第156話 Re:【別件】ニヴルヘイム銀河の第二銀河共和国

 その宮殿の御前会議室の奥には赤毛の女性が簡素な木の椅子に座っていた。

 白を基調としたローブのようなものに木製のアクセサリー。

 赤毛は長く腰くらいまであるだろうか。わずかにウェーブがかかっている。

 その赤い瞳は総督サートゥルと同じように深く底が知れない。

 

 象徴的君主リア・ファル・シャノンだ。年齢不詳だが、20歳代にも30歳代にも見える。不可思議な容貌をしていた。グリッテル大佐の記憶では5人の王族を産み、そのうちの2人は成人しているはずだった。


 グリッテル大佐は恭しく御前会議室に置いてある長テーブルの末席についた。

 おそるおそる顔を挙げて気付いたが、サートゥルとグリッテル以外に3人ほど立体画像で出席しているらしい。


 そのうちの2人は王子のエリン・ファルとタルトゥ・ファルだ。

 また冷や汗が流れる。

 

 もう1名はヒゲ面の大柄なアインベック中将だった。

 アインベック中将はこちらを見て僅かにうなずいた。ほんの少しグリッテル大佐の心に余裕が生まれる。


「さて……我らが"始祖"の生まれ故郷の話を聞く前に、王子たちの戦況を聞きましょう」

 リアが微笑らしきものを浮かべた。 

 目は笑っていないというより相変わらず深い赤い海のような全貌を把握できない表情だ。


 第一王子のエリン・ファルはまだ20代前半だ。若々しい容貌と妙に老獪な視線を持った男で士官学校卒業後にすぐに中将になり軍船を率いている。


「戦況は順調です。この間アスガルド地方で起きた大規模な反乱はほぼ鎮圧に成功しました」

「さすがですね」

 アスガルド地方はこのニヴルヘイム銀河の中でも最後まで抵抗していた地方で、少なくとも52の惑星が蜂起した凄まじい規模の反乱を1か月前に起こしていた。

 それをもう鎮圧に成功したという。

 その非人間的な功績にグリッテルは賞賛するというより恐怖を覚える。


「タルトゥはいかがかしら」

 リアが第二王子のタルトゥに話を振る。タルトゥはどちらかというと線の細い若者だ。しかし今年士官学校を卒業し、いまは軍船を率いて別の銀河への探索に向かっているはずだ。

「順調です。もう間もなくヴォーロス銀河に到達します」

 ヴォーロス銀河は”始祖”の故郷の銀河よりも3倍ほど離れた場所にある棒渦巻き銀河だ。二本の棒状の腕を持ってゆっくりと自転している。生命の徴候はいまのところ考えられないが、500隻の10000m級軍船を率いたタルトゥ・ファル・シャノンが向かっているところだったはずだ。


「さて……」

 総督のサートゥルが口を挟む。

「リア。そろそろ例の話を聞いてみよう」

「そうでしたわね。では……グリッテル武官、"始祖"の故郷はどうなりましたか?」

「は……いやその……」

「どうなりましたか、答えてください」

 リアがグリッテル大佐を見据えた。

 この視線だ。

 グリッテル大佐は意識しないうちに始祖の故郷の中でも大きな勢力を持っている国・共和国と接触したこと。その重要拠点と思われる惑星ドゥンケルという場所で交渉したこと。彼らは退かず降伏はしなかったことを喋ってしまっていた。


 聞き終えたサートゥルは目を閉じて何か考えているようだった。

 リア・ファル・シャノンはまた形だけの微笑を浮かべた。

「"始祖"の故郷は案外頑ななようですね。……それではこういうまつろわぬ者に対してはどうあるべきでしょう、サートゥル」

「……もちろんいつも通りだよ」

 サートゥルが事もなげに答える。彼の言ういつも通りとは軍船で蹂躙するということだ。

「では決まりましたね、後は良きように……」

「わかったよリア、では軍船を集めるよ」


 リアはにっこりと笑って退室した。

 サートゥルはちらりとこちらを見る。

「グリッテル大佐、状況は良く分かった。君に責任はない。ただし……今回の遠征の責任者になってもらいたい。そうだな階級はとりあえず中将ということにしようか」


 3階級特進だ。

 しかしグリッテルはあまり嬉しくはなかった。過去何人もの責任者が責任を実際にとらされてきたのを見てきたからだ。程よい外交武官くらいの地位が本当は良かったのだ。

「ありがたき幸せ……」

 しかしこういう他はない。

「では遠征のための軍船を整えるとしよう。さすがに我々も別の銀河を攻めるのは初めてだ。しかし準備は急いでくれ。大臣にはこちらから言っておこう……解散」


 立体映像は消えた。

 サートゥルは席に座ったまま目を閉じてまた黙考を始めた。

 グリッテル大佐はようやく無事に解放されたことに感謝しながら、サートゥルの気が変らない内にとそそくさと御前会議室を後にし、あわてて宇宙港に向かった。


 宇宙港では白衣の神聖隊がずらりと並んで槍を揃えて待っていた。

 一瞬、グリッテルはギクりとする。


「中将昇進おめでとうございます、"始祖"の御為に!」

 彼らは口々に唱和する。

 中将昇進というのは現実になった。それも凄まじい速度で。

 そしてあの銀河への侵攻作戦もすぐに現実のものになるのだろう。


「だから連中も要求を飲んだほうが良かったのだ……」

 グリッテル中将・・は心の中だけでそうつぶやくのだった。




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