第157話 ノートン元帥とアドリアの演説合戦

 ニヴルヘイム銀河の脅威は明らかに差し迫っていると涼井は考えていたが、一方でノートン元帥が保守党の大統領候補になること、そして最終の大統領選を勝ち抜き、できれば共和国の大統領になることは前提条件でもあった。


 帝国は皇帝リリザがおおむね押さえているものの未だ蠢動する反皇帝派の貴族も多く、中堅国家の動きも怪しく、こちらの銀河はまだまとまっていなかった。難しい問題が山積していた。


 涼井は軍の装甲車にゆられていた。

 ロッテーシャとリリヤが同乗している。それはいつもの光景だったが、もう一人白いに近い金髪、掘りの深い濃い顔立ちの男性が涼井の向いに座っている。

「……なかなか難しい顔をしているな、スズハル」

「リシャール公」

「まぁ俺のことは呼び捨てでいいさ。今更公爵も平民もないだろう」

 その男性……リシャール公はさきほどから物珍しそうに共和国軍の装甲車の中を眺め回していたが、考え込んだ涼井をみて話しかけてきた。


「共和国軍の要人とはいえ専用の豪華な装甲車があるわけではないんだな」

 もしかしたら腕組みをして考え込んでいた涼井を気遣ったのかもしれなかった。

 涼井は思わず破顔した。

「帝国の装甲車は違うのかな?」

 リシャール公は鼻をならした。

「貴族は専用の装甲車があるし軍艦にも専用の区画がある。何ならお気に入りのシェフを連れて行く貴族もいる」

「……権限がある程度ある将官なら共和国にもそういう人はいるね」

「そうなのか? 共和国は無駄を省いているのかと思っていたぞ」

「まぁ装甲車の座席は硬いかな」 

 涼井はぽんぽんと地上を走る装甲車の座席を叩いた。

 このタイプの地上装甲車はもちろんこの世界では主力の兵器というわけではないが、補助的な任務ではよく使われていた。ロストフ連邦にいたっては軌道から降下させるタイプの装甲車連隊を多数編成しているとも言われる。


 ニヴルヘイム銀河に向かって広がる星団である開拓宙域やロストフ連邦は最初の標的になる可能性が高いはずで、涼井は正規軍からは抜けたままのロアルド提督と、帝国から離脱したリシャール公の2人に任せて防衛準備は整えていた。


 ロアルド提督が防衛準備を整える一方、リシャール公は一度降伏したロストフ連邦に寄って状況を視察した後、ひっそりと共和国入りしていた。

「それにしても心配そうだな? あの無敵のスズハル提督にしては」

 茶化すようにリシャール公が白い歯を見せて笑った。

「いまはこちらの銀河は共和国、帝国をはじめとして沢山の国家や勢力が割拠していてまとまっていないからなぁ」

「帝国といえどもまだまだあのヴァイン公に逆らう連中も多いからな。面従腹背や様子見の貴族だらけだよ、帝国は」

 リシャール公は自嘲気味に語った。

「共和国は共和国でその時々の大統領に引きずられる」

「前大統領のオスカルは最悪だったな、共和公にとって」

 共和国軍は前大統領オスカルが軍を削減していたので再建するのに時間がかかりそうだった。今回は数だけ揃えればよいわけでもなく、銀河から銀河への航行技術を持った相手に対抗するのもなかなか難儀だ。

「……ニヴルヘイム銀河の連中に対抗する良い手段はあるのか?」

「考えているんだが……」

 

 あの1万メートルもの巨大な艦艇はなかなかのインパクトだった。

 惑星ドゥンケルに現れたそれは惑星軌道上にも関わらずはっきりと目視でき、頭上を覆うような巨大さだ。そしてこちら側の船団がまったく追いつけない高速での航行。

「あれが何百か、あるいは何万か……」

「似た事例がないからな」

「うん……」

 涼井は曖昧な返事をした。


 涼井の胸中にはある光景が浮かんでいた。

 地球でいうところの黒船来航とモンゴル帝国による侵攻、すなわち元寇である。


 黒船は蒸気船で江戸湾に乗りつけることで技術力の格差を見せつけたし、モンゴル帝国の何百隻もの大型の軍船も当時の鎌倉幕府にとっては脅威だった。

 しかし後者は元軍撃破に成功している。


「考えはないでもないが、まずは各国の足並みを揃えたいところだな」

 涼井はくぃっと眼鏡の位置を直した。

「久々にでましたねスズハル提督のくぃっ、やはり萌えますね」とこちらはリリヤ。

「期待してるよ、その間に俺やロアルドは準備を進めるさ」

 リシャールはリリヤの奇行に慣れてきたようだった。


 そうこうしている内に装甲車は目的の場所についたようだった。 

 そこは惑星ゼウスの郊外にあるスポーツ向けのスタジアムだ。

 今日はここでノートン元帥が演説を行うのだ。

 もちろん保守党における対抗馬のアドリア・ヴァッレ・ダオスタ候補も登場する。


 装甲車の後部扉が開くと、スタジアムに派遣されている警備兵が迎えてくれた。

 すっかり夕刻で、ドーム状のスタジアムは茜色の光に照らされていた。

 人口密度の低いこの世界のわりにはスタジアムの周辺にかなりの群衆が集まっている。数千人以上もいるだろうか。開場前から待機している人たちだ。


 その周辺には出店なども出てなかなか賑やかだ。

 この世界における大統領選は一種のお祭り騒ぎでもあるのだ。

 しかし半分以上、もしかすると7割以上がアドリア陣営が配っているアドリアの派手な顔写真入りのグッズを手にしているように見えた。

「何としても勝たないとな……」

 涼井はこの演説合戦の事前準備が功を奏することを誰にともなく祈った。


 

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