ってきた。
疲れたような、やり切ったような笑顔だった。
涼井は素直に敬礼で答えた。
その直後、盛大な金管楽器のような音楽が会場中に鳴り響いた。
「な、何だ!?」
リシャールが目を白黒させている。
同時に会場の群衆もどよめいた。
「さぁーお待たせしてたわねぇん」
どこか甘い粘着質の声が会場中に高らかに響く。アドリア・ヴァッレ・ダオスタ候補の声だ。
金管楽器に続いて景気の良いドラムなどの音が加わる。
そしてドームの天井から色とりどりの花が舞い落ちてきた。
そしてファンファーレと共にアドリア・ヴァッレ・ダオスタがドームの天井近くから出現した。
おお……と会場がどよめく。
天井付近に浮遊する台の上に乗った彼女は、会場中に存在をアピールしながらゆっくりと降下してくる。舞い落ちる花、スモーク、この登場に、特に彼女の支持者と思われる人々が拍手を送っていた。
「ん……妙だな?」
リシャールが眉をひそめる。
涼井は気にせずに控室まで戻ってきたノートン元帥と握手をした。
「さぁて皆さぁん、いよいよ今日のメインイベントですわよぉ」
アドリアは壇の上まで降下すると両手を振り上げて叫んだ。
おぉ……と会場から声があがる。
「そもそもぉ、いまこの共和国で軍人は……」
アドリアが話し始める。
彼女の主張は、要するに退役軍人や傷病軍人、現役軍人に対する待遇がよくないこと、そしてそれらに対する補償を強化するという話で、従前彼女が繰り返してきたものだ。
それをたっぷりの感情表現と共に行うので、会場も盛り上がる。
特にアドリアのグッズを購入して詰めかけてきた観客たちは立ち上がり感涙をながさんばかりにしている。
対してノートン元帥は、これまで通りの保障に加え、軍人達、特に傷病兵については免税や福利厚生の施策強化などを主張しており、どうにも地味ではあった。
地味であったがアドリアのいうような補償をすべての現役、退役軍人に拡大するとなると財源が足りなくなるため、現実解ではある。
マスメディアは派手なアドリアのほうを重点的に放映しているようだった。
労働党のほうは前大統領オスカルの失策もありあまり大きくは扱われてはいない。
実質的にアドリアとノートンの対決が大統領選の決定戦と言われていた。
アドリアとノートン元帥の演説が終わった。
それぞれの演説や演出の模様は立体映像で色々なところに配信されている。
次は討論を待つばかりだった。
その討論の後に、いよいよ惑星ゼウスではゼウスの有権者による投票が行われる。その投票で選挙人をどちらが獲得するか決まり、こうしてそれぞれの党内での予備選挙の行方が決まるというわけだった。
――アドリアは演説を終えて控室に戻っていた。
汗をふきふき経口補水液を口にする。
「……思ったよりも盛り上がらなかったわねぇん、ライアス」
「は……」
アドリアの選挙参謀として控えている人物……ライアスが一礼した。
30代くらいの青白い顔色をした男性だ。細身で背が高い。
「いまの観衆は50000人程度でしょうか。思ったよりも大分入っていますが……グッズ購入者は1万人くらいでしょうか。メディアにはアドリア支持者を優先的に映すように要請はしていますが……」
「もっと会場全体が沸き立つと思ってたけどねぇん……」
「討論ではさらなる演出を用意しております」
「頼むわぁ、ライアス」
ライアスは一礼し準備のためか、退出していった。
アドリアはライアスが退出するとSPも下がらせ、一息ついた。
「どうも気になるわねぇ、スズハルが相手の陣営にいること……まさか仕掛けられているのかしらねぇ?」
しかし彼女にはスズハルが何を仕掛けているのか、まだ何の予測も立たないのだった。
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